シルフェリアの歴史 1
「『私は悪意そのもの』か……。まんま『スノーホワイト』だな。ま、『スノーホワイト』では消滅の直前の台詞だったけど」
ヴィルヘルム様は、王家と四家しか知らないはずの「地下牢に『七つの大罪』が封印されている」という事実をベラベラと喋るクリストハルトに頭を抱えている。――ここはベーレンドルフ家王都別邸。
国内の派閥抗争が終結した今、生徒会室でこそこそ会う必要はない。寧ろ、シャウムブルク公爵からは同じ生徒会役員だという立場を利用してヴィルヘルム様と繋ぎを作るよう命じられているらしい。
ま、元々レルヒェンフェルトとバルシュミーデの二家が国王派で、土壇場でヴァイセンベルガーが宰相を裏切り国王に着いたとなれば、シャウムブルクは出遅れ感が否めない。ちょっと焦ってるんだろうな。
「『スノーホワイト』で『七つの大罪』に取り憑かれた七人は、何れも悲しい過去を持っていました。この手紙を見てください」
アデリナたちを『貧乏伯爵令嬢』で陥れた隣国の商人、ピョートル・オストログラキー。彼の過去について、クリスティナ王女に調べてもらった。今は夏季休暇中、クリスティナ王女は帰国中だから返事は手紙だけど。
『拝啓 親愛なるシャルロッテ様
オストログラキーについての過去を知りたいとのことなので、アレク兄様に協力してもらって色々調べてみました。調査を通じてアレク兄様との仲が深まった気がするので、お礼はバウムクーヘンぐらいでいいわよ。
オストログラキーはネヴァという東部にある、小さな村の出身です。当時は農奴制だったこともあって、とても貧しい村だったみたい。あの頃のアヴェルチェヴァ東部一帯って、蝗害が酷かった上に雹が降って散々だったのよねぇ。
まあそれはともかく、何度目かの大飢饉が来た時にオストログラキーの姉が領主の屋敷にメイドとして仕えることになったみたい。これ、メイドって言っても人身御供みたいなもんよ。当時ネヴァ辺りを支配していた領主って、女癖が悪いことで有名な御仁だったんだもの。
ネヴァ村どころかその辺りで一番の美人だった姉は、すぐに領主の寵愛を受けるようになって、オストログラキーたちの生活も幾分か楽になったみたい。
やっぱお金って、あるとこにはあるのよね。ここまではいいのよ。領主は女にはだらしなかったけど、少なくとも女子供に暴力をふるうタイプじゃなかったから。ま、早い話がいいカモだったのね。
問題はここから。領主が馬車の事故で急死して、弟が跡を継いだの。この弟がヤバい男で、兄の愛人だった彼女を苛め抜いたそうよ。
無理矢理凌辱するのは勿論のこと、凍えるほど寒い日に庭の木に縛り付けたり、全身に刺青を彫られたりしたんですって。彼女はみるみるうちに衰弱して、医者も呼んで貰えずに死んでしまったの。
弟は諸々の悪事がバレて爵位と領地を召し上げられたけど、姉を殺されたオストログラキーの復讐心ではそんなことでは消えなかったみたいね。彼の憎悪の対象は貴族全体に広がってしまった。
強欲の悪魔に取り憑かれる隙を作ったのも、貴族であるメレンドルフ家を陥れたのも、その辺りが理由でしょうね。
クリスティナ・リィ・カシヤノフ・アヴェルチェヴァ』
『強欲』隣国の商人・オストログラキーは姉を殺され、貴族を恨んでいた。
『怠惰』グランヴィルの地主の息子・アーネストは(自業自得とはいえ)最愛の婚約者に逃げられた。
『嫉妬』侯爵夫人・マルティナは夫の不実に苦しんでいた。
『憤怒』王弟オスカーは出生を卑しめられ、唯一の支えだった妻を喪って二重の苦しみに苛まれた。
『悪食』アヴェルチェヴァ王(クリスティナ王女の弟)はよくわからないが、『スノーホワイト』では佞臣の操り人形だったとのことなので、鬱屈した思いを抱えていてもおかしくない。
『色欲』カザン王(ファティマ王女の弟)は異母兄とその母親の凄惨な死体を目にして心身を喪失した。
『傲慢』グランヴィル王は(スカーレット様の推測によると)妃を喪って悲しみに暮れていた。
「『悪魔』たちが悲しい過去を持った人間に取り憑いたということは、『悪魔』はそういう闇に親和性があるということ、ではないのでしょうか?」
「……シャル?」
「わたしには魔術のことはよくわかりません。ですが、合わない人間の体を乗っ取ることが出来るものでしょうか?」
◇
『建国記』――。未だシルフェリアという国が存在していなかった時代から、レルヒェンフェルト、バルシュミーデ、ヴァイセンベルガー、シャウムブルクの四つの王国を吸収して現在のシルフェリアになるまでの事績を記した、『開闢の史書』と名高き歴史書。
大地は未だ無く、混沌の世界だった時代。天には、多くの神々が居た。彼らは壮麗な宮殿を建て、華やかな文化を築いた。その有様は、桃源郷すら及ばないほどの楽園であったという。『建国記』には神々の世界に対する美辞麗句が延々と記されているけど、ここでは割愛します。
繫栄を誇った神々だが、ある日その隆盛に翳りが見え始める。なんと、神帝(神々のボス。ギリシャ神話でいうとゼウスみたいな?)の娘、女神スノーホワイトが実の兄と恋に落ちてしまった。大いなる力を有し、次の神帝との呼び声高いスノーホワイトの愚行に、父帝は怒り狂った。娘と息子を手打ちにしようとしたのだけど、それを神后(神帝の奥さん)に止められる。
――我々の世界を死の穢れで損なうことはありません。その者たちは、下界に追放してしまえばよろしいでしょう。
ここでまた「嗚呼神后の何と慈悲深きことか」と礼賛されているけど、当時の地上ってマジで何もないとこだったんだぞ。下手すると死ぬよりつらいんじゃ……。
まあそれはそうとして、天界を追放されたスノーホワイトとその兄は、しかし地上でも逞しく生きていった。激しく愛し合い(詳細は割愛)幾柱もの神を産み、その神々が大地となり海となった。不毛の地には木々が生え、美しく成長していった。地上の繁栄を見た神帝は娘と息子を許し、天界に帰参することを許した。僕たちに地上のことを託し、天界に還っていった――。
その僕たちは一人の人間を王として戴き、民もそれに従った。民はどっから出てきたっていう話だけど、土からにょきにょき生えてきたらしい。この世界に進化という概念はない。前世でもダーウィンの「種の起源」が発表されたのは、日本で言えば幕末の話だもんね。イギリスはヴィクトリア女王の時代ですね。ちなみにロシアの女帝・エカテリーナ二世はもう死んでるし、フランスのマリー・アントワネットはとっくに首ちょんぱされている。「人間は猿から生まれた」なんて言ったら教会に火あぶりにされそう……。『悪魔』を追っていたのに、わたしが魔女にされてしまう。




