反乱鎮圧
まだかすかに血のにおいが立ち込める王宮内は、すっかり様変わりした。宰相派の人間が姿を消したためだ。
「……ヴィルヘルム様!」
優しく抱きしめてくれる彼を、強く抱きしめ返す。……無事でよかった。
「此度の反乱軍は王太后陛下のご意思によるものと聞きましたが、宰相派の人間も一掃されたのですね」
「おばあさまが反乱を起こすよう仕向けたのは宰相だ。そして、宰相は両親と叔父上一家、そして僕を皆殺しにすべく配下の者を潜り込ませていた」
その者たちが宰相の罪状を吐き、今は牢獄に繋がれているという。
「でも、ご無事でよかった……」
「……彼の密告がなければ正直危なかったと思うよ」
「彼?」
わたしの疑問には答えず、ヴィルヘルム様は微笑んで双鷲の間――謁見の場までエスコートしてくれた。
◇
「息災で何よりだ、シャルロッテ」
「両陛下に置かれましてもご無事でいらっしゃったこと、望外の喜びに存じます」
双鷲の間には両陛下、オスカー殿下、陛下の側近中の側近・アスマン侯爵をはじめとした国王派の面々が勢揃いしていた。その中の一人、バルシュミーデ公爵の背後に控えていたゲレオンが、一礼をした。
国王派の面々が揃う中、異質な人物が一人。ヴァイセンベルガー公爵――宰相派筆頭だ。
「ヴァイセンベルガー公爵が、宰相の企みを教えてくれたんだ」
親同然のはずの宰相を何故ヴァイセンベルガー公爵が裏切ったのかはわからない。彼の無表情からは、何も読み取れなかった。
「正直、そなたがルッツを裏切り朕についてくれるとは意外だった」
「……。宰相は、両親の仇でもあります。復讐自体は、ずっと狙っていました」
両親の仇……? どういうことだろう。
「やはり、前ヴァイセンベルガー公爵夫妻を手にかけたのはルッツだったのか。正気の沙汰とは思えんな」
宰相派の面々の処罰はもう決定しているらしく、これからのシルフェリアをどうするかについての話し合いが行われた。「やはり貧民街だろうな」と陛下はおっしゃっていた。『灰色の悪夢』をきっかけに王都の端に生まれた貧民街への対策に陛下が長年腐心していたのは知っている。宰相派の横槍がなくなった今、対策に集中できるだろう。微力ではあるけど、そのお手伝いができればなと思う。
話し合いは一応の終息を見たのか、一人二人と双鷲の間を出ていく。わたしも続こうかと思ったけど、ヴィルヘルム様もお父様もそのまま残っている。お兄様やゲレオンは出て行ったけど。残った面々は王族を除くとお父様、バルシュミーデ公爵、ヴァイセンベルガー公爵。
「シャウムブルクを呼べ」
レルヒェンフェルト、バルシュミーデ、ヴァイセンベルガー、シャウムブルク。「シルフェリアの四強」が勢揃いした双鷲の間には、どこか緊迫感が漂っている。
「これから話すことは代々、王家と四家の当主にのみ伝えられてきた事だ。本来なら爵位継承の際に先代から知らされるものだが、あいにくとヴァイセンベルガーの先代はその前に命を落とした。――よって改めて尋ねる。ヴァイセンベルガー、そなた『七つの大罪』についての真実は承知しているか」
「『建国記』に記載されている以上のことは存じ上げません」
「……そうか。皆の者、地下牢まで参れ」
地下牢まで何をしに行くんだろう。思わず隣を見ると、ヴィルヘルム様は苦い顔をした。
「地下牢には、『七つの大罪』が封印されているんだ」
◇
暗く長い階段の先には黴臭い地下牢が広がっていた。大罪人ばかりを閉じ込めた牢獄――宰相、いやルッツ卿もそこにいるらしい――を抜けると、頑強そうな扉が目に入る。幾重にも魔法陣が描かれたそれは、魔法陣を解かずに触れれば即死するようになっている。
陛下に随ってついてきた筆頭魔術師によって魔法陣が解かれると、今度は陛下が懐から鍵を取り出した。ギィ……と音がして扉が開いたものの、部屋には床や壁一面に侵入者防止の魔法陣(もちろん触れたら即死)が描かれており、そこでまた筆頭魔術師が魔法陣を解く。『七つの大罪』を封印するだけの部屋らしく小さな部屋だけど、何しろ部屋中に魔法陣が描かれているのだ。解除にはかなりの時間を要した。
「こんなに厳重なのに、内乱の騒動で『七つの大罪』が流出してしまったのですか?」
「『七つの大罪』流出なんてとんでもないことが起きてしまったから、ここまで厳重になったんだよ」
七角形の小部屋の隅に、魔法陣が描かれた箱が置かれていた。『強欲』『怠惰』『嫉妬』『憤怒』『悪食』『色欲』『傲慢』――それぞれの『悪魔』が封じられた『器』が封印された箱をまるでマトリョーシカのように層を作って保管している。
そして七角形の小部屋には続きの間があった。これまた魔法陣やらなんやらで厳重な扉を開くと、これまた部屋中が魔法陣(以下略)。そこは部屋ではなかった。罪人を捕らえる、牢獄だったのだ。
「あら、皆さんお揃いで。はじめまして、妾は『魔女』。いったい何の用かしら?」
わたしの幻覚なのか、『魔女』の髪色は黒にも、青にも、赤にも、金にも、茶にも見える。瞳の色も同様だ。ゆらゆらと捉えどころのない女性は、少女のように可憐でありながら、年を重ねた女性のように妖艶で、老婦人のように疲れ切った笑みを浮かべた。
「ここにいるのが現ヴァイセンベルガー公爵だ。本来ならば爵位を継承してすぐに此処の存在を知らせるべきだったが、お前が余計なことをしたせいで随分と遅れた」
「あの男に『傲慢の悪魔』を憑かせたことを言っているの? 言っておくけど、その坊やの両親を殺した頃は、『傲慢の悪魔』は彼の自我を完全に奪ってはいなかったわ。半分ぐらいは、あの男の意思よ」
――宰相は、両親の仇でもあります
――その坊やの両親を殺した頃は、『傲慢の悪魔』は彼の自我を完全に奪ってはいなかったわ
――半分ぐらいは、あの男の意思よ
残りの一つ、『傲慢の悪魔』はルッツ卿に憑いていたのか。
「母上を誑かし、このような戯けた反乱を何故起こさせた」
「いやだ。この反乱はテレジアの意思よ? だって妾、彼女には何も憑かせていないもの」
――男が『魔女』と呼んだその女は、『主人』はシルフェリアを滅亡させ、王族を皆殺しにするつもりだと言っていたらしい
「うふふ。可哀想な王様。母親に愛されていたのだと信じたかったの? 残念ながら彼女は正気よ。あの男のことも、先王のことも、あなたたちのことも憎んでいただけよ。すべてを壊したいと思うほどにね」
全てを破壊したいと願うほどに、世界を憎むその気持ち、よくわかるわ。だから妾、あの子に協力したんですもの。『魔女』の微笑みに、陛下は顔を苦々しげに歪めた。
「数十年後には女神の御力が溜まり、聖剣が完成する。聖剣で貫けば、お前には消滅しか道は残されていない。覚悟しておくんだな」
女神、という単語に『魔女』は一瞬忌々しげに顔を歪めた。女神スノーホワイト。『スノーホワイト』こと、『女神スノーホワイトの戦士たち〜seven deadly sins〜』は、女神スノーホワイトの力が込められた聖剣を勇者グランピーが抜いたことで始まるらしい。
「おばかさん。『魔女』はひとの悪意そのもの。たとえ妾が消えようとも、第二、第三の『魔女』が現れる。『魔女』は不滅なのよ? この国を作った時にあなたの先祖が『魔女』を消滅させたのに、ここに妾がいるのがいい証拠でしょうに」
「何度でも聖剣を突き刺す」
「あの小娘が聖剣を作るには何百年もの時間がかかること、忘れているのかしら」
見かねた様子の王妃様に「陛下、もう帰りましょう」と促され、一行は踵を返した。




