デビュタント
建国祭の一日目を飾るのは、成人したばかりの貴族子女のデビュタントだ。白の燕尾服を身につけた令息、白のオペラグローブを併せた純白のドレスを纏った令嬢が、会場中にいる。
一人一人両陛下にご挨拶し、言祝ぎを受け晴れて成人と認められるのだ。より良い配偶者を見つけたり、人脈を広げたりするため、社交界に身を投じるのである。
「シャルロッテさま、お綺麗ですわ!」
「ありがとう。ドロテアさんもエマさんも、とても素敵よ」
もちろんドロテアもエマも今年成人、白のドレスを纏っている。
「シャルロッテさまのドレスの刺繍、とっても素敵ですわ」
「本当ですわね。それに、使われている素材も最高品質の絹ではありませんか?」
「しかも天鵞絨なんてさすがですね。天鵞絨は縫いずれしやすいですから扱える仕立て屋もほとんどありませんのに。さすがレルヒェンフェルトですわぁ」
ドロテアのアルトマン家は精緻な刺繍を売りにした手工業が盛んで、エマのシュタイナー家は絹の一大産地だ。さすがに二人とも目が高い。
デビュタントのドレスにはレルヒェンフェルトの威信をかけて莫大なお金が注ぎ込まれている。前世庶民の身からするとちょっと怖い。
「ふふっ、ありがとう。あら、お二人の番はそろそろではなくて?」
爵位の低い家の者から順に両陛下に謁見するのだけど、そろそろ子爵家が終わる。伯爵令嬢であるドロテアとエマはそろそろ出番だ。
「アルトマン伯爵令嬢、ドロテア・フォン・アルトマン様」
言うやいなや、ドロテアの名が呼ばれた。アルトマン家もシュタイナー家も似たり寄ったりな家格なのでエマも傍で待機することにしたようだ。
とはいっても、それまでの家に比べ伯爵家や侯爵家は少ない。公爵令嬢であるわたしの出番もすぐだと思うけどね。
案の定、出番はすぐに来た。余計な対立を避けるため、四大公爵家の者は同時に呼ばれるようになっている。今年成人する、四大公爵家の子女はわたしとゲレオン――そしてヴァイセンベルガー家のカールハインツ卿だ。世継ぎの王子――今代ではヴィルヘルム様――の学友や妃にするため、有力な家の子女は年齢がかぶりやすい。
「バルシュミーデ公爵令息ゲレオン・フォン・バルシュミーデ様、ヴァイセンベルガー公爵令息カールハインツ・フォン・ヴァイセンベルガー様、レルヒェンフェルト公爵令嬢シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト様」
侍従の男性がパーティー会場(今までいたのは違う会場だ)の扉を開くと、きらびやかなシャンデリアに色とりどりの花、壮麗な装飾が施されたテーブルに載せられた食事が目に入った。
赤いカーペットの上を、両陛下がいらっしゃる玉座まで歩くと二人で膝を折った。
「ゲレオン・フォン・バルシュミーデ、カールハインツ・フォン・ヴァイセンベルガー、シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト、成人おめでとう。それぞれの立場から国を支えてくれ」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」
「国家のため粉骨砕身する所存でございます」
「この身に代えても、王太子殿下をお支え致します」
今年成人の王族はいないので、わたしとゲレオン、カールハインツ卿で挨拶は最後だ。
デビュタントのファーストダンスは、殿下とわたしが受け持つことになっている。
「踊っていただけますか、可愛い人」
「よろこんで、殿下」
殿下の手を取ると、オーケストラが演奏を始めた。ゆったりとした音楽に合わせ、円舞曲を踊る。――公式の場で殿下と踊るのは、はじめて。
夢みたいに、幸せな時間だった。
◇
二日目からは外国からの賓客が大勢参加する。昨日無事に成人したわたしは、殿下から贈られた紺碧色のドレスを着て来賓を出迎えた。
「ごきげんよう、王太子殿下、シャルロッテ様」
「お久しぶりです、ヴィルヘルム殿下。シャルロッテ嬢、はじめまして」
艶やかな紅い髪をサファイアの髪飾りで結い上げた今日のスカーレット様はいつにも増して煽情的だ。
スカーレット様の隣で微笑むのは、金髪(スカーレット様いわく金糸雀色)の美丈夫。海を隔てた島国グランヴィルの王太子殿下だ。胸元にはルビーのブローチが煌いている。
「スカーレット様、そのイヤリングが『女神の涙』ですか? とっても素敵ですね」
「ふふっ、ありがとう。シャルロッテ様もそのドレス、すごくお似合いですわ」
スカーレット様が照れたように微笑む。黙っていると近づきがたさを感じるけれど(私も人のことは言えないが)、そうしていると本当にかわいらしい。傍らの王太子殿下も、アイスブルーの瞳を柔らかく細めていた。
「ところでアーサー殿下、グランヴィル王妃が最近占いに凝っているとか」
「ヴィルヘルム殿下のお耳にも入っていましたか。ひっきりなしにいろいろな占い師を招いていたのですが、今は一人に集中しているようです」
占いか~。わたしはいいことだけ信じるタイプだ。王妃様は「くだらない」って言ってたけどね。そのあと数分会話をすると、二人は別の人のところに行った。エスターライヒ公爵とエリーザベト様のところに行ったようだ。ここのところ閣下を避けていたエリーザベト様だけど、公式行事である建国祭を拒むことはさすがにできなかったらしい。閣下の、冬色の瞳の色によく似たドレスをまとっている。いくらかけたんだろう……。
「アル兄さんとエリーザベト嬢が気になる?」
「殿下」
気になるは気になる。というか、めちゃくちゃ気になる。エリーザベト様の婚約解消の云々、絶対に本心じゃないと思うんだよなあ。
「大丈夫だよ。アル兄さんは今日、決着をつけるつもりだ」
「……?」
殿下の言葉の意味を知ることになるのは、半刻も経たないうちのことだった。
◇
一通りあいさつし終えた後、「それじゃ行こうか」と言われバルコニーに連れ出された。
「あの、殿下。勝手にいなくなったら皆様が困ってしまうのでは……」
クリスティナ王女とも挨拶以外していない。シナリオが機能していないのでよくわからないが、二人は出会ってすぐに惹かれ合う運命だったはずだ。
「大丈夫だよ。父上の許可は取ってる。あ、もう役者は揃ってるみたいだね」
「あの方は……」
閣下にエリーザベト様。そして――閣下の母君、ルイーズ殿下。
「あら……アルベルト、王太子殿下までお呼びたてしてどういうつもりなのかしら」
「それはこちらのセリフです。リザに余計なことを吹き込んだのはあなたですね」
まさに一触即発の二人に挟まれおろおろしているエリーザベト様を見て、ルイーズ殿下は気に入らなさげにまなじりを上げた。
「エリーザベトさん、わたくしあなたのそのおどおどした態度が大っ嫌いよ。そんなことで王族の妃が務まるとでも思っていらっしゃるのかしら」
きつい物言いに、エリーザベト様の顔が青くなった。アルベルト様が声を荒げる。
「リザに謝ってください、母上。いたずらに不安にさせたことも、今の無遠慮な発言も。公爵夫人としての務めを果たす必要はないと言ったのは俺です。伯爵もそういう条件で俺とリザの婚姻を承諾してくださったのだから」
ふと、エリーザベト様の表情が翳る。なおも言い争いが過熱しそうな二人を見て、殿下が大きなため息をついた。
「アル兄さん。今すべきことは叔母上を責めることじゃない。アレを回収することだ。叔母上、前大公妃が亡くなられた折、我が国からの使者と名乗る者が鳩琴を渡したかと思いますが」
「え、ええ……」
「その鳩琴は回収させていただきます。今もお持ちになっているのでしょう」
「……王太子殿下、それは横暴というものではなくて? これはわたくしのものでしてよ」
「叔母上、いえファルネーゼ大公妃。これは要請ではなく、命令です。そもそも、あなたに鳩琴を渡した人物は我が国からの使者ではない。勝手に一国の使者を名乗ることは、国家に対する著しい反逆行為だ。鳩琴の引き渡しを拒めば、あなたもその片棒を継いでいるとみなされるのですよ」
冷ややかな視線に、ルイーズ殿下は少しひるんだように息をのんだ。それでもなお、「で、でも……」と躊躇うルイーズ殿下に、殿下はため息をついた。
「ルドルフ」
「お兄様!?」
騎士服姿のお兄様(今日は公爵家嫡男としてではなく騎士見習いとして参加しているらしい)が突如現れ、ルイーズ殿下のかばんを奪い取った。
お兄様がかばんから鳩琴をつまみとり、慇懃にかばんを返却するとルイーズ殿下は憤りに顔を赤くした。
「なんてことをなさるの!」
お兄様はそんなルイーズ殿下を無視していると(おいおい)、どこからか黒ローブの男性が現れた。お兄様といいこの男性といい、神出鬼没すぎないでしょうか。
「アヒム。これが『怠惰の悪魔』の器だ」
「は。それでは、魔術院で責任をもって封印いたします」
「頼むよ」
怠惰の悪魔。そうだったんだ。ルイーズ殿下は、怠惰の悪魔に取り憑かれていたから……。
「叔母上、シルフェリアの王女として育ったあなたです。『七つの大罪』のこともご存じでしょう」
「ええ、たしかに昔習ったわ。あの鳩琴が悪魔の器だというの?」
「そうです。ですが、悪魔というのは隙がないところには取り憑けません。叔母上、あなたがアル兄さんとエリーザベト嬢の婚姻に内心不満があったのは事実なのでしょう。一度、腹を割って話をされてはいかがですか」
「腹を割って……」
ルイーズ殿下はため息をつくと、何かが吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「エリーザベトさん、わたくし、やはりあなたは王族の妃としてふさわしくないと思います。それは最初から思ってたの」
「母上!」
顔色を変えた閣下を止めたのは、他ならぬエリーザベト様だった。
「アルベルト様。ルイーズ殿下のおっしゃることはもっともです。私には足りないところだらけですから」
「それでも構わないといったのは俺だ!」
「『ただ傍にいてくれるだけでいい』。そうおっしゃってくれた時、ほっとしたのは事実です。でも私は、どこかで落胆もしました」
エメラルドの瞳に強い意志を宿し、エリーザベト様はまっすぐに閣下を見上げた。
「婚約のお話をいただいた時、なんて不相応なんだろうと思いました。畏れ多いとも。でも、嬉しかった。アルベルト様のお嫁さんになれることが嬉しかったのです。今は足りないことだらけだけど、たくさん勉強して、なんとか体力もつけて、立派な淑女になって――あなたが私を幸せにしてくれたのと同じぐらい、私もあなたを幸せにしたいと思ったのです」
「リザ……」
「期待されていないということが、悲しくてたまらなかった。ごめんなさい、アルベルト様。あなたの厚意に甘えて何もしなかったのはわたしです。でも……悲しかったんです」
震える声に、閣下は沈痛な表情を浮かべた。端正な顔は、愛する人を苦しめた後悔に歪んでいる。
「ごめん、リザ……俺は……」
「アルベルト様が良かれと思ってなさったということはわかっています。でもわたし、このままでいたくありません。わたし、社交も、領地の仕事も頑張ります。たくさん勉強もします。ですから、わたしにあなたの妻としての役割を果たさせてはいただけませんか。あなたのお役に、立ちたいのです」
「もちろんだよ、リザ。ごめん、君の気持ちに気づかずに……」
殿下がフッと笑って「大団円みたいだね」とつぶやいた。……とりあえず一安心かな。
ルイーズ殿下は「あほらしい」と肩をすくめていた。
「ちょっと、エリーザベトさん。そんなにきちんと話せるなら、いつものおどおどした態度をどうにかして頂戴」
「は、はい!」
「『はい』は毅然に!」
◇
エリーザベト様に社交界での心得を叩き込み、ルイーズ殿下は帰国した。閣下は「やれやれ」と言っていたけど、どこか嬉しそうだった。
建国祭が終わった週明け、まだ熱気が迸る放課後。来月に迫る生徒会主催のお茶会の準備のため、わたしは生徒会室に向かっていた。
「あら、ベーレンドルフ卿。おひとりですか?」
「……レルヒェンフェルト嬢」
深い紺色の髪をなびかせ、ベーレンドルフ卿が書類を整理していた。数秒躊躇い、形の良い唇が開かれた。
「レルヒェンフェルト嬢――いや、シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト。君は『貧乏伯爵令嬢なのに、ヤンデレ公爵令息に捕まってしまいました!?』という少女漫画を知っているか?」
え!?




