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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
2/57

殿下は天使ですか?


おのれのため、そして家族や使用人のため、何がなんでも死亡フラグをへし折らねば。


「え? 殿下とは会えないのですか?」


あれから三日ベッドに縛り付けられ、全快したわたしは花を贈ってくれた殿下へのお礼もかねて王宮を訪ねることにした。あれ以上寝てたら逆に体調が悪くなりそうです。


「うん。殿下は陛下から謹慎を申し付けられておいでなんだよ」


「謹慎……?」


まさか、わたしにこっそり会いに来てたことがバレたのか。いや、バレないわけはないとは思ってたけど。


「シャル、そんなに暗い顔をしないで? ヴィルも覚悟でやったことなんだ。シャルがそんな顔をしていたらヴィルも悲しむよ」


お兄様とヴィルヘルム殿下は親友どうし。……漫画ではそんな描写は全くなかったけど。シャルロッテが、ふたりの友情に亀裂を入れちゃったのかな。


「お手紙は出してもいいですか?」


「うん、それくらいなら良いと思うよ」


ニーナに頼んで可愛い便箋を用意してもらった。


――拝啓、ヴィルヘルム殿下


少し肌寒い季節になりましたね。殿下におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。


わたしはもうすっかり治りました。はやく殿下にお会いしたいのですが、陛下に一ヶ月の謹慎を申し付けられてしまったとお聞きしました。わたしは数日ベッドから出して貰えなかっただけですが、退屈で死にそうになりました。殿下の無聊を慰めるべく、この不肖シャルロッテ、なんとか話題を提供しようと思います。


昨日、シチューの中身が大根でした。ホワイトシチューに大根を入れるなんて、想像できますか? わたし、じゃがいもだと思って食べたのですが、思ったより柔らかくてびっくりしたものです。大根はシチューに入れるべきではありませんね。わたし、やっぱり病人食は大っ嫌いです。今日やっと、お魚が食べられるのです。本当はお肉が良かったのですが、まだだめだとお父様がおっしゃるのです。わたし、もうすっかり元気なのに。でも、そのお魚は港町で有名なトレットナーのものだそうです。お父様の部下のヴスト大尉のご実家は、トレットナーの豪商なんですよ。


隙あらば、わたしをベッドに押し込めようとするお兄様との戦いも継続中です。これ以上寝ていたら、逆に体調が悪くなってしまいそう。そう、うつ(、、)ってやつですね。いくら今まで風邪さえまともに引いたことがなかったからといって、やりすぎだと思いません?


謹慎中とのことなので、お返事はけっこうです。一日も早く殿下にお会いできる日が来るのを待っています。


シャルロッテ――


謝るのも変だと思ったので、ごめんなさいは書かなかった。殿下の退屈しのぎになれば良いんだけど。


一ヶ月、わたしは毎日手紙を書き続けた。返事はなかったけど、手紙を届けてくれたヴィーカー中尉が「殿下はとても喜んでおいでですよ」と言ってくれた。雪がしんしんと降り積もる日、わたしはやっと殿下にお会いすることができた。


「シャル!」


「殿下!」


顔合わせの日、わたしが倒れてしまったので、改めて。一ヶ月以上お会いしていなかったので、抱きついてきた殿下を抱きしめ返す。


「殿下、くすぐったいです」


すりすりと頬ずりをしてきたので、さすがに恥ずかしくなって腕から抜け出そうとした。


「だめだよ、シャル。君に一ヶ月以上会えなくて、すごく寂しかったんだからね? 今日は僕の膝の上に座るといいよ」


「いい加減になさい、ヴィルヘルム!」


鬼の形相で殿下を叱ったのは王妃さま。


「ごめんなさいね、ロッテ。さあ座って? あなたが好きなお菓子を用意させたのよ」


「ありがとうございます、王妃さま」


王妃さまの協力で殿下の腕から抜け出したわたしは、お父様とお兄様の間に座り、お気に入りのエクレアを頂いた。


「体調はもう大丈夫か、ロッテ。あんなに元気いっぱいだったおまえが倒れて、本当にびっくりしたんだよ」


「ご心配をおかけして申し訳ございません、陛下。おかげさまで、もうすっかり元気ですの」


幼い頃には(恐れ多くも)陛下の肩によじ登り、髪の毛を引っ張っていたらしいわたしのことを、心が広い陛下は可愛がってくださっている。


「公爵から、昨日は雪遊びをしたと聞きました。最近は冷えるから、きちんと防寒はするのですよ」


「はい。マフラーも手袋もつけていましたよ? それに、雪だるまを作るのは結構大変ですから、やっているうちに体がぽかぽかしてくるのです」


「雪遊びといえば、ヴィルヘルムが厨房の冷凍庫に雪うさぎを隠して、侍女長に大目玉を食らっていたな」


「父上、シャルの目の前でそんなこと言わなくてもいいでしょう!」


涙目で陛下を睨みつける殿下。なんて可愛いんでしょう。やっぱりこの天使が、あれだけシャルロッテのことを嫌い、尚且つちょっぴりゲスい性格になったのはなにか理由があると思うんだけどな〜。


「あれはロッテが作ってくれた雪うさぎなのよね? ヴィルヘルム」


「母上も黙っていてください!」


明らかに両親に遊ばれている。


去年、お兄様と殿下と雪合戦や雪だるま作りをした次の日、殿下が風邪で寝込んでしまった。少々責任を感じたので、雪うさぎを作って殿下に届けたんだったっけ。大事にしてくれてたのか。やっぱり殿下は優しいな。嬉しくなって微笑むと、殿下が顔を耳まで真っ赤にした。か〜わ〜い〜。


それからも(主に殿下をからかいつつ)和やかにお話をしていたのだけど、陛下と王妃さまは執務に戻らなければならない時間になった。


「シャル、王宮の裏に湖があるの知ってるだろ? いま、そこが凍ってるんだ。専用の靴を用意させたから、一緒に滑ろう」


「素敵ですね」


殿下とお兄様、それから護衛の兵たちを引き連れ、王宮の裏の湖にやってくるとたしかに凍っていた。専用の靴を履き、くるくると滑るととっても気持ちいい。


「ふふっ、なんだか踊っているみたいですね!」


「シャルはもう、ダンスは習っている?」


「いえ、まだです。春がきたら王妃教育が始まると聞いておりますが」


王妃教育はとっても厳しいらしい。少し怖いけど、殿下のためなら頑張ろう、と思えた。


「僕はもうダンスを習ってるんだ。踊ろうよ」


「えっ、でもわたし、ステップがわかりませんよ……?」


「大丈夫、僕に合わせていて?」


殿下はこんなにちっこいのに完璧なリードだった。さすが王子さま。おかげで、ダンスのダの字も知らないわたしでさえ、(だいぶおぼつかないものの)踊ることが出来た。


「うふふ、とっても楽しいですわ!」


「僕も」


あまり外にいたら冷えるとのことなので、温室に行くことになった。


「殿下がくださったあのチューリップ、前に温室で見たことがありますわ」


「よく覚えているね? そうだよ」


殿下は実は花が好きだという、可愛いところがある。今から行く温室に咲く花は、殿下みずからお育てになっている。


「お花がお好きなこと、お隠しにならなくても良いのでは?」


「だめだよ、王太子に求められるのは勇猛果敢な姿。『花を愛でる弱っちい王太子』などと思われるわけにはいかないからね」


「殿下……」


殿下は本当にすごい。以前は植物をすぐに枯らしてしまっていたわたしも、殿下に手伝ってもらうようになってから綺麗な花を咲かせることができるようになったのだから。


「そんな顔をしないで? シャルには感謝してるんだ。あの温室も、『シャルに贈る花は手ずから育てたいから』って言えばすぐに作ってもらえたし。あ、もちろん名目だけじゃないよ? 君に渡す花は僕の手で育てたいなって思ったのは本当。それにね」


「それに?」


「僕の趣味が花を育てることだって聞いたとき、シャルは『お花をこんなに綺麗に咲かせることができるなんて、殿下はみどりのゆびの持ち主なのかもしれませんね』って言ってくれただろ? 僕、とっても嬉しかったんだ」


『みどりのおうじさま』という、大のお気に入りの絵本がある。『みどりのゆび』を持ち、どこかに触れる度、そこに落ちている種を芽吹かせ、花を咲かせることができる黒髪(・・)紺碧色(・・・)の瞳を持つ王子さま。ある日隣国の金髪碧眼(・・・・)のお姫さまが魔王に攫われてしまう。お姫さまを助けたいと思った王子さまは、暗く冷たいはずの魔界を緑でいっぱいにし、凍りきっていた魔王の心を明るくした。王子さまとお姫さまは晴れて結ばれ、めでたしめでたし。


そう、『わたし』はこの絵本に殿下とじぶんを重ねていたのだ。恥ずかしい。恥ずかしい。とんでもない黒歴史。大体王太子と結ばれる相手はわたしではない。


あまりの恥ずかしさに俯いていたからだろうか、前方から突進してくる物体に気づけなかった。

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