特命!卒業パーティーでの婚約破棄を阻止せよ!
ブーイッ! ブーイッ! ブーイッ!
『緊急事態! 緊急事態!』
パーティーらしき場所を映した画面が幾つも並ぶ薄暗い部屋に響き渡ったのは不安を煽り心臓がキュッとなる警告音。
警告音の「ブ」の時点で全身を覆う黒いマントを被っていた彼らは一斉に立ち上がると部屋を飛び出した。
彼らが目指すのは画面に映っていた卒業パーティーが行われているホール。
「チームハヤテ! 陛下に報告だ! チームライデン! 敵の取り巻きを封じろ! チームゲッコウ! 令嬢の保護だ! チームカミカゼ! 本丸の拘束だ!」
先頭を走りながら部下へと指示を出すのはおんとし70歳になる学園長。気力、体力はまだまだ健在だ。
普段は好々爺とした穏やかな彼は「やはり起きた」と顔を引き締める。
もしかしたら「今回」は何事もなく終わってくれるかもしれない。そう期待しつつも警戒はしていたのだ。
何故、警戒していたのかその理由は学園の恥ずかしい歴史に因する。
ジャンパニア王国は王政でありながら「全ての王族、貴族、国民は法を守る義務」が定められており、その中の「教育は身分に関わらず受ける権利がある」との法に則り王立ジャンパニア学園は王族、貴族だけでなく一般人も受け入れている。
受け入れている。と言っても誰彼構わずではない。ジャンパニア学園は初等教育で基礎を履修し、修得した後さらに高みを目指す者が進む高等教育機関なのだ。
その為、貴族であっても一般人でも入学試験で一定以上の点数を取らなければならない。その試験内容がとても難しいのだ。だからこそ「おかしな者」が入学するはずはないのだが何故か王族が入学した年代には決まってとんでもない奴が現れる。そして奴らは揃って何かしらの問題を起こすのだ。しかも卒業パーティーで。
最近の例を挙げてみよう。
二十年前。王女ソフィアが婚約者だった侯爵嫡子に卒業パーティーで一方的に婚約破棄を叫んだ。
理由は結婚したら王族ではなくなる事が不満だったのだと言う。彼女は更に隣国の王子こそ自分には相応しいのだと留学で来ていた隣国王子に縋った。
しかし、彼は「既婚者」だったのだ。
王女は「自分が振られるなんて有り得ない!」と離婚を強請りそこに居ない隣国王子妃を罵倒した。妻を侮辱された隣国王子は激怒し留学を取り止め帰国してしまった上、隣国から分厚い苦情書が届き戦争になりかねない事態を引き起こした。
彼女は今でも離宮で暮らしている。幽閉とも言うが。
婚約破棄された侯爵嫡子は新しく婚約を結んだ子爵令嬢と穏やかな愛を育て三人の子に恵まれた。一番上と二番目が学園に通い、今年、末の令嬢の入学がめでたく決まった。
十年前に卒業した王太子ハイン。彼は在学中とある一般女子生徒に付き纏い卒業パーティーでお祝いに来国していた婚約者の友好国王女に婚約破棄を叫んだ。
彼は一般女子生徒に求婚したが付き纏いにうんざりしていた彼女に「嫌な事をされた人をどうしたら好きになるのか!」と平手打ちを喰らい振られた。
彼は再教育を受け、五年前冷戦が続いていた国の王女と王太子として国の為に結婚し、四歳の王子と二歳の王女をもうけている。
ちなみに元婚約者の友好国王女は違う国の王子と。一般女子生徒は王女に付いて行った国で縁があり、二人とも幸せに暮らしている。
とんでもない奴⋯⋯いや、王族がとんでもない奴らなのだ。
走りながら学園長は苦々しく思う。
王女は現国王の妹。王太子は現国王の息子だ。
そして、今宵問題を起こそうとしているのは現国王の末の息子、第三王子。彼らのその行動と思慮は王族だからと裏口の手段を取って入ったとしか思えないのに試験の成績は常に上位だった。
全員さすが王族と言うか頭だけは良いのだ。
ちなみに第二王子は学園に入らなかった。入れなかったのではなく彼は窮屈な身分を捨て音楽で愛と平和を伝えるのだと六本の弦が張られた楽器一本で世界に出て行った。
彼はつい先日、世界ライブツアーでジャンパニア王国へ凱旋し、そのライブは最高の盛り上がりを見せた。
いろいろと突っ込みたい王家ではある。この国は大丈夫なのだろうかと不安がある。しかし、奴らはお勉強の頭だけは良いのだ。他がアレなのだ。
「学園長! 取り巻きの確保完了しました!」
「よしっ! 縛り上げて陛下の元へ放り込め! 奴らと陛下が逃げないように見張りはチームライデンが継続しろ!」
「御意!」
この日の為、学園長と教師陣は万全の準備を整えてきた。
まず、それぞれをチームに分け役割を振り当てた。
チームハヤテは緊急を国王へと知らせる。
以前、学園長は王族のやらかしをネチネチと愚痴り、国王から「次に王族がやらかしたら窘める許可を出す」と言質を取った。勿論記録も取ってある。
チームライデン、ゲッコウ、カミカゼは実行部隊。
現場にて実力行使で取り巻きを確保し、被害者を保護し、王子を拘束する。
そして、パーティー会場の使用人に扮したチームヒビキ。彼らはパーティーに潜入して異常を察したら速やかに緊急事態を知らせ、学園長達が到着するまで時間稼ぎを行う。
そう、今回の卒業パーティーで第三王子は先の二人のように婚約破棄しようとしているのだ。
先人と同じ過ちを行おうとする。なんと愚かな事か。王族の血はここまでアホかと思うと現国王に対しても殺意が湧く。
「学園長、冷静に」
「ああ、いかんな。しかし、こんな王族ばかりなのに何故この国は無事なのだろうな」
「はははっ学園長、それは我が国は国民が支えているからですよ。国のリーダーがアレだからこそ国民が優秀なのです」
学園長が思わず漏らした本音に眼鏡の教師がサムズアップする。
学園の教師陣は皆、一癖二癖ありそうな連中だが、一人として教育に反する者はいない。むしろ優秀過ぎる。彼らは魔法科学研究に情熱を燃やし後続育成に力を注ぐ者達。
あの薄暗い部屋、学園総合管理室にあった外の世界を映す画面を始め、離れた所に音を鳴らす装置。映像音声を記録する機械。
ボタン一つで熱風や冷風が発生する装置に、自動で洗濯する機械。つまみを回すだけで火が出るかまど。
魔法を生活で使えるよう彼らが発明した魔道具は市井の生活を豊かにしている。
この国が平和なのは彼らのおかげなのだ。
彼らの聖域であるこの学園。
守りたいその笑顔。
ホールの扉の前に並ぶ学園長と教師陣。
絶対に「婚約破棄宣言を阻止する」その決意を持って扉を開いた。
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卒業生達が各々楽しんでいるホールを見渡し第三王子は「アイツらはどこに行ったのだ」と爪を噛んだ。
宰相の次男、騎士団長の三男、婚約者の弟。彼らは第三王子の側近。彼らの姿が少し前から見えなくなっているのだ。
「みんなどこ行っちゃったんだろ」
「これから大切な発表⋯⋯ティーナと俺の婚約発表なんだから、すぐに帰ってくるだろう」
「ラウル様嬉しい! いよいよ私、ラウル様の婚約者になれるんですね!」
花が咲くように笑うティーナに第三王子ラウルは微笑み返しその腕を絡ませてダンスを踊りながらホールの真ん中に移動する。
ティーナとの婚約を発表する前にする事がある。
ラウルは現婚約者との婚約破棄を宣言しなくてはならない。
その為に周りに婚約者とは政略、親が決めた不本意な婚約だと説いた。しかし、蔑ろにしては印象が悪いと我慢して出来る限りの誠意は見せてきた。が⋯⋯。ラウルは現婚約者が苦手だった。
苦手と言うより「怖い」のだ。
彼女の趣味、常に半歩下がって歩く所作。溢れ出るそのオーラ。とにかく何故か全てが怖い。
そんな怯える暮らしの中で出会ったティーナ。彼女は優しく、柔らかく、頼ってくれた。厳しくされるより褒めてくれ、素直に好意を見せてくれる彼女に惹かれないはずがないのだと、自分の気持ちを正当化する。
そして学園を卒業する本日、ラウルは恐怖から解放される為、この曲が終わった時。婚約者に婚約破棄を宣言するのだ。
──なんだ? 妙に曲が長くないか?
踊りながらラウルは違和感を感じ始めた。何度も同じフレーズが繰り返され途切れない曲。ラウルに苛立ちが募る。
クルリと回るティーナの背後に腕を組んで自分を凝視する婚約者が見えてラウルはその殺気に背筋を凍らせながらも勝負だと顔を上げた。
「諸君!」
曲が終わらずとも無理矢理終わらせてやるとラウルが右手を掲げながら声を張り上げたのと同時にバーンっと扉が開かれ、そこに現れた人物達に歓声と拍手が湧き上がったのだった。
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大歓声の中、驚きに目を見開いた第三王子ラウルの表情と立ち位置に学園長は「危なかった」と心の中で胸を撫で下ろした。
「諸君! 卒業おめでとう! 私から諸君にサプライズを用意した」
わぁっ! と再び湧き上がる歓声に紛れて教師達は其々ターゲットのそばへと散開する。
「諸君の卒業を祝う特別ライブだ!」
学園長の声を合図にホールの明かりが落ちた。
「えー、皆さんご卒業おめでとうございます。これから皆さんはクソみたいな世界に出て行くのですが⋯⋯本当にクソなのは自分自身です。ヘイヘイヘイ⋯⋯曝しちゃおうか? 乱れちゃおうか? ──暴れちまおうぜぇ! 行くぞぉぉ!」
「きゃああああ! キリク様!」
「うををぉ! キリク!」
ババっと壇上に光が当てられ、現れた六本弦の楽器を持った人物が叫ぶとホールから叫び声と歓声と雄叫びが上がった。
それはこの国の元第二王子。今では世界的音楽家キリクの登場。
先日の凱旋ライブで学園長はあらゆるコネを使ってキリクに会いに行き、学園の卒業パーティーで演奏して欲しいと願った。
王籍を抜けたとはいえキリクはジャンパニア王国の王族の生まれ。卒業生に楽しんでもらえるのならと快諾してくれたのだ。
出るタイミングは事前打ち合わせの通り、学園長の合図で。
キリクは学園長の願いと声に応え、最高のライブを魅せるのだとシャウトする。
「頭振れぇぇぇ!!」
キリクの六本弦から奏でられる音と低音から高音を自在に操る歌声、重低音を奏でる四本弦の楽器と打楽器の音が合わさるその衝撃たるや凄まじく、背徳的な歌詞と激しいリズムに品良く紳士的に淑女らしく貴族然とした姿勢を教え込まれた卒業生達がセットされた髪が乱れようとも化粧が落ちようとも構わず一斉に頭を振り熱狂する。
会場中が揺れるほどの大音量で響くステージに皆は釘付けになった。
「あ、兄上が何故──っ! な、何をする!」
「きゃあっ!」
光景をポカンとした表情で見ていたラウルとティーナは突然羽交締めにされ、ホールの外へ連れ出される。
行き先は⋯⋯国王の元だ。
「ライザ嬢、こちらへ」
「あら、先生。⋯⋯ええ、キリク様のライブが観られないのは残念ですが」
ラウルの婚約者ライザ・フィットネスは全てを察したと頷き、名残惜しげにステージを振り返りホールを後にする。
「学園長! ターゲット確保完了です!」
盛り上がりを見せる卒業パーティー。学園長は見渡して大きく頷いた。
卒業パーティーでの「婚約破棄宣言」。そんなものが無関係な彼らの思い出になって欲しくはない。なんとしても阻止する。それが達成されたのだ。
教師達の清々しい笑顔と卒業生達のキラキラとした笑顔。彼らの卒業パーティーを守れたのだ。
「卒業おめでとう」
学園長はもう一度彼らを祝い、ホールを後にした。
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「皆、ご苦労だった。大変だっただろう。感謝する」
「何をおっしゃいますか。私達も学園長と同じ気持ちでしたよ」
「学園長も皆もお疲れ様でした。何度見ても卒業生達の笑顔は良いものですね」
「学園を守る為、生徒を守る為なら我々はこの身を惜しみません」
熱狂に包まれ皆の良い笑顔で終了した卒業パーティーから一週間。
学園長と教師陣は新しい年度が始まる前の僅かな休日を学園の中庭で穏やかに過ごしていた。
持ち込んだ画面には卒業パーティーでのキリクのライブ。
キリクはあの後すぐに次の公演先へと出立してしまった。
「学園? 今さらだね。学園で学べる事は多いだろうけど、僕が見たいもの学びたいものは学園にはないのさ」
別れ際今からでも学園に通う気はないかと問われたキリクはそう言って笑った。
前衛的な音楽を作り出しながらどこか品のある彼はもしかしたら王族の中で唯一「まとも」だったのかも知れない。
いや、王族ながらその身分を捨て音楽家になってしまい王族の心構えが無かったのだから王族としては「まとも」では無いか。
「そういえば第三王子の婚約は解消され、婿入りが決まりましたね」
「ええ、本来ならこうして学園とは関係ないところで解決させるものですよ」
「卒業パーティーで婚約破棄なんて準備していた子達にも卒業する子達にも迷惑です」
卒業パーティーは卒業する者を祝う場であり、卒業する生徒と、その家族と、学園関係者、友人知人、全ての人が集う場所。
それなのに婚約破棄なんかで祝いの場を潰すなんて言語道断だ。
「ラウル王子はティーナ嬢の子爵家へ婿入り。ライザ嬢は留学、その後は王太子の王子と王女の教育係への就職。一応希望通りではないですか」
まだ在学中のラウルの側近だった宰相の次男、騎士団長の三男、今は元婚約者ライザの弟はラウルの婚約破棄計画を知りながらそれを支持し報連相を怠ったと特別補習が組まれた。彼らのこれからは軌道修正次第だ。
ラウルとティーナは卒業と同時に結婚。ティーナの家へ婿に入った。
ラウルの計画ではライザと婚約破棄し、ティーナを王子妃として迎える予定だったと言う。ラウルは元から婿になると何度も言われていたのに右から左へ聞き流していたらしい。
ラウルは婿になると言っても彼は腐っても王子。だからライザのフィットネス公爵家と婚約が結ばれたのだが、ラウルはいつも睨まれ殺気を向けるライザが怖かったのだと泣き、ラウルとティーナの愛は本物だったらしく最終的には丸く収まり円満に近い形で婚約解消となった。
「ライザ嬢は素晴らしき筋肉と強靭な精神力でそばに控え、ラウル王子を守っていたのにねえ」
「彼女ならば王太子のお子様を立派に導いてくれるでしょう」
「学園に来るのが楽しみです」
ライザは婚約者として常にラウルを守っていたのだ。
それがラウルには自分に向けられた殺気だと勘違いされていた事を恥じ、ライザは教育係となったからには「殺気」を隠す方法を習得するのだと最強の王妃と名高い友好国であるマッスルセット王国マリエラ王妃の元へ半年間の修行に出た。
「こうして穏やかに過ごせるのは皆のおかげだ」
皆で婚約破棄宣言を阻止し、生徒達は羽ばたいて行った。満ち足りた幸せ。
しみじみと学園長は目を細める。穏やかな休日を邪魔するものは何もない。
だが……。
―――ドゴォオオオンッ!!
平穏を破る爆音が鳴り響く。
学園長達が慌てて音の方角を見やるとそこには余程開けるのが面倒だったのか扉を吹き飛ばして飛び込んで来た一人の教師の姿。
「が、学園長! こ、これを! これを!」
彼は息を切らしながら学園長に押し付けるように名簿を掲げ、目を通した学園長は顔を曇らせ息を呑んだ。
「新年度から⋯⋯「また」王族が来る」
「いや、しかし! セリア王女は嫁がれて⋯⋯」
「離縁⋯⋯されたらしい」
現国王には四人の子供がいる。一番上が王太子ハイン。二番目がセリア。三番目がキリク。四番目がラウル。
名簿に書かれているセリアは唯一の王女だ。
当時、学園への試験を受ける予定だったが婚約者と離れたくないと受験を辞め、その足で婚約者の元へ嫁いで行った。
それが何故、離縁されたのだろうか。
「⋯⋯これは一筋縄では行かないようだ」
添えられた身上書を読んでいた学園長がため息を吐いた。
ごく普通の身上書の裏に貼り付けられていた学園長宛の手紙。離婚原因がセリアの浪費癖と浮気癖だと赤裸々に書かれている。
公にしない代わりにジャンパニア王国の学園にどうしても通いたいというセリアの希望を叶えた事にしたと。
これは婚家からのメッセージ。
ジャンパニア王国にいた時からセリアは少し変わった王女だった。「このままでは破滅する!」とよく叫んでいたものだ。
嫁いでからは夢で見たとおかしな話をしては勝手に店を出したり商品を作っては次から次へと手を出し「思っているものが作れない」と投げ出して、飽きるを繰り返し、婚家の財政を傾かせ、おまけに何故かセリアはイケメンを見る度、逃げ回っては頬を染めてチラチラを繰り返していたのだと言う。
その行動も全く理解し難いものだったらしい。
婚家も大変だったのだろう。最後の方はもう何もかも諦めたような歪んだ文字だった。
「学園長⋯⋯」
「入学時から対策を練らねばな」
学園長は大きなため息を吐き出し、空を見上げた。
二十年前の婚約破棄。十年前の婚約破棄。その経験から防げた第三王子の婚約破棄計画。
だが今回はこれまでの経験が役に立たない事態が想定される。
「事が起きるのか起きないのか⋯⋯いや、必ず事は起きる。だが諦めないでほしい。君達はこの学園の最後の砦だ。我々は学園の未来を託されている!」
宣言する学園長。教師陣は「当然」だと力強く頷き返す。
「予測不明生物特設被害対策本部を設置する!」
「御意!」
穏やかだった中庭に響く決意の「御意」。
そして必ずや卒業パーティーを守ってみせる。
学園長と教師陣の戦いは続く。
平和な学園を守る為、今年もまた波乱の幕を開けるのであった。
通称:予被対
俺達の戦いはこれからだ