亡国の王子アルベルト 3
事の次第を問い詰めようとすると、王妃様の侍女がやってきた。
「王妃陛下。ラーヴェンスベルク公爵夫妻がおいでです」
「通してちょうだい」
王妃様の顔を見るに、突然の訪問というわけでもなさそうだ。
「公爵夫妻もお呼びしていたのですか?」
「そうよ。公爵夫人をエリーザベトの後ろ盾につけたいなら好きになさいな。今回あなたに会わせたいのは、別の人間だから」
戸惑っていると、公爵夫妻が従者と侍女を一人ずつ伴って姿を現した。
「久しぶりだな、アルベルト。息災だったか」
「は、兄上。ベアトリクスもお元気そうで。結婚式以来ですか」
厳密にいえば公爵は兄ではなく叔父だ。いくつも年が変わらない俺に「叔父上」呼ばわりされると年寄りになった気分になるからやめろと言われたのだ。
「御無沙汰してごめんなさいね。実は例の流行り病にかかっていたの。回復したのはだいぶ前なのだけど、もし陛下におうつしでもすればとんでもないことになるから慎重になったのよ」
「ああ、王都でもちょっと流行ったあれですか。病の被害が比較的少なかったのは、兄上の進言によるものと聞いていますが」
数十年前シルフェリアを襲った『灰色の悪夢』。感染者は灰色の斑点が体に出て、高熱に苦しむ。治療をしなければ九割が死に至る恐ろしい病だ。しかし、唯一の特効薬・バル草は大量生産が難しく、いつしか「灰色の悪夢」は収束したことから忘れ去られていた。
しかし、今年の春再び『灰色の悪夢』の感染者が出た。かつて国民の実に四割の命を奪った死の病は再びシルフェリアを食い荒らすかに思われたが――。
かつてシルフェリアを恐怖のどん底に叩き落した『灰色の悪夢』は、生食を避け、手をこまめに洗うことで回避できるものだった。国王陛下の厳命のもと、王都民はこれを遵守し、死亡者は一割に満たなかった。おかげで王都民からの陛下の人気はうなぎ上がりだ。王立研究所が発明したバル草の大量生産方法も病の抑止に一役買った。
「ええ、そうね。『灰色の悪夢』を防ぐ方法も、バル草の大量生産方法も、すべてあなたから聞いたことらしいわ。ねえ、オスカー? 医療方面にとんと疎いあなたが、どうしてそんなことがわかったのかしら」
王妃様の探るようなまなざしに、兄上は苦笑を漏らした。
「義姉上にはかないませんね。これはビアーテの侍女――ハンナの考えです。どうせバレてるだろうと思って、連れてきたんですよ」
ベアトリクス(ビアーテというのはベアトリクスの愛称だ)の後ろに控えていた、亜麻色の髪の侍女が腰を折った。
「……お久しぶりです、王妃陛下。お目にかかれて光栄です、公爵閣下。ベアトリクス様の侍女、ハンナと申します」
「久しぶり、ハンナ。いきなりだけど、ここにいるアルベルトの婚約者になる予定のエリーザベトは体が弱いの。どうにかできないのかしら」
なるほど、王妃様が俺に会わせたがっていたのは彼女だったのか。
「……失礼ながら、医学は万能ではございません。ご令嬢を直に診ないことにはなんともいえませんが、生来病弱なら静養しか方法はございません」
後日、改めて診てもらったが答えは一緒だった。
公爵夫人の侍女だというハンナに、リザはひたすら恐縮していた。「私はただの平民ですから気づかいは不要です」といわれていたが。
「しかし、侍女になるのは貴族の子女ばかりだと思っていたが」
「普通はそうです」
聞けば、彼女は退役軍人の養女になったらしい。軍人や富裕商人のような中流階級の娘が侍女になる例がないわけではないが、王弟妃専属の侍女になっているのは完全にベアトリクスの意向だろう。ベアトリクスの気に入りっぷりは、オスカーの嫉妬を受けるほどだとか。
「アルベルト様、求婚はとても嬉しかったのですが……、王家の方々の心証はどうなのでしょう。私では分不相応だと思われておいでなのでは」
「心配することはない。両陛下はこの縁談を後押ししてくださっている」
「……でも」
言葉を詰まらせたリザを、もっと強く追及しておくべきだったのかもしれない。そうしておけば、あんなことにはならなかった。「婚約解消」だなんて、残酷な言葉を。俺を一手で絶望の淵に叩き落す言葉を、リザの口から聞かずに済んだのだ。
◇
「アル兄さん、エリーザベト嬢と喧嘩でもしたのか?」
公務のため、ヴィルヘルムの執務室に向かい、用が済んだので退室しようとするとそんな言葉をかけられた。同室していたルドルフは心配げな顔をして、ゲレオンは興味なさげに書類をめくった。
「別に喧嘩はしていない」
喧嘩ならまだいい。仲直りという余地があるのだから。
「じゃあやっぱり閣下が何かしたのでは……。あのエリーザベト嬢があそこまで頑なだなんて余程ですよ」
リザを迎えに行かせた近衛兵がヴィルヘルムに追い返されてすごすご戻ってきたが、ルドルフもいたのか。……俺がいないところでリザのそばに男が二人もいたという事実に、心が真っ黒になる。リザに会いさえすれば、こんな闇、すぐに晴れるのに。
「あっ、同乗はしてませんからね! 俺は殿下の馬車に乗って帰りましたから」
「……ああ、そう聞いている」
途端、ゲレオンが胡乱げな顔をした。
「まだエリーザベト嬢のストーカーをしているのか。そんなことをしているから避けられたんじゃないのか」
「ゲレオンの言うことにも一理あるな」
「過度な束縛は嫌われるぞ。現に母上は徹底抗戦している」
「経験者の言葉は重いな」
ヴィルヘルムだって、人のことを言えないくせによく言う。自分だって、シャルロッテ嬢に見惚れた男に睨みを利かせているだろう。
「ゲレオン、お前だって素質はあるはずだ」
「失礼なことを言うな。父上のああいうところだけは賛同できない。俺はああはならん。……なんだヴィルヘルム、お前もアルベルトの味方をする気か」
「いいや、世界は可能性に満ち溢れているって話だ」
フン、と鼻を鳴らしたゲレオンにヴィルヘルムは苦笑しながら尋ねた。
「ところで、公爵夫人はお元気か? 滅多にお会いできないからな」
「父上のせいでな」
いったん茶化してきたが、割と素直に答えてくれた。
「元気だよ。そのうち父上の包囲網を突破して王宮に来たいらしい。……それと陛下に伝言だ。『わたくしだって納得ずくのことなのですから、気になさることはありません。わたくしに罪悪感を持つ必要などないのですよ。わたくしへの罪滅ぼしの代わりに、ルイーズの願いをかなえる必要もありません』だと」
「……ゲレオン、今女声出さなかったか?」
「茶化すな、ルドルフ」
バルシュミーデ公爵と王女アーデルハイトの結婚は、バルシュミーデ家を国王派に引き入れるためのものだった。陛下はそれで公爵夫人に負い目があり――せめてもう一人の妹は幸せな結婚をと思っていたところを、宰相に横やりを入れられた。二度目の結婚も然りだ。
「なぜルイーズ殿下のことをおっしゃったんだろうな」
「……」
「アル兄さん?」
リザの周囲には気を配っていた。それなのに、リザはいきなりあんなことを言い出した。まさか、まさか……。




