46. 目標は17個も立てるものじゃない 後編
【第45-46回 2022.2.1】『目標は17個も立てるものじゃない』 前後編を配信
【三日坊主にならない!】
【目標の立て方と、適切な数について】
閑話休題。SDGsは問題点を数え上げた点で大きな価値があるけど、実践的な目標になるまでにはもっと計画を練る必要があるんじゃないか? ということを述べてきました。
では、実践的な目標とはどうやって組み立てれば良いのでしょうか?
その疑問に答えるべく、今回は病院での治療で使われる【リハビリテーションでの目標の立て方】を見てきたいと思います。
リハビリテーションとは、Re(再び)、ハビリテーション(あるべき姿にする)という意味で、病気や怪我で損なわれた力を回復させる訓練のことを指します。(※1)
いわば問題を抱えている個人をサポートする行為ですので、一個人がすぐに実践できる目標や計画を立てる参考になるのではないかと思います。
さっそくですが、一般的にリハビリテーション分野では以下のような手続きに沿って目標を立てるようです。
・1:情報収集
・2:ICF
・3:統合と解釈
・4:問題点の焦点化
・5:目標・リハビリテーションゴールの設定
『1:情報収集』では、あらゆる手段を使って、患者さんのことを調べます。
経歴や症状、病室での様子、家族構成、本人からの聞き取り、検査の結果etc.…。
この1番で集まった情報を、聞きなれない単語だと思いますが、次の『2:ICF』で整理します。
ICFとは、【国際生活機能分類(※2)】の略で、
・健康状態
・心身機能、身体構造
・活動
・参加
・個人因子
・環境因子
これらの6つのジャンルに分けて、調べた患者さんの長所と問題点の全てを箇条書きにして表に記したものです。(※3)
活動であれば、
【問題点】
#1. 食事動作にサポートが必要
#2. 歩く時に杖が必要
#3. 入浴には2人以上のサポートが必要
#4. 病室から外に出たかがらない
#5. 薬が自己管理できない
#6. 夜に病棟を徘徊する
【長所】(※4)
#1. 着替えは自立している
#2. ベッドから自力で起き上がれる
こんな感じになるでしょうか。
前編で提唱したSDGsを【問題点を網羅したもの】という解釈を是とするなら、このICFとかなり近い作業を行っていることになる気がします。
計画を立てるには、現状をつぶさに知ることが大事ですので、ここで徹底的に問題点と長所を洗い出すわけですね。(※4)
続いて、『3:統合と解釈』『4:問題点の焦点化』で、ICFで列挙した情報を分析します。
まず、『3:統合と解釈』では、問題点の因果関係を考察。
たとえば、日本人の死因の一位であるほどメジャーな【脳卒中】の場合。
脳卒中の症状としてよく出るのが【右か左かどちらかの手足の自由が利かなくなる】ケースです。重要なのが、まずこの麻痺の原因は何かを特定すること。
【寝たきりになっている間に筋力が落ちてしまったから】という解釈もあれば。
自分の体の一方をあたかも存在しないかのように振る舞ってしまう【身体失認(※5)】という症状(脳の障害が原因)が見られるのであれば、プロは真っ先にその影響を疑います。
このように、ICFに挙げられている問題点を結び付けて、原因と結果を予想するのが、『3:統合と解釈』。
次の『4:問題点の焦点化』では、どの問題点から解決するのが適切か――優先順位をつけていきます。
・すぐ解決できそうなもの
・色んな問題点の原因となっている、問題点
・放置すると、重大な危機が生じうるもの
・患者さんの希望を阻害するもの
といった基準で、最大5つまでピックアップ。
身体の麻痺の主因が【身体失認】であると考えるのであれば、【身体失認】が1番目、続いて2番目が【筋力の低下】ということになりますね。(※6)
すべての問題に一挙に取り組めれば理想的ではありますが、時間は有限であり、人間はそれができるほど器用ではないのは、前編で述べた通り。
このように、『1:情報収集』『2:ICF』で問題点を網羅し、『3:統合と解釈』『4:問題点の焦点化』で問題点の解決する順番を決めれば準備万端。
お待ちかねの最後の手順。
『5:目標・リハビリテーションゴールの設定』
となります。
・リハビリテーションゴール(最終的な目標、退院時が目安)
・長期目標(2~3ヵ月で目指せる目標)
・短期目標(2週間~1ヵ月で目指せる目標)
以下の3つの項目を選定。
優先して取り組むべき課題は絞られていますから、それらを解決するための目標を定めます。
短期目標であれば『歩行中の身体失認の消失』。
長期目標であれば『杖が無くても50m1人で安全に歩けるようになる』。
といった感じ。
リハビリテーションゴールは1つ。
短期目標と長期目標は、2個から多くても5個程度に抑えます。
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色々とここまで小難しく述べてきましたが。
とどのつまり、人が実際に取り組める目標を定める手順というのは、情報を調べて、書きだして、分析して、優先順位を付けて、作戦を立てる。
・調査をしまくって現状を知る
↓
・判明した問題点を列挙する(ICFやSDGsはこのステップに該当)
↓
・問題点に優先順位をつける
↓
・絞られた問題候補を解決できるような目標を立てる(2~5個まで)
ということになるでしょうか。
リハビリテーションの現場で使われている目標の立て方の手法に『生活行為向上マネジメント(MTDLP)』『カナダ作業遂行測定(COPM)』があります。
どちらも、患者さんの希望や好みを聞きながら目標を立てるのですが。
『生活行為向上マネジメント』では目標は2個、『カナダ作業遂行測定』では5個までに目標を絞ることになっています。
リハビリテーションの対象となる人は、知的機能が弱っている方も多い。
であるのであれば、挑戦する目標はできる限り絞って、かつ優先順位の高いものから1つずつ取り組んでもらわねば、達成は難しい。
言い換えれば、誰でも取り組める目標の個数というのは、やはり2~5個が限度ということがいえるのではないでしょうか。
かつて、SNSで流行ったものに『犬の十戒』というものがあります。
ワンちゃんの飼い主の心得をまとめたもので、心に響く名文ではありましたが。今でも内容を覚えている人。当時でも暗記できた人は、そうは居ないのでは?
【犬を飼うには責任感と覚悟が必要だ】という厳しい心構えを伝えるために、あえて覚えきれないほどのルールを提示したという解釈であればOKなのですが。
実用的な目標を求めるのであれば、10項目はやはり多すぎます。
この連載の記念すべき第1回目 『コロンビア大学のジャムの実験』
https://ncode.syosetu.com/n8509ft/1/
で取り上げたように、人の記憶の限界量は、
マジックナンバー7±2。
あるいはマジックナンバー4±1。
なのです。(※7)
人にも地球にも企業にも、課題はたくさんあるけど。現在進行形で取り組む目標は少数(2~5個)に絞った方が得策だよ。SDGsはきっと目標を絞りこむ前の段階のものだよ。
という結論をもって、今回のお話を終えたいと思います。m(_ _)m
■今日のまとめ■
・2~5個に絞らないと、誰でも取り組める目標にはならないよ。
・目標を絞りこむ前段階として、SDGsのような問題点を網羅して状況を確認することは、とても大事だよ。
・ただし、見せるとだいたいの人は退くので、問題点を列挙した資料をあまり見せない方がいいと思うよ。
(※1)
人気作品『鬼滅の刃』で登場した、機能回復訓練をイメージしてもらえれば。
(※2) 国際生活機能分類(ICF)
International Classification of Functioning, Disability and Healthの略。
(※3)
ただし、健康状態と個人因子については【個人=個性の長所と問題点は表裏一体である】として、長所と問題点を分けずに、ただその人の特徴を箇条書きにして記します。
(※4)
ここでいう長所とは、病気や怪我で障害されていない能力や、治療に役立つことを指します。
(※5) 身体失認
認知機能(高等な知的機能)の障害で、脳にダメージがあると発生。
自分の体だけでなく、患者さんから見て左側にある物体に気づけなくなる場合もあり、半側空間無視と呼ばれます。目が失明しているわけではないのに、一方に位置する存在にだけ気づきづらくなる症状。左側に出ることが多いです。
(※6) 問題点の焦点化
SDGsの17個の目標にあてはめるのであれば、
『1:貧困をなくそう』『2:飢餓をゼロに』『3:すべての人に健康と福祉を』の根っこにある原因が、ちゃんとした教育を受けられない人が多いからだと仮定すれば、『4:質の高い教育をみんなに』をピックアップ。
日本に限れば、『6:安全な水とトイレを世界中に』は現時点でほぼ達成されているので、問題の焦点化では、優先度はかなり下げられるのではないでしょうか。
無論、水とトイレは衛生管理や感染症対策の肝であり、国によっては優先順位が最高レベルの場合もあり得ます。
(※7)
人が短時間で記憶できる、もしくは抵抗なく受け入れられる要素数は、5~9個、あるいは3~5個だという理論。
【自己紹介 板皮類 学名:ニョロリマス・オパーイスキー】
ばんぴるいと読む。美少女ゲーム業界で14年。
その後、一瞬だけソーシャルゲーム業界にいた、元企画屋&シナリオライター。
毎週、新作エロゲを300円で8週間連続発売するなど、コンフォートゾーンから飛び出す、変わり種企画が持ち味だった。