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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
30/57

お茶会 2


 クリスティナ王女に言われたからではないけれど、殿下との気まずい状態を一刻も早く解消すべくわたしは動き出――せなかった。


 なぜなら今日は生徒会主催のお茶会。わたしたち生徒会役員はてんてこ舞い。わずかな休憩時間も、殿下はたくさんの人に囲まれているのでゆっくり話ができる雰囲気ではない。……今日はもうあきらめよう。


 ふと視線を動かすと、ゲレオンとアデリナが談笑していた。ゲレオンは珍しく表情を緩ませ、アデリナは頬を赤く染めていた。……背後にギラギラ視線の令嬢数名。ゲレオンファン(過激派)。面倒な予感がする。


 お花を摘みに行った帰り、お手洗いの裏にある倉庫から女子生徒の金切り声が聞こえてきた。


「――!」


「――!」


 いや~な予感。でも放置するのもなあ……。そっと近づくと、そこにはアデリナ一人を囲む令嬢数名。さっきのゲレオンファン(過激派)ではないか。


「調子乗ってんじゃないわよ!」


「ゲレオンさまがお優しいからって調子に乗らないで!」


「あんたごときがお近づきになれる相手じゃないのよ!」


「身の程をわきまえなさい!」


 そして彼女たちはあっという間にアデリナを閉じ込めてしまった。……おいおい、思い切りが良すぎやしませんかね。アデリナは確かに伯爵令嬢だけど、されど伯爵令嬢。明らかになったら面倒なことになると思うんだけど。


 令嬢たちが嫌な笑みを浮かべて去っていったのを確認して、わたしは倉庫に駆け寄った。わたしは知っている。この倉庫にはそう高くないところに人一人通れるレベルの窓があるのだ。


「アデリナ」


 窓を開けると、驚いた表情のアデリナがうずくまっていた。大丈夫かな。後で医務室に連れて行ってあげよっと。


「シャルロッテ様!? どうしてここに……」


「偶然通りがかったの。まったく、ちょっと怪我してるじゃない。ひどいことするわね」


「シャルロッテ様には、助けてもらってばかりですね」


 気にしないでちょうだい、と言おうとすると背後から誰かに押された。


 んぎゃっ! 落ちる!


「シャルロッテ様っ!」


 アデリナがクッションになってくれた。……ごめん。重くない?


 っていうか、いくら高くない位置にある窓とはいえ打ち所が悪かったら死ぬかもしれないんだぞっ! なんてことをするんだこのばかっ! ……怒りで口調がおかしくなってきた。


「クスクス、いい気味~」


「あの金髪の女、誰だったのかしら」


「知らない。でもあの女を助けるぐらいですもの。下級貴族に決まっていてよ」


 こいつら、わたしの顔も見ずに突き落としたのか……。そりゃそっか。敢えて王家とレルヒェンフェルト家の尾を踏むバカはいない。



 そして話は冒頭に戻る。


「どうしましょうか」


「どうしようもないわね」


 助けを待つしかない。雪山で遭難した時は別。でも迷子になった時は動かないほうがいいっていうしね。別にわたしもアデリナも迷子じゃないけど。


「シャルロッテ様は、生徒会のお仕事は大丈夫なのですか?」


「わたしの仕事はもう終わりなの。終わるまで自由にしてていいって言われてるわ」


「……お茶会ももう終わりですものね。私、何も食べてません…‥」


 お茶会ではゲレオンとずっと話していて(それ自体はハッピーだったらしいが)、令嬢たちに長時間なじられ、お菓子を食べる時間がなかったらしい。主催者(ホスト)のひとりであるわたしは食べられなくても仕方ないけれど、アデリナはお客様なのに。


「この倉庫、結構辺鄙なところにあるのにどうしてここが分かったんですか?」


「近くにお手洗いがあるでしょう。あそこまで彼女たちの声が聞こえてきたのよ」


「でも、あそこのお手洗いって会場から遠いですよね。なぜわざわざ?」


 言えない。もしかしたら『イベント』が起こるかもしれないからわざと聞き耳を立ててたなんて言えない。後をつけてたなんてもっと言えない。本来の『イベント』はなじられて突き飛ばされるレベルなんだけどね。しかも相手はシャルロッテなんだけどね。


「そういう気分だったのよ」


「まあ。そうなのですね」


 純真無垢なアデリナはあっさり信じてくれた。……心苦しい。


「ここ、埃っぽいですね」


「まあ、倉庫ですものね」


「……なんだか暑くありませんか?」


「……たしかに」


 頭がくらくらしてきた。あれ、なんだか視界がぼやける。体が言うことを聞かない。足の力が抜ける……。


「シャ、シャルロッテ様! ちょっとだれか!」


 慌てたように扉の外に叫ぶアデリナをよそに、わたしの意識は途切れた。



「……ル。……シャル」


「でん、か?」


 目を覚まして一番に見たのは、紺碧色の瞳だった。緊張していた双眸が、ゆるゆると安堵する。


「よかった。目を覚ましたんだね。待って、侍医を呼んでくる」


「……待って!」


 タイミングはいまではないかもしれない。だけど、思わず殿下の腕をつかんでしまった。やるっきゃない、女は度胸!


「シャル?」


「あ、あの。初めて会った時のこと、覚えてますか……?」


「うん。公爵を探してたんだよね」


 椅子に座りなおしてくれた殿下に安心して、ぼそぼそと続ける。……ああ、もっときれいに話せたらいいのに。


「わたし、あの日からずっと殿下のことが好きです。でも、『前世』のことを思い出してから、同じだけ怖くなりました。もし信じて裏切られたら、きっと立ち直れない」


「シャル……」


「これはわたしにとって二回目の生だけど、こんなに誰かのことを好きになったのは初めてなんです。何もかもが初めてで、よくわからないんです」


 姿を見ただけでときめく気持ちも、少し低い声に感じる胸の高鳴りも。


「ごめんなさい。今までいっぱい傷つけてごめんなさい。もしわたしのことを許してくれるなら、もう一度わたしのことを恋人にしてくれますか……? わたしを、お嫁さんにしてくれますか?」


「僕が許したら、か。随分と控えめで、中途半端なお願いだね。僕が拒んだらどうするのかな? 初恋は綺麗なものと封印し、どこかの男に嫁ぐのかな?」


「え……そんな、わたしは……」


 ……もう愛想をつかされてしまったのだろうか。いけないいけない、また卑屈心が顔を出した。殿下はもっと積極的な求婚(プロポーズ)が好きなのかも。


「あの、わたしとけっこ、ほががっ!」


 何するんですかっ! と抗議の視線を向けると殿下は拗ねたように横を向いた。


「駄目だよ、シャル。プロポーズ(それ)は僕から言いたいんだから」


 わたしが大好きなふわりとした笑みを浮かべると、殿下は椅子を立って跪いた。


「シャル。……僕と、結婚してくれますか?」


「喜んで、殿下――いえ、()()()()()()()()


 初めての口づけは、とろけそうなほどに甘かった。


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