表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホラー短編

病院跡のカラオケ店

掲載日:2021/05/31

このカラオケ店は、今はもうない。


「ねえ美弥。今度の土曜日、カラオケ行かない?」


 友人の早紀にカラオケを誘われた私はちょっと考えた。

 カラオケに行くのはまったく構わない。ただ、問題はどこのカラオケに行くかだ。

 

「行ってもいいけど、弁天町のお店は嫌だな」


「どうして? あそこ部屋広いでしょ?」


「うん、そうなんだけど。なんとなくね」


「わかった。じゃあ他のところを探しとくね」


 早紀からの電話を切って、私はやっぱり断った方がよかったかと考え始めた。

 嫌な予感がしたのだ。

 

 

 

「ごめん。他のカラオケも探したんだけど、どこも空いてなくって」


 集合場所でそう言って頭を下げた早紀。

 なんとなくだが、こうなる気がしてた。

 

「うん、仕方ないよ」


 わたしは早紀にそう言った。

 早紀が悪いわけじゃない。たぶん、こうなる運命だった。

 メンバーは早紀の他に春香。3人とも高校の同級生だから気心は知れている。

 

「早紀が言ってたけど、美弥はあそこのカラオケ屋、あんまり好きじゃないんだって?」


 春香が不思議そうな顔で聞いてくる。

 

「うん、なんとなくだけどね」


「それ分かる。あそこのカラオケって、なんか変な感じがするんだよね」


 春香は人より少し霊感が強いみたいで、見えはしないけど嫌な雰囲気は感じるタイプの子だ。

 

「それに、あのカラオケ屋って、元は病院だったって聞いたよ」


 春香の言葉に早紀が「うそ!」と驚く。


「うそじゃないみたいよ。だって部屋が広いでしょ。あれ、みんな病室だったんだって」


「えーいやだあ。そんなこと言われたら、行くのが怖くなっちゃう。美弥も知ってたの?」


「あ、う、うん。知ってた」


「だからかあ。美弥が嫌がってたのは。ごめんね。あたし知らなかったからさあ」


「いいよ。言ったら気分悪いだろうなって思ったから言わなかったし。それに、もう予約もしてあるんだから今日はそこで歌おう」


「いいの?」


「うん。大丈夫。別にあそこで何か見たわけでもないし。春香だって何も見たことないでしょ?」


「うん、見たことはないね」


「だったら行こう。歌ってたら別に怖くないし」



 そのカラオケ屋はビルを丸ごと店舗にしていた。

 1階が入口で、2階から5階まで、各階にふたつずつ部屋があった。

 エレベーターを出ると、左右に部屋が別れている。

 その日は、5階の部屋で歌うことになった。

 

「部屋は広いよね。そう言われてみると、なんだか病室っぽい」


 早紀はそう言いながら部屋を見渡す。

 たしかに、元病室と言われればそんな感じがしてくる。

 

 それから3人で好きな曲を歌った。

 無意識なのかノリの良い明るい曲ばかりを選曲していた。

 もちろん、何も起きたりはしない。

 

 考えすぎか……。

 

「わたし、トイレに行ってくる」


 そう言って、ふたりを部屋に残して、私はエレベーターのボタンを押した。

 このカラオケ屋は、トイレが1階にしかない。

 ようやく来たエレベーターには先客がいた。

 小さな男の子だ。

 最上階の5階に着いたというのに、男の子は降りようとはしなかった。

 階を間違えたのか。それとも、ただエレベーターで遊んでいるだけなのか。

 

「お姉ちゃん……何階?」


 エレベーターのボタンの前に陣取った男の子が、わたしに行き先を聞いてきた。

 

「1階お願いします」


「はい」


 男の子はそう言ってボタンを押してくれた。

 

「ボクは何階なの?」


 エレベーターの中は私と男の子だけ。

 でも、男の子は、何も答えてくれなかった。

 不思議に思った私は、男の子の横顔を見た。

 

 生きているとは思えないほど白い肌。

 ピクリとも動かない瞳は、ただ宙を見つめているように見える。

 

「ママと来たの?」


 私の言葉に、男の子は、ゆっくりと振り返った。

 

「ママは……来ないよ」


 そう言いながら、男の子の視線は私を見ていない。

 

「パパも……来ない。僕は……ずっと、ここにいるのに……」


 男の子がそう言ったときに、はじめて私が気づいた。

 エレベーターのボタンが……1階が……押されてない。

 ゆっくりと動いていくエレベーター。

 

 4階……3階……2階……

 

 よく見れば、押されているのはB1のボタン。

 このままだと、エレベーターは地下の階まで行ってしまう。

 

 私は慌てて男の子を突き飛ばし、1階のボタンを押した。

 

 エレベーターは1階で止まり、ゆっくりとドアが開いた。

 私は急いでエレベーターを出た。息が乱れている。あの男の子は何だったのだ。

 

 振り返ると、エレベーターには誰も乗っていなかった。

 

 

 トイレが終わっても、私は部屋に戻る勇気がなかった。

 でも、まだあのふたりが部屋にいる。

 私は他の客が乗るタイミングに合わせて、エレベーターに乗った。

 今度は、男の子はいなかった。

 安堵した私は、ふたりが待つ部屋に戻った。

 

「遅い! 大きい方だろ!」


 早紀が笑いながら言った。

 

「どうして分かるのよ」


 私も誤魔化すように笑った。

 

 すると、今度は春香がトイレに行くと言い出した。

 

「ここはトイレが1階にあるんだよね。面倒くさい」


 さっきのことを言おうとしたが、どうしても言えなかった。声が出なかった。

 春香は元気よく部屋を出ていった。残った私は仕方なく早紀と歌った。

 しかし、春香はいつまでたっても帰ってこなかった。

 

「春香、遅くない?」


「また大きいほうだったりして」


「だとしても遅いよ」


「じゃあ、ちょっと見てくる。わたしもトイレ行きたいし」


 そう言って早紀も部屋を出て行った。

 しかし、早紀はすぐに帰ってきた。

 

「春香、トイレにいなかったよ」


「じゃあ、どこに行ったんだろ」


「外で誰かと電話してるとか?」


 しかし、電話をしても捕まらない。

 

「やっぱりおかしいよ」


 嫌な予感が広がる。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。エレベーターで男の子見なかった?」


「え? 見たよ」


「どんな子?」


「ボタンを押してくれたんだけどさ。間違ったのか、地下1階のボタンを押してたんだよね。慌てて自分で押したけど」


「それ、私もそうだった……」


 全身が総毛だった。背中に冷たいものが走る。

 早紀の顔も真っ青になっていた。

 

「春香……地下に行ったとか……」


 わたしたちは慌てて部屋を出た。

 エレベーターに乗ったが、男の子はもういなかった。

 1階まで降りて、フロントに春香のことを聞くが、誰も見てないと言う。

 

「でも、戻ってこないんです!」


「ここの地下には何もないですよ。トイレもありませんし」


「でも、エレベーターには地下1階のボタンがあるじゃないですか!」


「あれは、押しても行かないようになってるんです。だって、地下には元病院だった頃の、霊安室があるだけですから」




 私たちの訴えに根負けしたのか、それとも何かを知っていたのか。

 店長という人が、階段を使って私たちを地下の霊安室に案内してくれた。

 

 そこには、まるで男の子のような声で「ママ……ママ……」と泣いていた春香の姿があった。




最後までお読みいただきありがとうございました。

弁天町とは大阪にあります。

当時は元病院のカラオケなので、出るとよく言われてました。

私は遭遇したことはなかったですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 春香のそれからが気になりますね。 男の子は地下の霊安室に訪れることができて、満足して浮かばれるのでしょうか……それとも…… 上質なホラーをありがとうございました!
[良い点] そろそろ夏ですね。 こういった話は多くなってっくるのですが、先の展開がなんとなく想像できても文章に引き込まれて、読み進めてしまうのはさすがですね。 人気のお化け屋敷に入ったような気分でした…
[良い点] 今回はゾクッとするような悲しいような とても面白い(引き込まれる?)話でした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ