ヴァイセンベルガー公爵邸にて
「ようこそいらっしゃいました、皆様」
処はヴァイセンベルガー公爵邸、今日わたしはハイデマリー嬢主催のお茶会に来ている。
成人を迎えた貴族の令息・令嬢がお茶会や夜会を主催するのは珍しい話ではない。ハイデマリー嬢も例に漏れず、有力な貴族の子息を招いていた。「是非王太子殿下や兄君とご一緒に」と言われ参加したわたし、ヴィルヘルム様、お兄様。旧中立派筆頭・シャウムブルク公爵の息子、フリードリヒ・フォン・シャウムブルク。その婚約者のクラウディア嬢。旧中立派の有力者、ベーレンドルフ侯爵の息子クリストハルト。その婚約者のマルティナ嬢。旧国王派の有力者であり、王家の外戚でもあるバルシュミーデ公爵の息子、ゲレオン。錚々たる面々ですね。
「ファインハルス伯爵令嬢とお会いするのは初めてかしら」
「はい。お初にお目にかかります」
クリストハルトの婚約者でもあるマルティナ・フォン・ファインハルス伯爵令嬢は控えめに微笑んだ。確かに可愛い。でも、横でデレデレしているクリストハルトがちょっと気持ち悪い……。表情筋管理しろ。
「お可愛らしい方。ベーレンドルフ様がご寵愛なのも頷けますわね」
「ティナは世界一可愛いですからね」
クラウディア嬢の賛辞に即答するクリストハルト。ゲレオンはうんざりした顔をしている。のろけ話を延々と聞かされ、食傷気味らしい。
「そんな顔をするな、ゲレオン。お前の恋愛相談にも付き合ってやったじゃないか」
「割合としては1対9だったがな」
恋 愛 相 談。ハイデマリー嬢がおかしそうに笑った。
「まあ。バルシュミーデ卿に恋人が? これは学園中の女生徒が嘆きますわね」
「バルシュミーデ卿、貴殿に恋人がいたとは。そんな噂は聞かなかったが」
シャウムブルク卿の疑問に、ゲレオンは肩を竦めた。
「彼女とは少々家格に差がありますから、秘密にしていたのです。父を説得して婚約も内定しましたので、婚約式にはお呼びします」
実はわたしは事の顛末を知っている。
ゲレオンの相手はやはりというべきか、アデリナ。アデリナの家は伯爵家としては中流、「シルフェリアの四強」バルシュミーデ公爵家の嫡男と結婚するには少々家格不足だ。バルシュミーデ公爵はあまり気にしない方らしいが、外野を黙らせるには少々根回しが必要だった。格上の相手に嫁ぐことになった娘を心配した伯爵家の人々を安心させる意味もあるとか。
「しかし、バルシュミーデ卿が恋愛結婚とはな。少々意外だ」
お兄様の一言に、クリストハルトがにやりと笑った。
「本当ですね! 前に『恋愛なんて落ちた方が負け』『俺なら落ちるより落とす』だとか言ってたのに」
多分に笑いを含んだクリストハルトを睨みつけるゲレオン。……「あいつがヒロインのことを好きになったら絶対にあの時のセリフをからかってやる!」と意気込んでいたね。
微笑ましそうに見られゲレオンが少し気まずそうに俯く中、ガチャリ、と音がした。
「……フリード様?」
驚いたようなクラウディア嬢の視線の先には、シャウムブルク卿――そして割れたカップがあった。
「すまない、ヴァイセンベルガー嬢。手元を誤り、カップを破壊してしまった。後日弁償しよう」
「お気になさらず。デリア、代わりのカップを持ってきて頂戴」
近くに控えていたメイドが代用品を持ってくると、お茶会が再開された。なぜか、内容は『恋愛なんて落ちた方が負け』というゲレオンの発言に関するものだったが。
「恋に落ちた方が負けだとよく言いますけれど、そういう意味ではべーレンドルフ様もお負けになったのかしら?」
「そうですね。ですがティナの前では敗者であろうがオレは一向に構いませんが」
「……クリス様、恥ずかしいのでもうやめてください」
「可愛いねティナ。恥ずかしがり屋さん」
普段わたしに「イチャイチャ劇場を繰り広げるな」という割に一切遠慮しないクリストハルト。今度からクリストハルトの抗議は無視することにしよう。
「レルヒェンフェルト様はどうなのですか?」
今日のハイデマリー嬢はやけに「恋に落ちたら負け」に拘る。不思議に思いながらも、微笑みと共に答えることにする。
「わたしが敗者かしら」
「そんなことはない。僕の方が好きだよ」
「まあ、そんなことはありませんわ」
思わず素の口調に戻って囁いてくれるヴィルヘルム様素敵。どこか冷たい瞳のハイデマリー嬢は、三回目の問いかけを今度はシャウムブルク卿に投げかけた。
「『恋に落ちたら負け』――この言葉に従うならシャウムブルク卿は敗者ですわね。だって、家の権力でゴリ押ししてディアを無理矢理婚約者に据えたんですもの」
あまりに刺々しい物言いに、その場が静まり返る。「ヴァイセンベルガー嬢」と窘めるヴィルヘルム様も無視し、青褪めるシャウムブルク卿を睨みつけるハイデマリー嬢はどこか泣きそうに見えた。
「……オレが、負けだと……?」
「そうよ、負けですわ。だからさっさとディアを解放してくださらないかしら。ディアには貴方なんかより相応しい男がたくさんいるのよ」
「マリー!」
ハイデマリー嬢とシャウムブルク卿を交互に見比べ、おろおろとした顔で制止するクラウディア嬢をハイデマリー嬢は一蹴した。
「ディアは黙ってて。……シャウムブルク卿、貴方がディアを幸せにしてくれるなら私もこんなに野暮なことは言いません。でも最近の貴方はディアを悲しませてばかりですわ」
もしかしたら、ハイデマリー嬢の狙いは王族を含む有力貴族の前で「婚約解消」の言葉を引き出すことにあるのだろう。
「オレは……」
虚ろな目になったシャウムブルク卿は、今にも崩れ落ちそうになる。その時、誰もが驚く行動に出た人がいた。クラウディア嬢だ。
「申し訳ありません、皆様。中座させていただきますわ」
凧のように頼りなげになってしまったシャウムブルク卿を引きずると、クラウディア嬢は去って行ってしまった。
緊迫の時間が数分続いたのち、クリストハルトが咎めるような視線をハイデマリー嬢に投げかけた。
「少し荒療治が過ぎるんじゃないかな、ヴァイセンベルガー嬢」
「……その言い方、貴方も気づいていたでしょう。どうして何も言わなかったのですか?」
「上手くいけばいいけど上手くいかなければフリードリヒ様が壊れる可能性だってある」
クリストハルトやクラウディア嬢から聞いたことを総合すれば、恐らくシャウムブルク卿は多重人格者なのだろう。そして、「敗北」に過剰反応したことから察するに、「敗北」すれば今の人格は存在自体が揺らぐ可能性が高い。
「大体、君だって無事では済まないよ。殿下の御前でこんな無礼を」
「申し訳ありませんわ」
悪びれずに謝るハイデマリー嬢に、ヴィルヘルム様は苦笑いを浮かべた。




