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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
4/57

全て告白させられました


最近、よく見る夢がある。


殿下と、水色の髪の少女が微笑み合う姿。少女に口づけを落とす殿下。


いや! わたしの王子さまをとらないで!


――きみのことなんて大嫌いだったよ、シャルロッテ


――きみのような傲慢で命を尊重できない女性が、王妃になれるわけないじゃないか


聞いたことないぐらい、冷たい声。


好きなの。大好きなの。王宮で迷子になってしまった時、一緒にお父様とお兄様を探してくれた殿下が。泣いている時、ハンカチで涙を拭ってくれて、苦労して育てた花をぎゅっと握らせてくれた優しい王子さまが。


「いやぁっ!」


目覚めると、真っ先に目に入ったのは殿下が毎日渡してくれる花。昨日は、紫のライラックだった。「花言葉は『初恋』だよ」。殿下、殿下。この生は二度目だけど、人をこんなに好きになったのは初めてなんです。だから、せめて彼女(・・)が現れるまではそばにいてもいいですか?


選んでほしいなんて、わがままは言いません。今はわたしを好きだと言ってくれていても、あなたはいつか彼女(・・)の手を取って微笑むの。わかっています、それが『正解』。だってわたしは悪役令嬢なんだから。



冬が明け、王妃教育が始まった。普段は優しい王妃さまだが、これに関しては厳しい。握手の仕方、歩き方、話し方、椅子の座り方ひとつとっても、王族としての完全なマナーができてなければならない。ましてや、わたしは次期国王である殿下の婚約者なのだから。


彼女(・・)が現れたら身を引くつもりではあるけど、それまでは完璧に殿下の婚約者を務めなければ。


諸外国の言語五ヶ国ぶん、礼儀作法、王宮の諸制度、お心得、宮中慣習、宮中祭祀、宮中行事および一般行事、宮中儀礼、歴史、地理、法律、数学、化学、薬学、医学、生物、生理学、物理、地学、乗馬、ダンス、護身術、貴族年鑑……。


王妃教育がはじまって三ヶ月。疲れていることを悟られないよう笑顔を浮かべているつもりだったが、殿下にはしっかりバレていたらしい。今日のぶんの王妃教育を終えて晩餐を陛下と王妃さまと殿下と取ろうとすると、眉をひそめられた。


「顔色が悪い。少し休みなさい」


「大丈夫です。ご心配には及びません」


「あのね、王妃教育っていうのは楽なものじゃない。僕も国王教育を受けているから、それは知ってる。ちゃんと休まないと、すぐに潰れてしまうよ」


なおも食い下がると、殿下は大きなため息をついた。そのまま殿下の私室に連れていかれる。


「まったく、シャルは変なところで頑固なんだから。このハーブティーを飲みなさい」


言われた通りにすると、なぜか急激に眠くなった。


「このハーブティーには、軽い導眠作用があるんだ。こんなので即寝するなんて、よっぽど疲れてる証拠だよ。父上と母上には伝えておくから、ゆっくり休みなさい」


電気を消して部屋を出ていこうとする殿下の服の裾を、思わず引っ張っていた。


「お願い、いかないで……今だけでいいから、わたしのそばにいて……」


「……いつまでもそばにいるから、安心して」


お願いだから、彼女が現れるまではわたしだけの王子さまでいて。


ねえ、殿下。わたし、最近では眠るのがいやなの。殿下を奪われる、あの夢を見るのが怖くてたまらないの。冷たく蔑むあなたの瞳を見るのが恐ろしい。


――きみとの婚約は白紙に戻す


――きみを愛したことなどない


「やっ……!」


「シャル!?」


荒い呼吸を浅く繰り返すわたしを見て、殿下は心配そうな顔をした。


「一体どうしたの? ずっとうなされていたけど」


「なんでも……なんでもないんです」


晩餐はもう終わってしまっているだろう。夕食は屋敷の者に用意してもらおう。


「待って、シャル。あれだけうなされるなんて、ただごとじゃない。悪い夢は話してしまった方が良いんだよ」


「大丈夫なんです、本当に」


前世の漫画で読みました〜なんてとち狂ったことは言えない。呆れられたくない。嫌われたくない。


いやいやをするように首を振ると、紺碧の瞳が悲しみに翳った。


「シャル、僕はそんなに頼りない?」


「違います、そういうことじゃ……」


「シャルの悲しみも苦しみも、半分背負ってやりたいんだ。一緒にいれば、嬉しいことは二倍になるし、つらいことは半分こできる。僕は、シャルとはそんな夫婦になりたいって思ってる」


「殿下」


真摯な瞳を、誤魔化すことはもうできなかった。


「……わたし、前世の記憶があるのです」


ここは少女漫画『貧乏伯爵令嬢なのに、いつの間にかヤンデレ公爵令息に溺愛されてました!?』の世界だということ、このままだと公爵令嬢シャルロッテ(つまりわたし)はヒーローと王太子に断罪されてしまうことを話すと、殿下はわたしを優しく抱きしめてくれた。


「誰にも言えなかったんだね。つらかったでしょう」


「信じてくださるんですか? 証拠も何も無いのに……」


「きみが苦しんでいる。それだけで充分だ」


殿下。殿下。優しい殿下。わたしの大好きな王子さま。……ひどいひと。わたしをこんなに好きにさせるなんて、ずるいひと。


「でも、ストーリー通りに進むとは限らないんじゃない? マテウスを殺すどころか可愛がってくれてるし、傲慢で人を人とも思わないような人間なんかじゃない。僕だって、きみを嫌ってなんていない」


「それでも……殿下は彼女(・・)と結ばれるのが『正しい』んです」


聡明で愛らしく、誰にでも優しい彼女(・・)。きっと殿下も惹かれてしまう。奪われてしまう。


「シャルは僕に、他の女と番えっていうの?」


「わたし、応援はできませんけど、お邪魔はしません。だから冷たい声で蔑まないで」


「……」


「それから、宝石はお返ししますから、お手紙は奪わないで。心の慰めとしたいのです」


殿下の眉が八の字に曲がった。……あれ、怒ってる? 珍しいな、殿下は滅多に怒ったりしないのに。


「なんで僕と離れる前提で話を進めてるわけ? 大体、その『王太子』と『彼女』の話には、『シャルロッテ』は出てこないんでしょう?」


「はい。『シャルロッテ』が断罪されるのは本編、『王太子』と『彼女』が出会うのは番外編ー本編の半年後ですから」


「だったら、シャルが悪役令嬢になるわけがないよね。まさか、ゲレオンに懸想してないよね……?」


あのヤンデレ鬼畜ヒーローに誰が。ヒロインに熨斗をつけて差し上げる。


そういえば、殿下の紺碧の瞳が少し濁っている気がする。……まさかね。漫画のちょっぴり下衆い王太子と違って、殿下は天使だし。漫画では彼女(・・)に執着してたけど、悪役令嬢のわたしに執着するわけもなし。


「わたしがお慕いしているのは、殿下だけです」


「だったら、二人でいられる方法を一緒に考えよう。ね?」


ぽろぽろと涙を零したわたしを見て、殿下は困ったような顔をした。


「僕と結婚するのは、そんなに嫌?」


「違います……! 嬉しいんです」


「そお? さ、涙をふいて。きみの涙の止め方だけは、未だにわかんないんだ」


そう言って、優しく涙を拭ってくれる。


もしかしたら、強制力があるかもしれない。いつかは彼女(・・)の手を取るかも。だけどいまだけは、わたしだけの王子さま。


「はい、殿下」


ニコッと笑うと、殿下はぎゅうっと抱きしめてくれた。胸がドキドキする。伝わってるかな。……伝われば良いのに。


「要するに、僕がその彼女(・・)に関わらなければ良いと思うんだ。シャルの言う強制力があるとしても、関わらなければ恋には落ちないでしょ?」


「……それもそうですね」


「あと、毎日キスしよう。そうしたら、お互いへの恋心を忘れずに済むでしょう?」


「なんか義務みたいで、やです」


プクッと頬を膨らませると、殿下は破顔してわたしの頬を掴んだ。……変な顔になっている自信がある。


「ごめん、嘘。ほんとは僕がしたいだけ」


次の瞬間には、おでこにあたたかいものが触れていた。


「シャルも」


ええい! 女は度胸!


目をつぶって頬に口付けると、殿下はニコッと笑ってくれた。


ベッドに座るわたしの前で跪いていた殿下が(王子さまなんだから跪くのはやめてと言っても聞き入れてくれない)、立ち上がろうとしたまさにその時。


すごい勢いでドアが開いて、殿下はびっくりしたのか体勢を崩してしまった。殿下の体が覆いかぶさってきたので、こっちもびっくりだ。


それを見て、入ってきた張本人――王妃さまが柳眉を逆立てた。


「ヴィルヘルム! このマセガキ! 本当に、あなたって子は……!」


これまでのやりとりを見ていなければ、殿下は婚約者を私室に連れ込み、襲っているサイテー王子にしか見えないだろう。さっきキスしたので、殿下もわたしも若干顔が赤いし、わたしに至っては涙目ですらある。


「怖かったわね、ロッテ。こどもだからと二人きりになるのを許可したわたくしが愚かでした」


「あの、王妃さま。何か誤解なさってませんか? 殿下はわたしを慰めてくださっていただけです」


「こんなバカを庇わなくてもいいのよ、ロッテ」


王妃さまは「おまえには正しい閨教育を施す必要がありそうね!」と殿下をつまみ上げ、ズルズルと引きずっていった。


「あ、ちょっと待って! せめてシャルを見送らせて!」


「お黙りなさい!」


王妃さまと大勢の侍女や兵たちと消えていった殿下を見送ると、残った侍女たちに新しいドレスを差し出された。


「王妃さまがこのドレスを着せて帰すようにと」


「まあ」


晩餐は簡単なものを殿下といただいた。厨房の人に申し訳ない。王妃さまは「使用人たちの賄いになったそうだから、気にしなくてもいいのよ」とおっしゃってたけど。


ちなみに殿下は椅子にぐるぐるに縛られていた。こんな状況でも食べ方が美しい殿下はすごいと思う。


陛下も王妃さまも殿下のことをケダモノだと信じきっているみたいだ。誤解だと何度か主張したが、華麗にスルーされた。


「それでは、今日は失礼させていただきます」


「また明日、ロッテ」


屋敷に帰ると、お父様とお兄様に「あのバカ王子に襲われたって聞いたけど、大丈夫かい!?」「なにかひどいことをされてないかい!?」と詰め寄られた。


「殿下はバカじゃありません。優しくて強くて素敵な人です」


「いやいやいや、ヴィルは半分ぐらいストーカーじゃないか」


「野暮でございますよ、お坊ちゃま。恋は盲目。第三者が口を挟んではならぬのです」


失礼な。厳然たる事実です。


その日は悪い夢は見なかった。去り際に(王妃さまたちの拘束を振り切り)殿下がくださったポプリが効いたのかもしれない。バラにラベンダー、パンジー、カーネーションに、ドングリの実。ミント、バジル、ミカンの葉。ライムの皮に、ナツメグ。まだ殿下みたいに上手には作れないけど、いつかわたしも殿下にポプリをあげたい。


どんよりとしていた空が、翌日は明るく晴れ渡っていた。殿下の瞳の色だ。屋敷のひまわりも、喜んでいるに違いない。そうだ、ポプリの材料にはひまわりを使おう。――花言葉は、「あなただけを見つめる」。


なお、二人がかりの必死な説得により、みんなの誤解と殿下の冤罪が晴れるのは、それから三日も経った後だった。

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