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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
18/57

生徒会に入りました

「レルヒェンフェルト嬢。生徒会に入る気はないか」


 入学してから一週間ほど経った日の放課後のこと。ホームルーム(帰りの会)を終え帰ろうとしたわたしは、ヤンデレ鬼畜野郎もとい、ゲレオン・フォン・バルシュミーデに引き留められた。


「生徒会、ですか」


「ああ」


 ゲレオンは主席入学者なので、生徒会への所属が義務付けられている。そこで、適当に数名見繕って来いと言われたらしい。


「なぜわたしを?」


 周囲で目をギラギラさせてる連中を誘っていけば?


「面倒がないからだ」


「……」


「男子生徒だけだと華がないとルドルフに言われてな。でも下手な令嬢に声をかけると面倒なことになる」


「……」


「それに、君は次席だし」


 あんた、それ今考えたでしょう。


「まあっ、素敵!」


「お受けした方がいいですわよ、シャルロッテ様!」


 両隣でドロテアとエマがきゃあきゃあと声を上げる。きみたち、こいつの「面倒」って言葉聞いてた? 何とか断れないか周囲を見渡すと、周囲が歓声を上げているのが目に入った。


「王太子殿下よ!」


「レルヒェンフェルト卿もいらっしゃるわ!」


 教室の入り口付近で、殿下がにっこりと手を振っていた。


「シャル、ゲレオンに生徒会に誘われたんだって?」


「え、はい……」


「シャルさえ良ければ、入ってほしいな。一緒にいる時間も増えるしね」


 殿下にそこまで言われては、否と言うはずもない。


「わかりました。わたしでよろしければ」


 百八十度態度を転換させたわたしに、ゲレオンは鼻白んだ。ちなみに、まだ婚約者が決まっていないお兄様は入り口付近で女子生徒に囲まれていた。あれは戦士だ。お兄様、ご武運を。


「じゃあ、シャル、ゲレオン。生徒会室に行こうか」


 殿下に促され、途中でお兄様を回収し向かった生徒会室は、前世の生徒会室とは全く違った。革張りのソファーなんて、校長室ぐらいにしかなかったよ……?


「知っているかもしれないけど、一応紹介するね。生徒会長が僕で、副会長がルドルフ。会計のノーサンバランド嬢と、書記のファティマ王女だよ」


「初めまして、スカーレット・オブ・ノーサンバランドですわ。バルシュミーデ卿、レルヒェンフェルト嬢、これからよろしくお願いしますね」


 ノーサンバランド家は海を隔てた島国、グランヴィルの名家だ。たしか、そしてノーサンバランド家の令嬢は、たしか王太子殿下の婚約者だったはず……。


「ファティマ・ヴェン・バッシャール・カザンです。以後お見知りおきを」


 ファティマ王女は小麦色の肌に、民族衣装をまとった美少女だった。独特の色っぽさがあってなんだかドキドキしてきた。


「ゲレオン・フォン・バルシュミーデです」


「シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルトです。よろしくお願いします」


 一通り自己紹介を終えた後、ファティマ王女が不思議そうに尋ねた。


「ところで、一年生はあと二人いると聞いているが。彼らはどこに?」


「そろそろ来ると思うんですが」


 ゲレオンの言葉を待っていたかのように、生徒会室の扉が開いた。深い紺色の髪の少年の後ろから現れたのは、水色の髪の少女――。


 ああ。()()()()()()()()


「やっと来たか、クリストハルト」


「『やっと来たか』じゃないよ! ここはお前が案内してくれるところだろ!? 放置されるなんて思わなかったよ! ハッ、失礼しました。クリストハルト・フォン・ベーレンドルフです」


 背後の少女がおずおずと、遠慮がちに自己紹介した。


「はじめまして。クリスティナ・リィ・カシヤノフ・アヴェルチェヴァです」


 どうして、彼女がここに? 彼女と殿下が出会うのは半年も後のはずなのに。それも、殿下が隣国に行った時に……。


 動揺しているわたしに気づいたのか、殿下がそっと手を握ってくれた。


「心配しないで、シャル。何が起ころうと、僕が君を裏切ることはない」


 優しい声で囁かれ、思わず泣きたくなった。お兄様はわたしと殿下の雰囲気に首をかしげながらも、パンパン、と手を打った。


「これで全員揃いましたね。生徒会の仕事を説明しがてら、お茶としましょうか」


 ノーサンバランド嬢とファティマ王女がお茶の準備を始めた。わたしも手伝おうとすると、ノーサンバランド嬢が戸惑った顔をした。


「えっと、今日は歓迎会のようなものですよね……? レルヒェンフェルト嬢に手伝ってもらっても良いのかしら?」


「もちろんですよ、ノーサンバランド嬢。今日から妹は生徒会の一員となるのですから、ぜひこき使ってやってください」


 お兄様が笑顔でうなずくと、ノーサンバランド嬢は苦笑いしながら「じゃあ、手伝っていただける?」とカップを渡してきた。


「もちろんです」


 微笑みながらカップを受け取ると、背後で()()が遠慮がちに声を出した。


「あの、私もお手伝いします」


「クリスティナ王女、あなたはシルフェリアの作法について知っているか? ここに来た当初は私はわからなかったのだが」


 ファティマ王女の母国・カザン王国ではお茶の文化はなかったらしい。


「は、はい……。一通りは」


「そうか、よかった。では手伝ってもらおうか」


 四人で協力してお茶を準備して給仕すると、わたしたちも席に着いて話し合いが始まった。


 一通り生徒会の仕事についての説明が終わると、話はデビュタントのことになった。我が国の社交界の始まりを告げるのは―初夏に行われる、建国祭だ。その映えある一日目、貴族の子女は大人の仲間入りをする。二日目には外国からの賓客も来て、毎年華やかなものらしい。


「レルヒェンフェルト嬢は今年がデビュタントなのでしょう? 公爵もさぞかし張り切っておいででしょうね。デビュタントですから一日目は白でしょうけど、二日目以降は自由でしょう? ドレスはどんなものにしましたの?」


「紺碧のものにしました」


「まあっ、もしかしてそれって……」


 瞳をキラキラと輝かせて、ノーサンバランド嬢はわたしと殿下を交互に見やった。年上だけど、かわいらしい方だ。


「ご明察だよ、ノーサンバランド嬢。シャルに余計な虫がついてはいけないからね」


 優しく紺碧色の瞳を細め、見つめてくる殿下にわたしの心臓はバクバクいっている。……人間の一生の拍動数って決まってるんだよね? わたしの寿命、縮んじゃってるんじゃ……。


「まあっ、素敵ですわ。お二人は仲がよろしいのね」


「スカーレット、それはあなたもだろう。『女神の涙』を与えられたと聞いているぞ」


 『女神の涙』――。それは、グランヴィル王家に伝わる、淡い水色の美しいタンザナイトで作られたイヤリングだ。夜空をとじ込めたような青や紫、緑色の揺らぎが神秘的らしい。


「私の見立てでは、そろそろ金色のドレスが届くころだな」


「まあっ、ファティマ。アーサー様の御髪の色はただの金色ではなく、世界で一番綺麗な金糸雀(カナリア)色だと申し上げているでしょう?」


「はいはい、そうだったな。アーサー殿下は今年も建国祭にいらっしゃるのか?」


「ええ。お忙しいのに、申し訳ないことです」


 しゅん、とうなだれたノーサンバランド嬢にお兄様がくつくつと笑った。


「婚約者に群がる男を牽制できる貴重な機会だ。そんなお顔をしてはアーサー殿下もお悲しみになりますよ、レディ?」


「レルヒェンフェルト卿、今年はアーサー殿下を揶揄(からか)うのは()めてくれよ。大変なのはスカーレットなのだからな」


 ため息をつきながらも、ファティマ王女はどこか楽しげだ。


「ファティマ王女とノーサンバランド嬢は、お互いをお名前で呼ぶのですね」


 思わず出てしまった言葉に、ファティマ王女がこちらを向いた。


「レルヒェンフェルト嬢さえよろしければ、あなたのことも名前で呼んでいいだろうか? この国では、基本的には名字で呼ぶものと聞いていたため、初対面で名前を呼ぶのは馴れ馴れしいかとも思ったのだが」


「私も、シャルロッテ嬢とお呼びしてもよいですか?」


 美貌の二人に微笑まれ、なんだか少し気恥ずかしくなった。頬を染めると、殿下が少しすねたような顔をした。


「だめだよ、シャル。そんなに可愛い顔をしたら。特にファティマ王女は女性のファンも多いんだ。僕のシャルが誑かされないか心配だよ」


「ふっ、恋敵は殿下か。これは略奪に腕が鳴るな」


 冗談めかして笑うファティマ王女に苦笑したスカーレット様は、()()の方を向いた。


「ぜひ、クリスティナ王女も私のことはスカーレットと」


「は、はい。喜んで。……レルヒェンフェルト嬢のことも、お名前でお呼びしても?」


 ヒロインだからと言って苦手意識を持つのはよくない。


「はい、ぜひ。クリスティナ王女は、建国祭に参加されるのですか?」


「はい。母国から弟が来て、エスコートしてくれるのです」


「まあ、アヴェルチェヴァの王子殿下は成人前と聞いておりますが……」


「そうなのですが、アヴェルチェヴァでは近親婚も普通に行われているので、たとえ親戚でもエスコートすると婚約者だとみなされてしまうのです」


 一瞬、クリスティナ王女の顔が曇った。何か心配事でもあるのだろうか。


「そういえば、クリスティナ王女の従兄が二年生に編入したと聞いているが」


 それまで口を閉ざしていたゲレオンが、殿下とお兄様の方を見やった。


「ああ、レニングラード卿か。将軍家の跡取り息子だな。ところで、クリストハルト。君が生徒会に入ってくれて嬉しいよ。宮廷医(ファインハルス伯)から君のことは聞いている。それに、入学試験では三席だったそうだね」


「恐悦至極に存じます、王太子殿下」


 ベーレンドルフ卿が控えめな笑みを浮かべた。ゲレオンと同じく口を閉ざしていたベーレンドルフ卿だが――なぜか、彼から視線を感じていた。色っぽいものではなく、訝しげなものだ。


「伯爵はお元気でしょうか」


「ああ。会っていないのか?」


「はい。来年のマルティナのデビュタントについて話をしようかと思ったのですが」


「ファインハルス伯の娘か。たしか君の一つ下だったね」


 そのあとも適当な話をした後、各自解散となった。わたしはお兄様と殿下に伴われ、生徒会室を後にした。







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