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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
29/57

お茶会 1

「シャルロッテ様、シャルロッテ様……! しっかりなさってください……!」


「……アデリナ?」


 孔雀緑の瞳に大粒の涙をためたアデリナが、こちらをのぞき込んでいた。


「……ここは?」


「どこかの倉庫みたいですわ。ごめんなさい、シャルロッテ様。巻き込んでしまって」


「気にしないで。わたしが首を突っ込んだだけなんだから」


 時は、数日前に遡る。



 オスカー殿下のお屋敷からの帰り道、殿下と喧嘩(?)をしてしまったわたしだが、気まずいからと言って生徒会の仕事をさぼるわけにはいかない。生徒会主催のお茶会は数日後に迫っているのだ。


「いよいよ明日ですわね」


「大丈夫でしょうか。皆様、喜んでくださるといいのですが」


「心配はいらないさ」


 前日の準備を終えた後、一人一人生徒会室を去り――殿下やお兄様、わたしを遺しては最後の一人になったクリスティナ王女に「それではまた明日」と微笑みかけようとすると、なぜか手を取られた。


「シャルロッテ様、一緒に帰りませんか?」


「え?」


「いいですよね、王太子殿下、レルヒェンフェルト卿」


 クリスティナ王女は強引に同意を取り付けると、生徒会室の扉を閉めた。……直前の、殿下の翳りを帯びた瞳が頭から離れない。いつも優しげに細められていた紺碧色の瞳を、わたしが壊してしまった。殿下の心ごと。


「シャルロッテ様とこうしてゆっくりお話しするのは初めてですわね。私、ずっと貴女(あなた)とお話したいことがありましたのよ」


 そう切り出されたのは、馬車に乗ってからのことだった。


「ねえ、シャルロッテ様。『貧乏伯爵令嬢』という漫画をご存じですか」


「――!」


「そのお顔、ご存じのようですわね。あなたが王太子殿下と気まずげなのは、私が原因ですか」


 いたわるような彼女の態度に、猛烈に恥ずかしくなった。わたしはクリスティナ王女のことを番外編ヒロインだという『属性』だけで避けていた。彼女の優しさ(なかみ)を知ろうともせずに。殿下の哀切な愛情にも見て見ぬふりをして。


――ご覧になって。レルヒェンフェルト公爵令嬢よ。


――公爵家のお嬢様だからな。苦労知らずだろう。


――シャルロッテ様って、美人だけど怖いかんじ。人の温かさってものが感じられないもの。え、お話したことなんてないわよ。そんなかんじの顔してるじゃない。


 身分や容姿――『属性』に縛られ、苦しんでいたのに。『属性』でしかわたしを見てくれないことが、悲しかったのに。


――失礼な人たちだね。シャルは優しくて可愛いし、いろんなことをがんばってるのに。だから泣かないで。


 自分のことのように怒ってくれた時、彼への想いが深まったのに。


 どうしてクリスティナ王女を『属性』でしか見られなかった? ううん、クリスティナ王女だけじゃない。アデリナはもう『ヒロイン』じゃなく友達だけど、ゲレオンのことを原作そのままの『ヤンデレ鬼畜ヒーロー』としか見てなかった。


 なにより誰よりも信じなければならなかった人を、信じていなかった。


「……クリスティナ王女のせいじゃありません。わたしのせいです。わたしが、殿下を信じられなかったから」


「……シャルロッテ様?」


「わたし、殿下のことが好きです。心からお慕いしています」


 何時だって優しく手を差し伸べてくれた王子様。涙を流せばぬぐってくれた。つらい時は一緒にいてくれた。


「だから、誰にも譲りたくない……!」


 それが『運命』だとしてもいやだ。死がふたりを分かつまで、殿下の隣にいたい。たとえクリスティナ王女でも、それは譲れない。


 クリスティナ王女はたっぷり数十秒固まると、相好を崩した。


「安心しましたわ。もし『クリスティナ王女と結ばれるはずですから』とか言い出したら張り倒してやろうかと思ってましたの」


 可憐な唇から飛び出したとは思えない物騒な言葉に、今度はこっちが固まった。クリスティナ王女はそれを気にした風もなく、飄々と続けた。


「言っておきますけど、王太子殿下に興味はないので安心してくださいまし。そのうち従兄を落として妻になって、夫婦で結婚式に参列してみせますわね」


「へ? 従兄? もしかしてレニングラード卿ですか?」


 アレクセイ・リィ・レニングラード。アヴェルチェヴァ王家の血を引く・レニングラード将軍家の跡取りだ。


「そうですわよ。わざわざシルフェリアへの留学に同行するくらい私のことが好きなくせに、私のアピールは無視するんですの。でも最近揺らいできていますから、あと一押しですわ」


 『貧乏伯爵令嬢』のクリスティナ王女は、とても控えめな女性だった。……『属性』で判断することは、本当に愚かだ。


「……クリスティナ王女の少女時代は、母君を早くに亡くして不遇だったかと記憶しておりますが。そもそもなぜシルフェリアに?」


「そうですわね、兄姉どもはクソでしたわ。『歌姫のような下賤の母が死んで何を悲しむことがあるのか』ってふざけるんじゃないですわよあのノータリンども。母の死を悲しむのに歌姫も王女もないでしょうが。アレク兄様はそんな私のそばにいてくれたんですの。きっと原作の『クリスティナ』は差し伸べられていた手に気づいていなかったんですわ。これだから受動的で鈍感な女って嫌いなんですのよ。やっぱりほしいものはゲットしていきませんとね。大事なものはガッツですわよ」


 クリスティナ王女はとてもおしゃべりなうえにまくしたてるタイプだった。今まではセーブしていたらしい。


「シルフェリアに留学した理由なんて決まっているではありませんか。『アヴェルチェヴァの大乱』を阻止するためですわよ。え、『スノーホワイト』は知らない? でもクリストハルトから聞いた? へー、あの男も転生者なんですわねやっぱり。あの色狂いが真面目な面してるなんておかしいと思ってたんですの」


 『アヴェルチェヴァの大乱』は王太子エドゥアルド(クリスティナ王女のお父様)の死を皮切りに、その息子イヴァンが立太子したものの間もなく老帝レオニードが崩御し――まだ若すぎる王・イヴァン王が誕生してしまったことから始まる。若きイヴァン王は佞臣たちに取り込まれ、挙句の果てに『悪食の悪魔』に憑かれてしまうのだ。悪政に不満を募らせたエドゥアルドの弟・マキシムは王家に反旗を翻し、アヴェルチェヴァは混迷の内乱期に突入する。


「お父様の死は毒殺だったんですよね。だからとりあえず阻止して奸臣どもは追放してやったんですけどまだ生き残りがいるんですわ。奴らの息の根を止めるために各国の要人たちとつながりを持っておこうと思いまして」


 ……かなり物騒だった。


「まあ、『悪食の悪魔』の『器』を(はら)ってほしいってのもありますけどね」


「え!? 『器』を持ってるんですか?」


「さすがに今は持ってませんわよ。屋敷に保管してあるんですの。だからさっさとヴィルヘルム殿下と仲直りして引き取りに来てくださいね。そういえば『器』だってわかったことはどうやって説明しようかしら。え? 殿下も事情を知ってる? 素直に信じるなんて殿下も奇特なお方ね。だったら余計に早く仲直りしてくださいまし。こっちも仕事がやりにくくて仕方がないんですのよ。全員気づいてるに決まってるじゃありませんか。もしかしておバカですの?」

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