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コーリーとアトラファ ⑤

「――頑張って。頑張ってね、コーリーちゃん!」


 両手を胸の前で握り締め、がんばれがんばれと念を送ってくるミオリと、


「……へっ」


 どうなろうと俺の知ったことか、と言わんばかりに、黙々と芋の皮むきをしているマシェル。

 二人に見送られ、コーリーは〈しまふくろう亭〉を出た。



 冒険者ギルドの発祥は、商工ギルドや漁業ギルドに比べて新しい。

 元々は人間同士の戦乱の時代が終わり、食い詰め傭兵たちが野盗と化すのを防ぐために作られた組織が前身である。


 戦場を失った傭兵たちに、自然物の採取・要人や貴重品の護衛・魔獣の討伐などといった仕事を斡旋するため、当時の女王の主導で設置された組織だという。今から百年ほど前の出来事だ。

 長らく「国や州が冒険者を管理する」という体制だったが、イスカルデ双角女王の代でほぼ完全に法整備され、民営化された。それが冒険者ギルドの成り立ちだ。


 コーリーが〈学びの塔〉で習った授業の内容によると、そんなところだった。

 どうすれば冒険者になれるのか。そういうことは教わってない。

 行ってみるしかないのだった。



     ◆◇◆



 冒険者ギルド会館は、南広場に面していた。

 剣と鳥の羽根が交差した意匠の紋章が掲げられた入口をくぐり、ロビーに入る。

 広間の左右の壁際に、掲示板や長机が設置されており、正面に受付がある。

 数人の冒険者と思われる人たちが掲示板をながめていた。


 コーリーは、冒険者といえばまさに戦闘におもむくような剣や盾や兜を装備した物々しい出で立ちの人たちを想像していたのだったが、意外に皆、普段着のような恰好をしていたので少し拍子抜けした。

 人の群れの中にアトラファの姿を探してみたが、見当たらなかった。

 知り合いがいてくれれば心強いのに……と一瞬だけ弱気になった心を奮い立たせ、コーリーは受付に向かった。


 受付には三つ窓口があった。

一番の窓口から順に、靴下を脱いで爪切りをしているごま塩頭のおじさん、休止札、書類整理をしている気弱そうなお兄さん。

コーリーは三番の窓口に並んだ。


「こんにちは」

「いらっしゃい。ご依頼ですか?」


 書類を捌く手を止め、笑顔で応待してくれるお兄さん。

 なかなか好感触な対応だ。胸元の名札にはアイオン・ベルナルと書かれている。


「いえ、依頼ではなくて……その、冒険者になりに来たんです」

「え? ギルドに入りたいってこと? キミが?」

「はい、そうです」


 そう言うと、お兄さん――アイオンは急に笑顔を引っ込め、はあぁっ、とこれ見よがしに大きな溜め息をつくと、書類整理を再開し始める。


 …………あれ?


「……たまにいるんだよね。キミみたいに『冒険者になりたい』って来る子がさ」

「無理なんでしょうか」

「無理ってわけじゃないけど……キミ、いくつ?」

「十四です」

「子供じゃないか。そんな若い身空で冒険者になりたい、なんて言うもんじゃないよ。憧れだけでやっていける世界じゃないんだから。収入は安定しないし、怪我することもあるし、汚い場所に入ったり……親御さんはなんて言ってるの?」


 説教が始まってしまった。

 予想外であった。最悪、入会金が必要だったり、難問の入会試験があったりするところまで予想していたが、まさかこう来るとは。

 だが、説得されるわけには行かない。受付カウンターにぐっと身を乗り出す。


「憧れじゃなくて切実に冒険者になりたいんです!」

「憧れじゃない? あー、両親の仇の入れ墨をした悪漢を追ってるとか、または『俺に会いたきゃ冒険者になりな』と言って去った恩人を探してるとか、そういう系?」

「違います。なんですかそれ。私は、仕事を探したけど見つからず、にっちもさっちも行かなくて、ご飯のためにはどうしても冒険者にならなきゃいけない系です!」

「いや、近い近い……キミ、顔が近いから。まぁ熱意は分かった」


 ふんす、と鼻息も荒く訴えたのが功を奏したのか、アイオンは身を引いて考え始める。まともに取り合ってくれる気になったようだ。もう一押しだ。


「お願いします。明日も明後日も、屋根のある所で眠りたいんです!」

「うーん……何か特技はある?」


 来た。その質問は予想済みだ。


「読み書き算術ができます! あと動物の世話も。馬とか!」

「他には?」


 …………あれ?

 またしても、反応が悪い。


「馬の、他にですか。羊とか、ヤギとか。あっ鶏も」

「いや動物の話じゃなくて、剣や弓だよ。武術を習った経験とか、ある?」

「ありません」

「遺跡や罠の知識は? 地図を描いたことある?」

「ありません」

「……キミ、冒険者に向いてないんじゃないの?」

「えっ」


 アイオンは、憐れむような、それでいて面倒くさそうな表情でコーリーを見ていた。


(これは――上手い断り方を考えている人の顔だ!)


 コーリーは必死に頭を回転させた。

 出来ること出来ること。特技じゃなくても良い。冒険に役立ちそうな、何か……。


「熱意は伝わったよ、でも悪いけど今回は……」

「精霊法が使えます! 風の初級まで!」


 咄嗟に叫ぶと、アイオンが「嘘だろう」と目を丸くした。

 コーリーは、風の初級が驚かれるような優れた技能だと思っていなかった。


〈学びの塔〉において何とか特待生の地位を守ってきたコーリーだったが、精霊法の実技は悩みの種だった。苦手科目だったのである。

 レノラは光の中級を持っていたし、アルネット王女に至っては少なくとも光と火が上級以上だ。


 彼女たちに比べると大したことは無い。

 精霊法だけは平凡な成績で、特技と言えるものではなかったのだが……。

 冒険者業界では貴重な技能なのか、アイオンは食いついてきた。


「なんでそれを先に言わないの。でも本当だろうね。免状はある?」

「ありませんけど……」

「ダメだよ、嘘吐いたら」


 コーリーはむっとした。

 嘘ではない。免状は卒業時に修了している等級に応じて授与されるはずだった。コーリーは退学してしまったので、免状を手にしていない。


「免状が無くても本当です。なんならここで使って見せます」

「そこまで言うなら、見せてもらおうじゃないか」


 アイオンは腕を組み、挑発的に顎を反らして言った。

 どうせ出来やしないとか、出来たとしてもそよ風を起こす程度だろう、と言いたげな顔だ。

 ここはやって見せるしかない。


 失敗すれば確実に追い払われてしまうが、成功すれば大幅加点だ。

 コーリーは授業の内容を思い出す。


 精霊法は「始動鍵」と呼ばれる文言を唱えることで発動する。この文言は定まっているものではなく、術者によって異なり千差万別である。

 始動鍵とは術者のイメージを増幅するものであり、同時に術の暴発を防ぐものでもある。なので、あまり短い文言は始動鍵として用いられない。寝言などでうっかり術が発動したら大変だからだ。


 雑念の多いコーリーは、イメージするのも繊細に制御するのも苦手で、初級検定の時には難儀したものだった。

 あの時と同様、ここも失敗できない場面だ。


 目を閉じ、イメージする。


「――《さかき小さきはやきもの》」


 胸の前に、見えない風の糸を巻き取り、糸玉を作る――。


「《かそけき歌の運び手よ》」


 ヒュウウゥゥ――と風が集まり出すのを感じる。

 これは成功だ。コーリーは確信する。


「《集いてまゆの如くなれ、りて糸の》――」

「わあぁぁっ! もういい! 十分だ!」


 アイオンが叫んだので、コーリーは詠唱を中断した。

 せっかく上手く行ってたのに……と思いつつ目を開けると、紙が床に散乱していた。先ほどからアイオンが整理していた書類だ。

 泣きそうになりながら、アイオンが言う。


「良く分かったよ。その歳で大したものだ」

「えっ、これだけで良いんですか。私、もっと出来ます」

「勘弁してくれ。怒られるのは僕なんだよ……もう」


 一番窓口のごま塩頭のおじさんがジロリとこちらを睨んでいる。

周囲の冒険者たちの注目も集めていた。

 恨みがましい目で見つめてくるアイオンに、コーリーは言ってやった。


「そっちから見せろって言ったくせに……」

「……分かった。悪かったよ。キミは冒険者だ。さっそく登録手続きと行こう……少し待っていてくれ」


 そう言ってアイオンは席を立ち、窓口から続く事務所の奥へと消えていく。

 程なくして戻って来た彼の手には、登録用の書類と思われる紙束と、小さな銅のプレートがあった。


「ここに来たんだから知ってると思うけど、これが冒険者認識票だ。まだキミの名前は刻印されてないから、こっちの書類にサインして」


 そのプレートを見て、コーリーはあれっと思った。


「あの、私が見たことある認識票と違うんですけど。私が見たのは、銀色で、真鍮の枠で縁どりしてあって……」

「ああ、それは『縁あり銀』の認識票だね」

「ふちあり?」


 聞けば、冒険者にも、精霊法の等級と同じような階級があるのだという。下から、


 縁無し銅。縁あり銅。

 縁無し銀。縁あり銀。

 縁無し金。縁あり金。


「キミは新人だから、『縁無し銅』からスタートってわけだね」

「そうなんですか……」


 ということは、アトラファが持っていた「縁あり銀」の認識票は、上から三番目ということになる。


「『縁あり銀』ともなると、やっぱりすごいんでしょうか」

「うん、まぁそこまで行けば、ベテランと言えるだろうね」

「へぇー……」


 あのアトラファが。樽のお風呂に浸かって変な歌を歌っていたアトラファがベテラン冒険者……。そうなのか……。

 ちょっとショックを受けながら、コーリーは渡された書類にサインする。


「出来たかい。見せてみて…………うん、よし」


 アイオンは書類をチェックして不備が無いことを確かめると、一番下の紙を抜き取ってコーリーに手渡した。


「それは仮認識票だ。認識票にキミの名前を刻印するのには時間が掛かるから、引き渡しは明日になる。それまではその仮認識票がキミのギルドでの身分を証明するものになる。もちろん、すぐに依頼を受けることも出来るよ。どうする?」


 コーリーは少し考えた。

 依頼か。魔獣討伐などは実力的に絶対無理だから、採取などの比較的安全そうな依頼をこなすことになるだろう。


 しかし、そのためには採取したものを入れるカゴや袋、ナイフにスコップといった道具が必要になる。それに精霊法があるとはいえ、最低限身を守る武器も欲しい。

 お金、足りるかな……。


「……明日、また来ます。色々と準備したいので」

「そうだね。それが良い。装備を整えるなら、この会館の隣にある道具屋を利用するといいよ。ギルドが運営してる店だから、大抵の物は他より安く手に入るからね」

「そうします。ありがとうございました」


 コーリーは無事に登録を済ませ、ギルド会館を出た。

 なんだかんだいって、アイオンは親切であった。


 彼の勧め通り、会館の隣の道具屋に立ち寄り、アイテムを物色する。

 採取用のリュックサック、ナイフ、スコップ、紐。それに野営することも想定して、薄手の寝袋や鍋、食器類も購入する。


 武器に関しては……剣も槍も弓矢も取り回せないし、何より値段からいって手が出せなかった。コーリーは自分の手に合うグリップの短刀を選んだ。


 清算を済ませると、蜂蜜瓶の中の銅貨が半分以下になってしまった。

 不安を覚えたが、必要経費だ、と自分に言い聞かせた。


〈しまふくろう亭〉に帰る前、アトラファの家に立ち寄った。

 改めてお礼を言いたかったし、冒険者の心得などについても聞いておきたかった。


 しかし呼びかけても返事は無く、ドアには鍵が掛かっていた。

 コーリーは諦め、その場を後にした。



     ◇◆◇



〈しまふくろう亭〉に帰り着いたのは、中天の刻を少し回ってからだった。

 もうお腹もぺこぺこだ。



 ガチャ。かららん。



 店内に入ると、すぐにミオリが気付く。


「いらっしゃ……コーリーちゃん! お帰りなさい!」


 昼時だというのに、店内に客の姿は無い。本当に近所の人が夜に酒を呑みに来るだけのようだ。

経営は大丈夫なんだろうか……。

 駆け寄ってきたミオリが心配そうに尋ねる。


「どうだった? 冒険者に、なれた……?」

「私……」


 コーリーはうつむいた。

 その様子にミオリは悲しそうに眉を下げる。

店の奥で皿を拭きつつ聞き耳を立てていたマシェルも、眉間にしわを寄せてすっと鼻から息を抜いた。

 コーリーは仮認識票を二人の前に突き出し、


「……私、冒険者になりました!」


 弾けるような笑顔で言った。

 それを聞いたミオリはたちまち笑顔になり、ぱちんと両手を打ち鳴らす。


「やったぁ、お祝いね! いいでしょう? 兄さん!」

「……今回だけだからな。ちっ、こっちは残念会だと思ってたんだがな」


 そう言って、マシェルがご馳走を満載したトレイを運んでくる。

 きっと朝から仕込んでくれていたのだろう。

 コーリーは、そのご馳走をお腹いっぱい食べた。



 ――コーリーは、冒険者になった。


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