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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
41/57

シルフェリアの歴史 2

「何震えてるの、シャル」


「なんでもないのです!」


 しまったしまった、ヴィルヘルム様を心配させてしまった。


「どこまで『建国記』の摺り合わせをしましたっけ?」


「……大地から生まれ出た民も、(しもべ)たちが戴く王に従ったってところまでだよ」


 丁寧に教えてくれるヴィルヘルム様の何と優しいことか。「おいおい、大丈夫かよ」と胡乱な視線を向けてくるクリストハルトとは大違いですね。


「代を経るごとに女神の威光をいいことに暴虐な王が現れ、地上は戦が絶えなかった。女神は己が産んだ大地の状況を憂慮した。女神の教えを忠実に守っていた敬虔な(しもべ)の子孫や民たちだけを箱舟に乗せ、大地は一度水に覆われた。……『ノアの箱舟』かよ。よく知らねーけど」


 わたしもよく知らない。今世の歴史は王妃教育で嫌というほど勉強させられたのでかなり詳しい自信があるけど、前世の歴史の知識なんてマンガやアニメから得たものが殆どだもん。一瞬不思議そうな顔をしたヴィルヘルム様は、わたしも『ノアの箱舟』に関して大した知識はないことを察したのか、何も聞いてこなかった。頼りにならなくてごめんなさい。


「従わなかった人々を一掃した後、水は引いた。洪水の影響で出来た大河の(ほとり)(しもべ)の子孫と民たちは文明を築いた。前回の反省を生かし、共和政が敷かれた」


 それからなんやかんやあって、共和政も廃れ国々が乱立。今度は女神は何もしてこなかった。神様って気まぐれだね。アーリング大陸の国々を統一した『英雄帝』がアーリング皇帝として戴冠したけど、次第に広すぎる領土は軋みを見せ各地で反乱が相次いだ。


「シルフェリアはその時期に帝国から独立した地域の一つ、ですよね」


「そうだ。皇帝の権勢が失墜してから、大陸は戦乱の時代を迎えた」


 最も有力だったのは中央の覇者シルフェリア。建国王の業績は国を独立させただけではない。大陸を蝕んでいた『七つの大罪』を消滅――実際は封印――させたことにある。建国王が『七つの大罪』を消滅させた過程は『建国記』に詳しく記されている。


――嗚呼(ああ)魔女よ。何故『七つの大罪』を産んだ? 彼らの災禍で、幾つの悲しみが生まれたろうか。


――(わらわ)があの子らを産んだわけではないわ。


 嘲笑(わら)う『魔女』を、建国王は詰る。


――何を言う。『七つの大罪』はお前を母と呼んだではないか。


――(わらわ)はあの子たちを育てた。(わらわ)はあの子たちの育ての母よ。悪意から生まれたあの子たちは、(わらわ)の悪意を浴びて更に素敵に育ってくれた!


――何故そこまで世界を憎む! お前には愛という感情は無いのか? 慈しむ心は持たぬのか?


――おまえには(わらわ)の気持ちはわからないわ。親に愛され、皆に囲まれ、愛する女と結ばれたおまえには!


「『魔女』って何なんだろうな」


 クリストハルトの呟きに、ある情景が思い起こされた。


――あの小娘が聖剣を作るには何百年もの時間がかかること、忘れているのかしら。


「小娘……」


「シャル?」


 乱雑な言葉にギョッとしたのか、ヴィルヘルム様が心配そうにこちらを見てくる。


「『魔女』は女神のことを小娘と言っていました。『魔女』と女神は知り合いなのではないでしょうか」


「……!」


 それも(ただ)の知り合いじゃない。『魔女』は女神のことをさも憎々しげに「小娘」と呼んでいたのだから。


「……考えてみれば、一夜にして地上全てを水で覆いつくせる女神が、聖剣を作るのに数百年かかるなんて可笑しな話だ」


「『建国記』には女神と対決する敵が色々出てくるけど、大抵瞬殺だもんな~」


「『魔女』は女神と同格の存在……」


 つまり、『魔女』も神。


 続きは言葉にしなかった。必要はないと感じたから。ヴィルヘルム様もクリストハルトも、同じことを考えているのが分かったから。


「でもさ、今の神界って女神(スノーホワイト)神帝(みかど)なんだろ? 神帝(みかど)に逆らえる奴なんていんのかよ」


女神(スノーホワイト)神帝(みかど)に登極される前に転生した神なら、条件を満たせば可能らしいですよ」


 突如背後から聞こえた声に、飛び上がりそうになった。クリストハルトが「いきなり喋るなっていつも言ってるだろ!」と叱っている。クリストハルトの弟らしい。


「っていうか客人の前だぞ! ノックぐらいしろよ!」


「兄さんこそ王太子殿下と公爵令嬢の前でその喋り方しちゃダメだろ」


 ぷいっとそっぽを向いてしまった弟くんにクリストハルトは大きなため息をついた。とりなすために、話題を変えることにする。


「はじめまして。レルヒェンフェルト家のシャルロッテです。神話について詳しいんですのね」


「どうせまた聞きかじっただけだろ」


 黙れ、という心を込めて奴の足をヒールでグリグリ踏む。「何すんだよ!」という抗議は勿論却下した。


「聞きかじったんじゃない。教えて貰ったんだ」


「まあ、誰に?」


「ヴァイセンベルガー家のご令嬢」


 聞くところによると、ベーレンドルフ侯爵家で夜会を開催したものの、幼い弟くんは参加させて貰えず、庭をウロウロしていたらしい。


「……夜会の庭には不埒な人物がうろつくこともある。近づいては駄目だよ」


「まあ、ヴィルヘルム様ったら」


「いちいちイチャイチャ茶番挟むのやめてくれません? で、そこでヴァイセンベルガーのご令嬢に会ったのか? 夜会ってことは上の方?」


「うん」


 ヴァイセンベルガー家には三人の息子と二人の娘がいる(夫婦仲が良くて結構なことだ)。でも現段階で成人(つまり夜会への参加資格がある)しているのは長女と長男だけだ。


「ヴァイセンベルガーの令嬢(むすめ)か……。当代の中央神殿長は公爵の叔父だったな。貴重な情報をありがとう、ファインハルスの子よ」


 世界一かっこいいヴィルヘルム様に微笑まれ、弟くんは顔を赤くした。うん、その気持ちすごくわかる。成人前だったら本当なら王族と会う機会なんてないしね。


 弟くんが退出すると、ヴィルヘルム様は手を顎に当てた。そんな仕草すらかっこいいヴィルヘルム様素敵。


「シャルもクリストハルトも知っているとは思うが……ヴァイセンベルガー家は神殿長を多く輩出している。ご令嬢が造詣深くても可笑しくはない、寧ろ当然だ」

 

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