極光騎士団 ドミナ分隊 ④
――翌日、橋の下の家で目覚めたティトとフォスファーは、意気揚々と出発の準備をした。
準備とは言っても、やることは普段通り。
川の水で顔を洗い、川底に沈めた罠に獲物が掛かっていないか確認する。
罠で獲れたのは、小さな川エビと、腹の足しにならなそうな雑魚が少し。
まぁ、いつもの漁果だ。
食いでの無い雑魚は逃がしてやり、ティトの小さな両手に一掬いほどの小エビを、焚き火へと持ち帰る。
少しの油で小エビを炒って、塩をふって味付けをする頃に、トゥールキルデは匂いに釣られて起き出してくる。
「んー……あさ?」
「とっくに朝だよ。あっ、勝手に食べ始めるんじゃない! 先に顔を洗って来てよ、もうっ!」
「うー……」
トゥールキルデは、不満げに唸りながら、ふらふらと川辺へと向かって行った。
朝に弱いやつだ。
横になる時刻はティトと一緒なのに、寝付くのが遅いのだろうか。
ちゃんと眠れてるのかな……と、少し心配になる。
二人と一匹で粗末な朝食を終え、いつものように互いの髪を木のヘアブラシで梳かす。
少し前に「フォスファーの毛をヘアブラシで梳かしてみても良いか」と、トゥールキルデに訊いたことがある。
トゥールキルデが構わないと言ってくれたので、ファオスファーの毛並みを櫛削ってみたのだが……結果としてティトは顔面蒼白になった。
ブラシの隙間が犬の毛でギシギシに詰まって使い物にならなくなり、壊れる寸前だった。危うくトゥールキルデの宝物のヘアブラシを駄目にするところだった。
木のヘアブラシは人間用だから、人間にしか使えない。
ブラッシングされていたフォスファーはご満悦だったが――いずれ彼専用の何かを用意してあげよう……。
そんなことを思いつつ、トゥールキルデの髪を梳かしていた時、
(あれ?)
ティトはふと手を止めて、手元をまじまじと見つめた。
トゥールキルデの髪の根元から一寸くらいが、くすんだ灰色に変わっている。
輝くような、綺麗な銀色の髪だったのに。
でも、成長にともなって髪の毛の色が変わるなんてことは、普通にあることだ。
あるいは、栄養状態が良くないから毛づやが無くなったのかも。放っとくと気に入ったものばかり食べる偏食だし……もし買えたら野菜をいっぱい食べさせよう。
ティトがそんなことを考えて手を止めていると、トゥールキルデは振り向いて「もう髪を梳かしてくれないのか」と言いたげな視線を向けてきた。
「……何でもないよ」
「今日、本当について来る気なの」
「そりゃもう。ドミナさんの許可だって貰ってるんだかんね!」
ティトが歯を見せて笑うと、トゥールキルデは「そう」と言ったきり、前を見て動かなくなった。
今日は、ドミナと約束していた日。
トゥールキルデが何をして銀貨を稼いでいるのか、見せて貰う約束の日――。
◆◇◆
「――よう、今日は来たな。キル公にティト、それにフォスファー!」
相変わらず巨体に似合わぬジョウロを手に、薬草園の草花に水を与えていたベルガは、二人と一匹の姿を目に留めると、気さくに挨拶をしてくれる。
会釈をして奥へと進むと、昨日昼食を摂ったのと同じテーブルで、ドミナがティーカップを片手に書物をめくっていた。清涼ながら苦っぽいような匂いがする茶を、ドミナは眉間にしわを寄せながら飲んでいた。
近付くと、ドミナはすぐにこちらに気付いた。
「おはよう。思ったより早かったな」
「お、おは……、」
「ティトは、トゥールキルデよりも時間に誠実のようだ……朝食は?」
「食べて来たけど……」
挨拶もそこそこに、ドミナは「そうか、ならけっこう」と頷いた。
例の湾曲した剣を腰の後ろに帯び、杖を手に取ると、ドミナは歩き出して、表で植物に水をやっているベルガに声を掛ける。
「ベルガ」
「えっ、もう行くんですかい!?」
「一昨日、トゥールキルデが来なかったから二日遅れている。すでに『出荷』されているかも知れん」
「……。わ、分かりやした!」
ベルガはジョウロを放り投げると、あたふたと薬草園の奥へと走って行く。
程なくして戻って来た彼の手には、柄の長い手斧が一丁。
これは彼の体格に見合ったもので、柄尻から刃まで、ティトの身長くらいの長さがある。
ぎょっとしたティトは、思わず隣のトゥールキルデの手を握ってしまった。
「ん?」
「ご、ごめん。危ないことをするって分かってる、でもあたい、怖くなって……」
「本当はティトに知られたくなかった。でも今は平気。どんなことがあっても、わたしがティトを守るって決めたから」
手を解こうとしたティトの手を、トゥールキルデはより強く握り返してきた。
そして、ドミナに率いられる一行が向かうのは〈影迷街〉の一画――。
◆◇◆
――手順は二択。
一つ。
屈強なベルガが、違法商品の保管場所へと威力偵察を行い、その時点で逃げ出してきた無法者をドミナが一掃する。トゥールキルデはドミナのサポート。
二つ。
ベルガを先頭に全員で保管場所に潜入し、会敵次第に撃破。トゥールキルデはベルガとドミナのサポート。
「えぇ……」
まぁ、子供のトゥールキルデを前線に立たせない辺りに優しさを感じたが……作戦としては、あまりにざっくりとし過ぎではないのか。何より、
「どっちにしろ潜入するなら、昼よりも夜にした方が良くない?」
「こらっ、ティト! ドミナさんには深い考えがあってだなあ、」
「よせベルガ。……夜より昼の方が色々と都合が良いんだ。私の術も、昼の方が『当てやすい』からな」
術? を、当てやすい?
ドミナが何を言っているのかが分からず、ティトは渋面で首を傾げる。
傍らのフォスファーを見やると、特に警戒している様子ではない――当面は気を張っておく必要は無い、ということか。
トゥールキルデはというと、隙を見てフォスファーに触ろうとし、その度に邪険に吠えられ、噛みつかれそうになっては、機敏に避けていた。
(これが片思いっていうものなのかな……)
嫌い嫌い、ばか犬、と罵りながら、ちょっかいを出し続けるトゥールキルデの姿は、まるで、自分の誇りを傷付けまいとしながら相手の好意を引こうとする乙女のようだった。
対して、一貫して彼女の好意を受け付けないフォスファーの態度は、幼い姫の叶わぬ恋を断固として撥ね退ける若き戦士のように、ティトの目には映った。




