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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
21/57

スノーホワイト 2

 神妙にうなずくクリストハルトに、殿下は眉を寄せた。


「『強欲の悪魔』の宿主・オストログラキーが逮捕されるのは『スノーホワイト』ではもっと後。ということは、私がオストログラキーを逮捕したせいで叔母上が『怠惰の悪魔』に苛まれたのだな」


 少し沈んだ様子な殿下に、思わず声をあげた。


「それは違います! オストログラキーについて頼んだのはわたしです!」


「それに、このことで『強制力』がないことが証明できました。うまくすれば、『スノーホワイト』で起こる様々な悲劇を回避できるかもしれません」


「……わかった。それで、『スノーホワイト』で起こる悲劇とは何なんだ?」


 クリストハルトは一瞬表情を曇らせたが、すぐに答えた。


「『シルフェリア王弟謀反事件』『ベーレンドルフの災厄』『シルフェリア・グランヴィル戦争』『アヴェルチェヴァの大乱』『狂后アイーシャの大獄』――そして、各国を恐怖の底に突き落とした『金髪婦女連続殺害事件』です」


「き、金髪!?」


 ちょっと待ってよ、わたしも金髪なんだけど……。


「落ち着いて、シャル。金髪なんてよくいるよ」


「そうです、よくいます。だからこそ悲劇でした。金髪の女性を無差別に狙うのだから」


 クリストハルトいわく、元婚約者のキャサリンへの愛情や懺悔はいつしか憎しみに変わり、アーネストは金髪女性(キャサリンに似た女)を残忍に殺していくように配下に命じたという。


「アーネストも当初は、自分がすべて悪いのだと思っていたんです。身勝手な自分に振り回され、最も華やかな少女時代を棒に振り、家族さえも捨てさせた己の罪は、どれほど懺悔しても償いきれないものだと……。だけど、『怠惰の悪魔』に蝕まれるにつれ、そういったわずかに残った良心のはたらきすら『面倒臭い』と感じるようになってしまうのです」


「先ほど『シルフェリア・グランヴィル戦争』と言ったが、グランヴィルとの間に戦争が起きたのか?」


「はい。『傲慢の悪魔』にグランヴィル王が取り憑かれたことが原因です。なにかグランヴィルに怪しい動きは……」


 殿下はしばらく考え込んで、「関係ないかもしれないが」と口を開いた。


「グランヴィルの王妃が最近占いに凝っているらしい」



 話し合いはいったん打ち切りになった数日後、わたしは温室でティータイムを決め込んでいた。ああ、このスコーン美味しい。


「お嬢様~。殿下がおいでですよ」


「殿下が?」


 ニーナに伴われ応接室に向かうと、殿下がにっこり笑っていた。


レルヒェンフェルト家(ここ)で会うのは久しぶりだね」


「そうですね。今日はどうなさったのですか?」


「うん。グランヴィルで、占い師が処刑されたらしい」


「へっ!?」


 王妃の信用をいいことに宝物庫から少しずつ高級品を贋作に変え盗み出し、売りさばいていたらしい。国家の宝物を盗み出し、挙句の果てに売り払うなど許されざる重罪だ。


「この話には続きがあってね。贋作だと見抜いたのは、ノーサンバランド嬢らしいんだ」


「スカーレット様が?」


「僕も詳しいことは知らないけど……。彼女が登校してきたら、事情を聴いてみようか。問題がない範囲なら、教えてくれるかもしれないよ」


 建国祭の後、おばあさまが体調を崩されたとかでスカーレット様は一時帰国なさっている。


「でも、いきなりそんなお話をして……。不躾に思われないでしょうか」


血まみれの英雄(ブラッディ・ヒーロー)


「殿下……?」


「クリストハルトが前に、シルフェリアとグランヴィルの間で戦争が起きるって言っていたよね。アーサー殿下はその戦争で自ら出陣し、多くのシルフェリア兵を(ほふ)ったらしい」


 血まみれの英雄(ブラッディ・ヒーロー)って。ブラッディ・メアリーみたいだな。ブラッディ・メアリーはカクテルがあるらしいけど、アーサー殿下のカクテルもあるんだろうか。


「グランヴィルでは英雄視されたものの、シルフェリアでは恐怖と憎悪の対象だった。シルフェリアの陰謀によって微弱な毒を盛られ続け、病気がちになってしまい――病床にあった時にシルフェリアの猛攻に遭い、占領した土地の多くを奪回されてしまうそうだよ」


 あの優しげな王太子殿下に、そんな未来が待っているのか。あの甘いマスクで戦の天才だってことにも驚きだ。


「病の身をおして戦場に出て城を再び奪うものの、それ以降は病が重くなり本国(グランヴィル)に帰国。国政改革に着手するものの、疲労がたたって亡くなってしまうという」


「クリストハルトからの情報ですか?」


「うん、そうだよ」


 クリストハルトの奴、わたしに隠れて殿下と会うなんてずるすぎる。今度会ったら問い詰めてやらなくっちゃ。


「殿下、クリストハルトの話をお信じになったんですのね。生徒会室でお話をしたときは疑っておいでだったのに」


「嘘や妄想の類にしては整合性が取れすぎているからね。生徒会室で話をしたときもそこまで疑ってなかったよ」


 え、めちゃくちゃ機嫌悪くありませんでしたっけ? わたしの考えていることが分かったのか、殿下は曖昧に微笑んだ。


「クリストハルトはグランヴィル王が『傲慢の悪魔』に取り憑かれることで戦争が起きると言っていた。『傲慢の悪魔』を取り憑かせた人間は王に近しい者だと考えるのが妥当だ」


「……近しい人間、ですか。ですがそんな怪しい者が王に近づくなど不可能では」


 国王とは、国家の象徴。幾重にも厳重に守られている存在だ。


()()()が王に近しい人間に『器』を渡し――その近しい人間が王に『器』を渡したとしたら? 媒介になっていることも気づかずに」


「殿下、まさか……」


「占い師を重用していたという王妃。彼女を利用すれば、可能だよ」


「……王は既に悪魔に冒されているのでしょうか」


 だとしたら最悪だ。戦争になってしまう。


「それはわからない。でも、『スノーホワイト』の舞台は数十年ごとのことだった。何十年も悪魔が潜伏するのはおかしいから、可能性は低いと思う。占い師はきっと、もっと時間をかけて王妃以外も懐柔するつもりだったんじゃないかな。でもその計画は失敗に終わった」


 なぜなら、王宮を追放されてしまったから。それはどうして? 王宮の宝物を贋作にすり替えていたことがバレてしまったから。どうしてバレた? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「殿下……」


「僕も、ノーサンバランド嬢はシャルやクリストハルトのように『前世の記憶』があるんじゃないかって思ってる。だから、『スノーホワイト』でのアーサー王子の代名詞――『血まみれの英雄(ブラッディ・ヒーロー)』を口に出して反応があれば黒。なければ白だ。断定するには、証拠が弱いからね」


 たしかに。それに、不可解な点も残っている。


 わたしに対してクリストハルトのような反応がなかったのはまだ理解できる。『スノーホワイト』のプレイヤーだったとしても、『貧乏伯爵令嬢』を読んでいたとは限らないのだから。わたしだって、『貧乏伯爵令嬢』は愛読してたけど『スノーホワイト』は未プレイだ。


 それにしても、クリストハルトに対して何の反応もしなかったのはさすがに疑問が大きい。『スノーホワイト』の『ベーレンドルフ侯爵』は堕落しきった放蕩男だった(本人談)。学園生活も真面目に送っていたとは思えない。今のクリストハルトとは真逆だ。




 結果としては、灰色だった。


血まみれの英雄(ブラッディ・ヒーロー)


 みるみるうちに青くなっていくスカーレット様の顔色に、クリストハルトは「黒か」とつぶやいた。


「やっぱり前世の記憶があったんですね、ノーサンバランド嬢」


「……。みなさまも、ですの?」


「私はない。シャルやクリストハルトから事情を聞いて把握しているだけだ」


 スカーレット様は「シャルロッテ様はもしかしたら前世の記憶があるのではないかと思っておりました」と微笑んだ。


「シルフェリアの王妃は、たしかクリスティナ様――アヴェルチェヴァの王女だと記憶していますから」


 心がずき、と痛む。最近は忘れかけていたけれど、殿下の隣にあるべきは、本来はわたしではない……。心配そうにこちらを見る殿下の横で、クリストハルトが首をかしげた。


「あれ、『スノーホワイト』でそこまで説明されてましたっけ? っていうか殿下の御名(みな)はゲームでは出てこなかったと思うんですけど」


「……? 『ゲーム』? それはなんですか?」


 スカーレット様は心底不思議そうに首をかしげた。……とぼけているようには到底見えない。


「スカーレット様。あなた様の前世は――日本人でもなんでもなく、グランヴィルに生きた、元王太子妃。そうだったのですね?」


「え、ええ……。お二人は違うんですの?」


 わたしとクリストハルトはこことは全く違う世界――『地球』という星の『日本』という国に生まれ育ち、この世界はゲーム『スノーホワイト』の世界だということを説明すると、スカーレット様は大きな瞳をまんまるにした。


「そうだったんですのね。わたくし、安心したやら吃驚(びっくり)したやらで……。うふふ、涙が出てきましたわ」


「安心、してくださったんですか?」


 無理やり秘密を暴かれて不快ではなかったのだろうか。


「自分でもわかっていなかったのですけれど……わたくし、一人きりで秘密を抱えて、ずっとつらかったのですわ、きっと。情けないことでしょう? 前世を思い出したあの日、すべてを懸けて戦争を止めると決めましたのに」


 わたしには、そうは思えなかった。殿下にすべてを打ち明けるまでは、つらくてつらくてたまらなかったから。


「アーサー殿下にはお話しなかったのですか?」


「……何があっても、アーサー様だけには申し上げられませんわ」


 クリストハルトの問いに、スカーレット様は悲しげに首を振った。スカーレット様の様子から察するに、王太子殿下のことを信じていないからではなさそうだ。


「前世でも、戦争が始まるまではアーサー様は今のように優しいお方でした。ですが、戦場での陰惨な経験はあの方の繊細な心を折ってしまった。血まみれの英雄(ブラッディ・ヒーロー)と呼ばれるほどの所業に誰よりも苦しんでおられたのは、アーサー様ご自身です」


 あの忌まわしき記憶をお話して、あの方を苦しめることだけはしたくない。絞り出すような震え声。


「お話しますわ、王太子殿下、シャルロッテ様、ベーレンドルフ卿。後の世に起こる悲劇を回避するために」

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