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コーリーとアトラファ ④

〈しまふくろう亭〉にやってきたコーリーは、気負い無くドアを押し開いた。

 昨夜のリベンジだ、などと身構えなくとも良かった。


昨夜の自分は、本当の自分ではない。職探しが上手く行かなくて弱気になっていたコーリーだ。弱気になって、怖いおじさんに絡まれるのではないかと疑心暗鬼なっていたコーリーだ。

怖そうなおじさんが居なければ、こんなのは、ただのドアだ。


 ガチャ。かららん。


「――オゥ、なンだテメェ。店はまだ準備中だ……用があンなら」


 ……ガチャ。バタン。

 みなまで言わせず、コーリーはドアを閉じた。


 めちゃくちゃ怖そうなおじさんがいた。

 コーリーが今まで遭遇したおじさんたちの比ではなかった。とりあえず、青々と剃り上げた禿頭とギラつく眼光、筋肉質な二の腕を剝き出しにしている時点で怖い。その上、棍棒を手にしており、その頬やシャツに返り血と思しき液体が付着していた。


 状況は分からないが、絶対に関わってはいけない。脱兎の如く駆け去るべし。

 しかし、


 ガチャ。かららん。


 まさに逃げ出そうとしていたコーリーの肩を、開いたドアから伸びた手が掴んだ。


「ぴぃっ!」


 逃げ遅れた。

 恐る恐る振り返ると、そこにはか弱い子ウサギを捻り潰さんと、残忍な笑みを浮かべる男の姿が――ではなく、柔和な微笑みのお姉さんが立っていた。


「ウチはいつでも開店営業中です、お客さま。今のアレは気にしないで。後でよっく言って聞かせますから。〈火吹き蜥蜴亭〉ではなく、ぜひウチをごひいきに…………あら、あなた、さっき水汲み場にいた子じゃない?」


 満点の営業スマイルで、かつ「逃がさん」とばかりに力強くコーリーの肩を掴んだのは、先ほど水汲み場で場所を譲ってくれたお姉さんだった。


 なす術も無く店内に引きずり込まれ、奥のテーブルに座らされる。

 店内には朝から何ともいえない濃厚な良い香りが漂っていた。


 厨房と繋がるカウンターの内側では、さっきの怖いおじさんがモップで床掃除をしている。視線が合うと、ギロリとこちらを見返してくる。コーリーは慌てて目を逸らした。


「気にしないで。一昨日から仕込んでた牛肉の葡萄酒煮込みを床にぶち撒けちゃったもんだから、機嫌が悪いのよ」


 お姉さんが水の入った杯をコーリーの前に置いてくれた。


「私はミオリ。そこの仏頂面は私の兄さんのマシェルよ」

「私、コーリーっていいます」


 挨拶を交わしながら、コーリーは内心で驚愕していた。

 この優しそうなお姉さんと、あの怖いおじさんが兄妹……。

  似てない。仮に父娘だと言われても「お母さん似なんですね」というくらい似てない。

  あぁ、でも世の中には義理の兄妹というのもあるから……。


「……ナニ考えてるか分かるぞ。俺とミオリは実の兄妹だ。似てなくて悪かったな。あと、俺はまだ二十代だ」

「滅相もありませんっ! 何も考えてませんっ!」


 コーリーは思わず起立して謝罪した。

 ミオリが震え上がるコーリーを抱き寄せ、兄を睨む。


「何も言ってないのに、そんなに脅しつけたら可哀想でしょう……こんなに可愛いのに」


 なでなで。頭を撫で繰り回される。

 この人、やっぱりマリナ姉さんと少し似てるな。

 故郷の姉を懐かしく思うコーリーだったが、今は郷愁に浸っている場合ではない。


「あの、宿泊しに来たんですけど」

「なあんだ! やっぱりお客さんじゃない!」


 用件を告げると、ミオリは嬉しそうにぱちんと両手を打ち鳴らした。


「すぐに部屋を用意するわね! 泊まりのお客さんは今のところ一人もいないけど、掃除だけはちゃんと欠かさずにしてあるの」


 客が来たというだけでこの喜びようとは、やはりあまり繁盛していないのでは。「安くて美味しい」とのことだったが、あのアトラファが気に入るということは、かなり変わった店である可能性が有る。

 喜ぶ妹と対照的に、マシェルは胡乱げな眼差しでコーリーを見る。


「オイ、待て……コーリーっつったか。ここらじゃ見かけねえ顔だが、どこの子だ?」

「兄さん? なに言うの」


 マシェルは、ちょっと黙ってろと妹を制すると、


「コーリー、お前、金は持ってるんだろうな。見たとこ連れはいねえようだが、まさか家出か? 金が無えなら部屋は貸せねえし、後で揉め事になるようなら、金を持っててもお断りだ」

「お金は持ってます。仕事を探しに王都に来ました。親はこのことを知ってます……家出じゃありません」


 ちょっとだけ嘘をついた。

 証拠にと、銅貨の詰まった蜂蜜の瓶をテーブルの上に置く。


「仕事が見つかるまで、しばらく部屋を貸してほしいんです。できたら、見つかった後も……やっぱり子供じゃ駄目ですか?」

「兄さんすごい! 長期宿泊のお客さんよ!」

「ミオリ、ちょっと黙ってろ。……仕事を探すっつっても、アテはあるのか? 言っとくがウチは駄目だぞ。人を雇う余裕なんかねえからな」


 問われたコーリーは、まっすぐにマシェルを見て言い放った。


「私、冒険者になろうと思ってます」



     ◇◆◇



「ここがコーリーちゃんの部屋よ」


 と、ミオリが鍵を手渡してくれた。

 冒険者になるつもりだ、と告げた直後、〈しまふくろう亭〉の兄妹は目を丸くした。


 それから、「話にならん、帰れ帰れ」とコーリーを追い出そうとするマシェルをミオリが取りなし、「とにかく一度、冒険者ギルドに行って、無理だったら諦めて田舎に帰る」という約束をさせられた上で、何とか部屋を貸してもらえたのだった。


 宿の二階の奥のその部屋は、ベッドと机、椅子が一脚あるだけの簡素な部屋だったが、陽当たりが良くて過ごし易そうな部屋だった。寮で暮らしていた部屋に似ている。


「ここはウチで一番良い部屋なの。毛布は二枚置いとくわね。だいぶ暖かくなったから大丈夫だと思うけど、寒かったら言ってね」

「はい、ありがとうございます」

「いいのよ。コーリーちゃんはお客さんなんだもの……」


 聞けば、本当に宿泊客はコーリーしか居ないようであった。

 実はこの宿屋は、ミオリの曾祖父母の代から続いた老舗で、兄妹が両親から宿屋を引き継いだ当時まで、宿屋の名前は〈赤かえる亭〉であったという。


 しかし、同じ通りに新しく〈火吹き蜥蜴亭〉という競合店が建ってからというもの、そちらに負けっぱなしなのだそうだ。

 まず店名からして負けている。赤カエルと火吹き蜥蜴では、火吹き蜥蜴の方がいかにも強そうだ。


 そこで思い切って、代々受け継がれた屋号を〈しまふくろう亭〉に変えたのだが、それでも客足は戻らない。今は、昔から宿を支えてくれていた近所の常連さんの温情で、何とか細々と経営を維持している状態だという。


「でも、ご近所さんだと宿泊ってわけにはいかないでしょう。だからコーリーちゃんみたいに泊まってくれるお客さんは久しぶりなの……もちろん料理だって〈火吹き蜥蜴亭〉には負けてないつもりだけど。兄さん、ああ見えて腕はいいの」

「『安くて美味しい』って言われて、私、ここに来たんです」

「本当!? そんな評判になってるんなら、嬉しいなあ」


 癖なのだろうか、ぱちんと両手を合わせて、ミオリは朗らかに笑った。

 安くて美味しくて、笑顔の素敵な看板娘がいるのに流行らないのは、店主であるマシェルが怖いからなんだろうなぁ、とコーリーは思ったが、言わないでおいた……。



     ◆◇◆



 寮を追い出されてから丸一日。

 どうにかこうにか拠点を確保したコーリーは、冒険者ギルドに向かうのに備えて身支度をした。


 ミオリに頼んでお湯を用意してもらい、絞った布で身体を拭いた。

 下着を替え、一張羅に袖を通し、髪を整える。

 生活に余裕が出来たら、鏡を買おう。替えの服も……。

 そのためにもまず、冒険者になる。


「よしっ」


 コーリーは歩き出した。


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