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極光騎士団 ドミナ分隊 ⑧

 救出した奴隷の子供たちをどうするつもりなのか、と尋ねると、ドミナは「どうもしない、彼らの判断に任せる」と答えた。


 それはあまりにも無責任だと、ティトには思えた。

 助けるのなら、手を差し伸べるのなら、最後まで責任を持つべきだと。

 しかし、ドミナは言った。


「私は彼らに何も強制しないし、導くこともしない……ただ、このままでは生きてはいけないだろうから、いくらか銀貨を渡そうとは思っている。その後は彼らが決めるのだ。自分を売った親の元へ帰るのか、新たな人生を踏み出すのか……」


 ドミナは、あくまで王都近郊で不法な商売が行われているのが許せないだけであり、その犠牲となっている者が今後どうなるか、というのは関心にないようだ。


 そういえば――銀貨。

 トゥールキルデも銀貨を持っていた。その出処はドミナに間違いないが「生業としての仕事はしていない」とするドミナは、どこから収入を得ているのであろうか。


「騎士として王宮に勤めていた時の貯えがある。殊更に贅沢をしなければ、食べて行くのに不自由はしない。栽培している薬草を売っても良いしな」


 羨ましいことだな、とティトは思った。

 ドミナは、言ってしまえば気ままな女だ。

 治安の悪い場所に、気ままに薬草園を構え、気ままに自分の正義を行使し、後は責任を取らない――けれど、それで救われる者もいる。


「――あのう、」


 奴隷の子供の一人が、おずおずとドミナに声を掛けた。

 ドミナは眼を伏せ、察して対応したのはベルガだった。

 しゃがんで視線の高さを合わせようとするベルガに、それでもなお子供は怯えているのだったが、意を決して口にする。


「ネエちゃんが、歩けなくて……」

「『姉ちゃん』だとう……?」


 ベルガが子供たちの方に目をやると、彼らは一様にびくっと肩を震わせた。

 中心に一人、他の三人と比べて年嵩の少女がいる。

 その少女は酷く弱っていた――というか、


「足が……」


 ティトは眉をひそめ、口元を抑えた。

 少女の足の、ふくらはぎの辺りが赤く腫れ、周辺の皮膚が黄色く変色しているのが分かった。少女自身も発熱しているのか、、汗ばんでいる――足に傷を負い、しかも化膿していると見られた。


「……昨日今日に付いた傷ではない。商隊で虐待されていたのか」

「酷えことをしやがりますぜ」


 ドミナは少しの間考えていた様子だったが、やがてベルガに命じた。


「仕方ない。あの男の遺志を汲むつもりなど無かったが……行きがかりだ。罪の無い者が無為に死んでいくのを、ただ見過ごすわけには行かない」


 この子供たちに銀貨を渡して解放したとしても、すでに怪我を悪化させている少女は容易には助かるまい。しかし、薬草園に連れ帰れば、化膿止めの薬がある――助かるかは、少女の体力次第だが……。

 ドミナが話すと、ベルガは「よし来た」とばかりに大きな背中に少女を負ぶった。


 他の子供たちとティトは、それを不安そうに見上げ、トゥールキルデは我関せずとフォスファーに触ろうとして吠えられていた。



     ◆◇◆



 ドミナ、それに少女を背負ったベルガとは、屋敷の外でいったん別れることになった。


「手を出しなさい」


 言われるままに手を出すと、ドミナはティトの掌の上に、ぴかぴかの銀貨を二枚、置いた。トゥールキルデと二人分、今日の報酬――手伝い料だという。

 そのお金で、その子供たちと一緒に美味しい物でも食べなさい、護衛はトゥールキルデとフォスファーが居るから、必要ないだろうと。


 無論、子供たちは「姉ちゃん」を心配し、ティトよりもドミナに同行することを望んだが、ドミナはそれを許さなかった。


「すまないが〈影迷街〉でねぐらを知られるのは避けたいのだ。相手が子供だとしても……ティト、トゥールキルデ、分かるだろう?」

「分かるけど……」


 あんな薬草園を、街の通路を占拠して展開しているのは危険だ。

 真っ白な漆喰で塗り固められ、高さまでも揃えられた塀が並び立つ〈影迷街〉で、ドミナの薬草園は、言わば異界であった。


 真っ白な壁に囲まれた迷路の奥に、不意に現れる緑の園。

 それがドミナの薬草園――初めてそこを訪れた時、ティトはそう感じたのだった。

 場所を知ってしまえばあんなに目立つ所は無い。

 無法者に荒らされていないのは、ドミナやベルガが強くて、外敵を寄せ付けないからだと今では理解できる……。


「ティト。お前やトゥールキルデが薬草園に来るのはかまわない。しかし、あの場所を他の誰かに広めるな……本当はトゥールキルデにも禁じていた」

「キル公がお前を連れて来た時は、どうやってキル公を納得させつつ追い払おうか、と思っていたんだぜ」


 ……思い返して見れば、初めてティトを薬草園に連れ込んだ時、トゥールキルデはベルガにめちゃくちゃ怒られていた。

 何にしても「ねぐらを誰かに知られる」ことは〈影迷街〉において致命的な事態を招き得る。それを理解出来たので、ティトは子供たちを薬草園に連れて行くのを諦めた。


 手の中には銀貨が二枚……。

 王宮勤めの騎士とは、たいそう稼げる仕事だったのだな、とティトは思う。


 その貯えと、本人が培った圧倒的な精霊法の威力を用いて〈影迷街〉に薬草園を構え、気が向けば悪人をやっつけたり、魔物を倒したりと――生まれが良ければ、自由な人生を送れるんだな、と少し意地の悪いことまで考えてしまう。


 しかしティトは、ドミナの義足となった左足を目にして考えを改めた。

 たぶんそれは……彼女が「自由な人生」を手にするまでに失った物の一つであろうから。

 自分がかつて、愛してくれているはずの両親の庇護を失い、売り払われ、それでも幸福を求めて彷徨い、トゥールキルデとファスファーに出会ったのと同様――。


 ドミナの片足が何故失われたのか、尋ねる意思は無い。今の自分が、故郷や両親について訊かれるのが辛い。だからドミナにも訊かない。

 ドミナは、トゥールキルデにもしたように、ティトの頭にぽんと手を乗せて言う。


「今日は怖い思いをしただろう……しかし、泣かなかったな。トゥールキルデも泣かなかったのだ。お前たちは二人とも特別な子だ」


 あたいが〈土の民(ノーム)〉でも……? とは、今は口に出せなかった。

 そして、ドミナはフォスファーに視線を移して続ける。


「その犬はとても優秀だ。勇敢でむやみに吠えず、必要な時に危険を知らせてくれた。誰かから譲り受けたのか? それともまさか、ティトが躾けたのか?」

「野良犬だったの。餌をあげて、寝床をかしてるうちに懐いちゃった……」


「ほう、野良犬であっても、一宿一飯の恩義というのは感じるものなのかな」

「いっしゅく……?」


 難しい言葉を使われたので、ティトは眉をひそめて小首を傾げる。

 ドミナは笑って答える。


「フォスファーは恩を忘れないということだ。食事と寝床を貰った恩を忘れず、ティトを守っている、勇敢で賢い戦士だ」

「……うん! フォスファーは戦士なの!」


 ティトは嬉しくなって叫んでいた。

 横でトゥールキルデが、ちょっと面白くなさそうな顔で、爪先で床をほじくっていたが、それはそれ。

 トゥールキルデには悪いけど、あたいにだけ懐いてくれるフォスファーが好き。


 もちろん、手の掛かる妹のようなトゥールキルデも好き……思っていたよりもずっと強い子だというのが分かったのだけど……精神的にというよりは、物理的に破壊力的に。


 大男で髭もじゃで、一見怖そうだけれども接してみると優しいベルガ。

 謎めいていて、とても強い。冷徹な印象を受けるが、どこか性格に油断というか、隙がある……そんなドミナ。


 あたいの人生は広がっていた。失ったばかりじゃない、得たものも有る。

 長い一日が終わり、ティトは久方ぶりに――おそらく本人も気付かない程に久しぶりに、心の充足を得た。

 両親に捨てられたあの日から。生きるために仕方なくではなく、今日、初めて勇気を振り絞って行動を起こし物事をやり遂げて、その完遂を見たのだから。



     ◆◇◆



 助けられるかは分からない、とした上で、少女は薬草園で保護された。

 こうして「ネエちゃん」という少女は、治療を受けることになった。

 治療費等に関して、ドミナたちは子供たちに対して、特に何も求めなかった。


 ティトとトゥールキルデは話し合い、貰った銀貨二枚を、子供たちに渡すことに決めた。

 ……正直、それは一時しのぎの措置で、子供たちが何も行動を起こさなければ、いずれ飢えることになる。

 子供たちは、仕事を探すか、自らを捨てた親元に帰るか、身の振り方を考えなければならない。


 親元に帰ることを望んだとしても、すぐに路銀を用立てることが出来るわけでもなし、親が帰って来た自分を受け入れてくれると確約されているわけでもなし――結局は、各々が生業を見つけていくことになるだろう。

 身元保証人もいないという状況では、ロクな職に就ける見込みすら薄いが――どうにかやっていくしかない。



     ◆◇◆



 ――「ネエちゃん」は、そう呼ばれた少女は、薬草園の近くの家屋に匿われ、手当てを受けることになった。


 意識がもうろうとする中、手当てを受けている、という状況だけは把握できた。

 よたよたと歩く女の人が化膿止めの薬を調合してくれて、熊みたいに大きい髭もじゃの男の人が、化膿している足に薬を塗ってくれているのが分かった。

 少女は、二人にお礼を述べようと思った。


「……あ、」


 ありがとう。言葉にならなかった。

 それだけを言おうとしていたのに、自分はこんなにも弱っていたのか。


 自分と一緒に運ばれていた、あの子たちはどうなったのだろう。

 同じく親に売られたあの子たち。皆の中では、自分が一番お姉さんだったから、自分から率先して虐待を受け入れた。

 辛かった。でもあの子たちが、まだ生きていてくれるのなら……。


 少女は、自分の人生を閉じようとした――満足して、とは言い切れないが、ある程度の成果を得た実感を得て、生を終わらせようとした。



 ――それなのに。



「……どうします。この娘は助かりやせんぜ」

「それならば、研究に回す――やはり『アレ』には生餌がいるようだ。ティトをそうしようかと思ったが、トゥールキルデはそれを許さないだろう。あの子をどうしても手放したくない。あの子は必要だ」


 この二人の会話の内容を、少女は理解出来なかった。

 理解出来ないままに、結果として少女の人生は終焉を迎えた。

 おそらくは、直前まで抱いていた充実とはかけ離れた、絶望と共に。

 最後に少女が耳にした言葉は――、


「――おお、かわいそうに」

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