どん底からの逆転
僕は、鉄は完成したんだろうか? 今日中には無理かなとソワソワして一日を過ごしていた。
夕方になって、ニウブは僕を呼びに来た。
「タスクさん! これ見て下さい! 鉄が出来たんです」
「うお! すごい! ちゃんと鉄板になってる! でかしたニウブ!」
ニウブから小さな鉄板を渡され、こんなに早く完成させるなんて! と素直に感心した。
「それでですね、鉄の使い道をカルミアさんに教えてあげてくれませんか?」
「ああ、そうか。見たことも無いものなら、使い道を説明しないと役に立つか判らないもんな」
僕はニウブに連れられて、寺院の食堂へと降りて行く。
食堂に入ると、テーブルをはぐれ人との戦いの時に見た4人の美少女たちと一匹の小熊が囲んでいた。
「熊が……」
…この世界では熊も普通に食卓を囲むのか?!
などと、この世界の奇妙な風習に絶句していると、カルミアがテーブルを指でコツコツ鳴らして注意を彼女に向けるように促してくる。
「ニウブちゃんのヒストリアの魔法を使って、この鉄というものを作ったのは理解したわ。それで、これがどう役に立つのか教えてくれるかしらタスクくん?」
「物質が出来ても、使い道を提示しないと納得できないですもんね。では、説明をはじめますね。たとえば、鉄は落としても割れないくらい硬くて丈夫です」
――バーン!!!
僕は、実際に高く持ち上げて落とすのを見せた。
「うるさいな~!」
シギが耳を塞いで抗議する。
「しかし、溶かしたり、叩いたり、こんな風に曲げ……曲げ……曲がらんん……?」
僕が鉄板相手に格闘していると、
「うちにまかせてみ―!」
熊が僕から鉄板をひったくりグニャっと簡単に折り曲げて見せる。
「ひっ! く、熊が……」
知らぬ間に接近して鉄板を奪い去り、いとも簡単に鉄板を曲げた熊に僕は縮みあがった。
しかも、今、喋ってなかった?
「タスクさん! 大丈夫ですよ。この子はクマちゃんです」
「いやだからクマちゃんって……」
「そうや、クマちゃんやでー」
……しゃべる熊はこの世界では普通なのか?!
訳も分からず混乱していると、ニウブが、
「タスクさん、先を続けてください!」
と、説明を続けるように促してきた。
「ああ、ごめんニウブ!」僕はカルミアの方へ向きなおり言葉を続ける。「えっとですね、曲げたりと加工が簡単なんです」
「それで、何を作れるのかしら?」
「例えば、今使っている陶器の土鍋などと違って割れない調理道具が作れますし、石の包丁や石斧などの道具も鉄で作った方がもっと性能の良いものが出来ます」
すると、ポニーテールを退屈そうに弄りながらキキョウが話に割り込んできた。
「それじゃ、今あるもんと大して変わんねーじゃん」
さらに、水色ツインテのアレクサも見下したような態度で同調する。
「別に今ある道具で十分だと思うけど? 無駄なんじゃない?」
「え……」
僕はふたりが相次いで否定してきたのが予想外すぎて、言葉に詰まった。
そんな僕のことなどお構いなしにアレクサはまくし立ててくる。
「あとー、美しくないのよねー。今ある道具より美しくなるんなら考えないでもないんだけど。なにこれ?! 薄汚いドブねずみみたいな色じゃん!」
彼女の言動に周りも同調するのが見え、僕は冷や汗を流す。
つうか、か弱そうで幼い見た目と違ってめっちゃずけずけモノを言うんですねアレクサさん……。
このままではヤバいと思い、僕はなんとか挽回しようと必死に説明を続ける。
「そうだ! とても硬くて割れにくいので、大きな船や大きな建物なんかを作る材料になります!」
「大きい? クマちゃん大きいのだぁーい好き!」
「そんな、デカいもん作ってどうすんだよ?」
「そりゃ、大きければいっぱい人を例えば100人でも一つの家に収容できるし……」
「そんなデカいもん作ったって、そんなにいっぱい人いねぇだろ。だいたい100人一緒に住んだらめんどくさくて大変だろうが!」
キキョウの発言に、僕は返す言葉が見つからない。
「あ、でも、飛んで物運ぶときに風呂敷の代わりにこれ使えるんじゃない? 硬いから風で揺らされないし!」
そう言って助け船を出したシギが、鉄板を持ち上げる。
「あ、重い! 重すぎ……! ダメだこりゃ」
今度は、カルミアが鉄板を持ってじっくりと眺め出した。
「似たような物で金は知ってるけど、これはアクセサリーに使うには美しくないものね」
「金の包丁なら私も欲しい!」
「金の舟なら有っても良いぜ!」
「いやいや、鉄みたいに金はそんなに取れませんし!」
僕のプレゼンが失敗に終わったのが明白になり、気まずい沈黙が食卓を包んだ。
「残念だけど、これでは無理ね」
「そんな……」
カルミアの言葉に、呆然と立ち尽くすニウブ。
僕は、そんなニウブの姿を見て、心が締め付けられる。
「大丈夫? ニウブ」
「まだあきらめないでがんばろ?」
熊とシギがニウブのそばで励ましの言葉をかけている。
「……タスクさんを、部屋に」
俯きながらよろよろと立ち上がったニウブは、僕の手を引いて階段を上っていく。
「ゴメン! ニウブ。こんなはずじゃ……」
部屋に戻り、牢屋のカギを開けるニウブに向かって謝罪する。
「良いんですよ。……もう、今日一日がんばりました。それでダメだったんだから悔いはないです」
振り返ったニウブは、笑顔を作りながらも瞼から涙がぽろぽろと零れ落ちて来るのを止められなかった。
「う、うっ……、ご、ごめんね。ごめんねニウブ……。全部、僕が悪いんだ!」
僕は、つられて泣き出すのを止めることが出来ず、たまらず彼女を抱きしめる。
「うぅうぇーん! 違うんでふ……。うぅ……。タスクさん! タスクさん! 悪くない」
ニウブは、抱きしめられて堰を切ったように号泣する。
僕たちが大声で嗚咽していると、誰かが部屋に飛び込んで来た。
「うるせえぞ! 何時だと思ってるんだ! ……って、お取込み中だったかな?」
「ふぇ?」
振り向くと、ヒゲぼうぼうのおっさんがばつの悪そうな顔をして僕らを見ていた。
「あ、こ、これは……」
僕は慌ててニウブから離れる。
「おじさんが、話を聞こうか?」
「ほー! そういうことか」
村の性奴隷ノエルが事の成り行きに納得と言った感じで相槌を打つ。
僕は、相談に乗るというノエルに藁にもすがる思いで事の次第を伝えたのだ。
「それにしても、たっくんは、物知りだな?」
「ものづくりとか、興味があって。この材料はどうやって出来たんだろうとか知りたい質なんですよ。なんで、図書館で文献読み漁ったり、原始時代サバイバルとか古代技術チャンネルを観たりとか好きで……。って、たっくん呼びはやめてください!」
「それで、材料を集めやすい鉄を作ったのか。でもな、ここの連中は野郎じゃなくて女子だってこと忘れてねぇか?」
「どういうことですか?」
「男社会だったら、質実剛健な鋼鉄は喜ばれたかもしれないが、この世界の女どもはキラキラしたものの方が実用的なものより大好きなんだな~」
「それって、ちょっと差別的じゃ……」
「勘違いするなって! 俺っちは超がつくほどのフェミニストだぜ! ここの女どもは男が少ない事以外は生活に不満はねぇってことだよ。魔法が使えるから貧しくは無いしな。どこの文明でも豊かなところは芸術とか文化的なことに目が行くだろ?」
「じゃあ、どうしろというんですか?」
「まだ分かんないの? やっぱり童貞だな君!」
「どどどどどど童貞だからなんだって言うんですか!!」
僕はこの人に相談したのは間違いだったんじゃないかと後悔した。
しかし、そんな僕を宥めすかすようにノエルは言葉を続ける。
「落ち着け。君は好きな子に初めて上げるプレゼントに、テフロン加工のフライパンをあげるか?」
「いきなりなんですか? 料理好きなら上げても良いんじゃないですか?」
「そういうことじゃないんだよ。分かってねぇな! だから童貞なんだよ」
「自分がヤリチンだからって、バカにしないでくださいよ!」
「ああもう……! つまり、そこにいるかわいこちゃんにあげるなら何にするかってことだよ?」
「え……?」
ノエルの指さす方向には、泣き過ぎだ所為で目を腫らしたニウブが居た。
ニウブは、ずっと心配そうに僕を見つめていたのだ。
そんな彼女を喜ばすために何を上げたいんだ?
「童貞でもわかると……」
「ちょっと! 黙ってノエルさん!」
僕は、まだ涙が残り、いつも以上にキラキラしたビー玉みたいな瞳を潤ませたニウブを見つめて考える。
「キラキラ……。キラキラ……。瞳がキラキラ……。ビー玉みたいな……瞳が。……あ!!」
僕は、ニウブに近づいて瞳を間近で覗き込む。
「ど、どうしましたか? タスクさん」
「分かったぞ!」
僕はアイデアをひらめいた嬉しさのあまり、そのままニウブを抱きしめて一緒にクルクル回った。
いきなり抱きしめられたニウブは顔を赤くしている。
「今度こそ、今度こそ絶対大丈夫!」
「タスクさん?! 恥ずかしいですぅ……」
「今度こそ、絶対にみんなが気に入るものを作って見せる! だから。もう一度、信じてくれるかい?」
「……はい」
見つめる先のニウブの瞳に希望の光が戻ってきたように感じた。
その時、僕は誓った。
決してもう二度と、彼女に悲しい涙を流させないことを。
己の知識と知恵で絶対に彼女を守り抜くことを。