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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
1/57

前世の記憶を思い出しました


物心ついた時からずっと、既視感があった。


たとえば、自分の名前。シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト。これ、どこかで聞いたことがあるような……。


わたしを産んですぐに亡くなったという、母の肖像画。絵の中の母は金髪碧眼の妖艶な美女だった。生前は公爵夫人として社交界に君臨していたらしい。……わたしはお母様の幼い時にそっくりだとか。わたしも将来、妖艶美女?


全てを思い出したのは、婚約者となったヴィルヘルム殿下との顔合わせの席だった。


黒髪に紺碧色の瞳と、麗しい容姿を持つ、叡明な王太子ヴィルヘルム殿下。幼馴染みとして慈しんでくれた彼の見慣れた微笑みをトリガーに、記憶が洪水のように流れ込んできた。


日本人女性・はるかとして生きた記憶が、シャルロッテとしての記憶に侵入して、自分が自分でないような錯覚に陥った。


「シャル!?」


慌てたようなヴィルヘルム殿下やお父様、お兄様の声が遠くで聞こえた。


結論から言って、はるかとシャルロッテの人格の統合には、三日間を要した。


はるかはどこにでもいる普通の女子高生だった。会社員の父と専業主婦の母の間に、一人っ子として生まれた。人より勉強ができたので、地元では一番の進学校に入学したものの、そこで限界を感じて挫折した。まあよくある話である。


はるかは軽度なオタクで、毎日のようにネット漫画を読み漁っていた。

よく覚えていないが、はるかが死んだのも、夜遅くまで漫画を読んでぼーっとした頭でぼーっと横断歩道を渡ったからだった気がする。

バカな娘でごめんなさい、お父さん、お母さん。一人娘だったし、十数年に及ぶ不妊治療の末にやっと授かった子どもだったらしく、結構可愛がってもらっていた気がする。両親に謝れないことが唯一の心残りだ。


『貧乏伯爵令嬢なのに、いつの間にかヤンデレ公爵令息に溺愛されていました!?』は、はるかが好きだった漫画のひとつ。漫画の内容はまさにタイトルの通りで、父親が悪どい商人に騙され借金を背負ったため、伯爵令嬢でありながら極貧生活を送るヒロインが、ヤンデレ属性の公爵令息に溺愛される話である。


物語は、ヒロインが偶然ヒーローとその友人の話を(盗み)聞いたことから始まる。ヒーローは密かに、王太子の婚約者の公爵令嬢と付き合っていた。しかしそのことが王太子にバレそうになる。まずいと思ったヒーローは公爵令嬢と駆け落ちの計画を立てるが、王太子に警戒されている現状ではそれも上手くいきそうにない。代わりの恋人役を探してはと友人に提案されるが、そう都合よい令嬢がいるものか……。そこに立候補したのがヒロイン。


実は、ヒロインは昔からヒーローのことが好きだった。しかし、ヒロインは王立学園を卒業したら借金のカタに金持ちの後妻に入ることが決まっていた。せめてもの思い出作りにと、ヒーローの恋人役になったのだ。なんて一途で可愛いんでしょう。実際、ヒロインはピンク色の髪に孔雀緑の瞳の美少女ですし。


ヒロインの健気さに心打たれたヒーローは、次第にヒロインに惹かれ、ヤンデレ属性を開花させてゆき、同時に公爵令嬢から心離れていく。というかそもそも、この二人、別に相手のことは大して好きじゃなかったんだと思う。


ヒーローは名門公爵家の跡取り息子で、昔から周囲にチヤホヤされてきた。そんな中で一切自分に媚びなかった公爵令嬢が新鮮だっただけ。公爵令嬢は彼女自身も名門公爵家の娘である上に、王太子殿下の婚約者なのだから、媚びを売る必要性を感じてなかっただけだと思うけどね。


一方の公爵令嬢も、ヒーローのことを見目麗しく、自分に色々買ってくれるオモチャとしか見ていなかった。もちろん公爵令嬢は父親に何でも買ってもらえる立場にいるけど、公爵令嬢は男に貢がせてこそ良い女という価値観を持っていた。改めて考えてみると、とんでもない女だな。


ヒーローの心が完全にヒロインに移ったことを悟った公爵令嬢は、(金ヅルを失った怒りで)ヒロインに犯罪スレスレの嫌がらせを繰り返し、遂には犯罪組織と通じてヒロインを『商品』にして隣国に売り飛ばそうとする。怒れるヒーローや公爵令嬢を蛇蝎の如く嫌っていた王太子によって断罪された公爵令嬢は、地下牢に閉じ込められた後獄中死。ヒーローとヒロインは結ばれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……。


って、ちょっと待て! ヒロインたちはそれでいいかもしれないけど、わたしはそんなの絶対嫌ですから!! そう、何を隠そうこの悪辣な公爵令嬢こそわたし、シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルトなんだから!!


「お嬢様! お目覚めになられたのですね!」


「ニーナ」


ニーナは幼い時からわたしに仕えてくれている、大変有能なメイドである。


……ちょっと待て、あれだけシャルロッテを嫌っていた王太子とヒーローのことだ、公爵家をそのままにしておくはずがない。シャルロッテの犯罪行為をネタに、お取り潰しの憂き目に遭っちゃってるかも? いや、そうに違いない! 昔からわたしを猫可愛がりしてくれたお父様とお兄様のことだ、きっとシャルロッテを何とか解放してやろうと奔走してくれたはず。


ああ、思い出した! シャルロッテの解放を嘆願したお父様とお兄様だったが、願い叶わず獄中死したことに悲しみ、王家に対し反逆を目論む。計画はあえなく潰れ、公爵家は没落、お父様とお兄様は処刑。埋葬すらしてもらえず、遺体は三日三晩川に野ざらしにされカラスの餌となった。あのヤンデレ鬼畜ヒーローの仕業に違いない。悪役への報復が苛烈すぎる。性格の悪さではシャルロッテとどっこいどっこいのくせに!


まずい! 自分だけならまだしも、ただただ親バカ&超絶シスコンなだけのお父様とお兄様を死に追いやり、罪なき大勢の使用人をも路頭に迷わせるわけにはいかない。


「シャル! 具合はどうだい?」


「痛いところはないか?」


「お父様、お兄様」


そっくりの美貌を痛ましげに歪め、抱きついてきた二人を「ますますお嬢様の具合が悪くなるでしょうが」と執事のラチェットがつまみ上げた。


「もうすっかり元気ですの。ご心配かけて申し訳ございません」


「そうなのか? でも、無理は禁物だよ」


なおも心配そうな顔をする二人の手を握って笑っていると、やっと安心してくれたのか、「あと三日はちゃんと寝るように」「少しずつでいいからごはんはちゃんと食べるように」などと言い残したあと、「いつまでもそこにいたらお嬢様がお疲れになります」とラチェットに引きずられるように部屋を出ていった。


「いつも不思議なんだけど、あの細身のラチェットのどこにお兄様はともかく、お父様を引きずる力があるのかしら」


「世の中には触れない方がいい事もあるのですよ、お嬢様」


触れぬが花というやつか。そういえば、花瓶に飾ってあるピンクのチューリップは誰が贈ってくれたものなんだろう?


「ああ、あれは朝になると窓際に毎日三輪ずつ置かれているものですよ。坊っちゃまが花瓶に挿してやるようお言いつけになったのです」


「ふぅん」


夕飯はマッシュドポテトとスープ、ヨーグルトのみだった。なぜなら病人だから。もうすっかり元気なので、正直全く物足りない。パンを食べたい。肉も食べたい。


ニーナによると、わたしは三日も寝込んでいたらしい。そのせいで全く眠くない。ぼーっと窓際を眺めていると、ピンクのチューリップが三輪、ひょっこり現れた。


「殿下? どうしてここに……」


「シャル! 知らせがきてたけど、本当に元気になったんだね」


ニッコリ笑うヴィルヘルム殿下。ああ、あなたは天使ですか? 漫画ではシャルロッテを排除するためヒロインがシャルロッテの配下に攫われるのを部下に見過ごさせたゲスいところもあったけど、今はそんな片鱗もないね。この天使さまにあんだけ嫌われるシャルロッテ、一体何をしたんだよ。


「このお花、殿下が贈ってくださったのですか?」


「うん。感染性のものだといけないから、シャルに会ってはいけないって言われちゃって。でも、どうしても心配で、こうやって夜抜け出してきてるんだ」


「まあ! 怒られるのでは?」


「ふふっ、大丈夫だよ、シャル」


絶対大丈夫じゃないでしょ。


しっかし、漫画での王太子とシャルロッテの関係性とは全く違うな。漫画でのヤツなら周囲に止められなくとも、「悪化させたら悪いからね」とか言って見舞いにも来なさそうだ。


はるかとしての人格が(無意識にも)混じっているせいか、このシャルロッテはそこまで我儘ではない。これぐらいの年齢のこどもとしては、むしろおとなしいぐらい? 漫画ではシャルロッテを嫌っていた王太子も、わたしのことは妹のように可愛がってくれていると思う。妹のように、と考えると胸が痛むけれど。


「あんまり遅くなるとまずいから、僕はもう帰るね」


「お気をつけて、殿下」


前世では女子高生だったが、今は七つのこども。どうしても、精神年齢が肉体に引っ張られる。


漫画のシャルロッテは、王太子を愛してはいなかった。次期王妃の座がほしかっただけ。だけど記憶を取り戻す前の『わたし』はたしかにヴィルヘルム殿下に恋していたらしい。胸の鼓動が、それを教えてくれる。


周囲に禁じられているのに、怒られるのを覚悟でわざわざ花を差し入れてくれた優しい殿下。『わたし』だけじゃない――わたし自身が殿下に惹かれてゆくのを感じながら、闇に黒髪をとかして去っていく小さな王子さまの後ろ姿を、高鳴る胸を押さえながら見送った。

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