ついに王立学園に入学しました 1
とうとう、この日がやって来てしまった。
「シャル、入学おめでとう」
「殿下」
一年前に入学した殿下のエスコートで学園に来たが、殿下は在校生代表挨拶があるとかで先に講堂に行ってしまった。仕方ないけど、少し寂しい。
「お手をどうぞ、お姫様」
「お兄様ったら。お兄様は殿下と一緒に行かなくても良いのですか?」
わたしの寂しい気持ちに気づいたのか、お兄様はおどけたように笑った。
「いいんだよ。開場までにはまだ時間があるしね。それまでは我が家のお姫様のお相手を仕ろう」
お兄様の笑顔に、寂しい気持ちはなくなっていた。しばらくの間お兄様と談笑していると、二台の馬車が到着した。あの紋章は……。
「シャルロッテさま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ドロテアさん、エマさん」
ドロテアもエマも、伯爵令嬢である。当然、貴族の子女は進学が義務付けられるこの王立学園に入学するのだ。
「お友達が来たようだし、私はこれで。シャル、またあとでね」
「はい、お兄様」
お兄様はドロテアとエマに軽く挨拶した後、わたしたちのそばを離れた。……その途端、付近にいた令嬢たちに囲まれていた。あれは狩人だ。お兄様、ご武運を。
「シャルロッテさまのお兄様、素敵ですわよね」
「恋人はいらっしゃるのですか?」
「わたしが知っている限りでは、いないと思いますが」
縁談は山のようになだれ込んでくるが、今のところはすべて保留にしてあるらしい。
「憧れてしまいますわぁ」
「そうねぇ」
うっとりするドロテアたちに、苦笑が漏れた。彼女たちには婚約者がいるが、それとこれとは別らしい。
「ところで、シャルロッテさまはご存じでした? 留学生として、隣国の王女殿下がわたくしたちの同級生になるらしいですわ」
「ええ。兄から聞きました」
隣国の王女。水色の髪の、美しく清廉な少女。
「エマさんは、どなたからお聞きになったの?」
「父からですわ」
「エマさんのお父様は、外務大臣でいらっしゃいますものね」
ドロテアたちの会話が、遠くに聞こえる。
彼女が現れるのは、本編が終わった後のはずだった。だけど、彼女はもう現れている。これがシナリオの強制力というものなのだろうか。殿下は「彼女に関わらなければいい」と言ったけど、同じ学園に通う王族同士として、関わらないわけにはいかないだろう。-関わり合いを持てば、きっと殿下は、彼女に惹かれてしまう。先に出会ったという幼馴染のアドバンテージは、何の役にも立たない。
「……さま! シャルロッテさま!」
「どうされたのですか?」
目を丸くした二人に、自分が物思いにふけっていたことを悟った。
「……ごめんなさい。少しぼうっとしてしまって。緊張してるのかしら」
「そうなのですか? お加減が悪いなら……」
「大丈夫よ。心配をかけてごめんなさいね」
にっこり微笑むと、二人は安心したように笑ってくれた。
「それならよかったです。シャルロッテさま、そろそろ講堂に参りましょう」
「そうね。もう時間だもの」
講堂に三人で向かうと、すでにかなりの生徒が着席していた。とはいえ、着席する席はあらかじめ決められている。家格が高い人間は前に、低い人間は後ろに、という具合だ。貴族社会恐るべし。アデリナは、講堂の中ほどの席に座っていた。頬を赤く染めて、ある一点を見つめている。……嫌な予感がする。案の定、視線の先にはヤツがいた。もう何も言うまい。アデリナがヤツのことを好きなら、友人として応援する所存である。ドロテアとエマは、三列目らしい。わたしは最前列である。
「それでは、ごきげんよう。またあとで会いましょう」
「ごきげんよう、シャルロッテさま」
わたしもヤツも公爵家の人間、覚悟はしていたが席は隣だった。……憂鬱だ。
「ごきげんよう、バルシュミーデ卿」
「レルヒェンフェルト嬢。ああ、おはよう」
今日も今日とて腹が立つほど美形だ。中身は真っ黒のくせに。もう一人の隣の人は、穏やかな笑みを浮かべる侯爵令嬢だった。癒される。
式の中盤、在校生代表による挨拶がおこなわれた。――殿下だ。朗々と響く声。生徒ばかりか来賓さえも、うっとりと聞きほれている。もちろんわたしもその一人だ。
挨拶を終えた後、殿下は一礼して壇上を去ろうとした。気のせいだろうか、その時に目が合った気がした。公務用の王子様スマイルが一瞬剥がれ、優しい笑みが浮かぶ。……どこかから黄色い声が上がった。




