銀の王女と異邦の旅人 ⑳
寮監室には、重苦しい夏の空気が淀んでいた。
ここには誰も居ない。アルネットたち三人の他には誰も。
……窓の向こうから遠く、声が聞こえる。
屋外の運動場で授業をしているのだろう。遠い喧騒が、この部屋の静寂を際立たせる。
――どうしよう。
焦燥が募った。消えてしまったクルネイユ。
レノラに今すぐにでも相談したいが、今は授業中で、報告に行けば間違いなく注目されてしまう。
「クルちゃん……居るの?」
タミアが悲愴さを感じさせる声で、クルネイユの名を呼びながら室内を探し歩く。しかし寮監室はさほど広い部屋でなく、人の気配が無いことも明白だった。
アルネットは拾った縫い針をハンカチに包んでスカートのポケットに入れようとし、止めた。
この縫い針は、ドアを開けたと同時に落ちてきた。
ドアのどこかの金具に挟んであったのが落ちたのだ――侵入した者がいれば後で分かるように。
(……カイユ先生)
改めて、あの寮監のことを不気味に感じた。
鍵を開け放ったまま部屋を留守にし、その一方で、侵入者がいれば分かるように仕掛けを施す……生徒を獲物とした狩りをしているかのようだ。
アルネットは机の上に縫い針を置いた。
部屋を出る時に戻しておこう。
おそらくは、ラッチボルト――ノブを回すと出入りする三角の留め金具――に引っ掛かっていたのだろうと思う。針先が入口を向いていたか、出口を向いていたかは、今や確かめようが無いが。
今は急いで、消えてしまったクルネイユを探さなければならない。
カイユ教師がレノラの動きを察知して、僅かな時間で、何らかの手段を用いてクルネイユを拉致したとすれば……。
ここをいくら探しても無意味なのではないか。
短時間で人を隠せそうな場所は――。
考えるが、何も思いつかない。
アルネットは寮監室の真ん中に立ち尽くした。
「……アル、なんか聞こえる」
傍らに侍っていたエリィが、ちょんちょんとアルネットの制服の袖を引いた。
言われて耳を澄ますが、何も聞こえない。
タミアは、まだクルネイユを呼びながら室内を練り歩いている。
「タミア、少し静かに」
「あっ、あ……はい」
タミアが口をつぐみ、足を止めた。
目を閉じ、もう一度、耳を澄ませてみると――。
――けてです。助けて――……。
どこからか、か細い声が聞こえてきた。
クルネイユの声。普段の彼女からは想像もできない程に弱りきっている。けれど紛れもなくクルネイユの声だった。
タミアが激しく反応する。
「クルちゃん! どこっ?」
「ここ……ここです……もう、ダメ」
今度はよりハッキリと聞こえた。窓だ。窓の外にいる。
三人は窓辺に殺到した。
窓を開け放つと、そこに予想もしない格好のクルネイユがいた。
両手で窓の縁を掴み、ぶら下がっていた。
よほど力を込めているのか、手の爪が真っ白になり、腕はぷるぷる震えていた。
「これは……」
「早く……、引っ張り上げて、です……もうダメ、落ちる……」
三人は、息も絶えそうなクルネイユの両腕を掴み、寮監室の中に引き上げた。
◆◇◆
経緯を聞くと、やはり追跡の途中でクルネイユを追い越してしまっていたらしい。
その後、アルネットたちは女子寮の入口から廊下を通って、寮監室へ。
クルネイユは寮の外周に沿って移動し、寮監室の窓の下へ。
窓からの侵入を試みたものの、窓枠の高さは、ちびのクルネイユが腕をいっぱいに伸ばしてもなお、頭二つぶんほど高かった。
意を決して跳躍、窓枠を掴むことには成功したものの――、
「クルちゃん、けんすい一回も出来ないもんね」
「どうして、けんすい出来ないのに窓から入ろうとしたの……?」
「くるねーゆ、かわいそう」
「うるせーですっ! 正面のドアは鍵が掛かってると思ってたです!」
何にしても、クルネイユは無事だった。
あとは、万が一誰かに見咎められるまえに、この部屋を後にするだけ――のはずだったのだが。
「せっかく忍び込んだのに、何もせずに帰ったら骨折り損じゃねーですか。とりあえず何かないか調べるです」
結局、当初のクルネイユの主張通り、寮監室を家探しする運びとなってしまった。
クルネイユが執務室――廊下から入れる、いわゆる寮監室の捜索。
タミアが続き部屋になっている、寝室を担当。
アルネットは実働の二人を寮監室に立って監督する。
エリィは廊下の気配に注意し、室内の人員に警戒を促す見張り役。
洗練された、立派な盗賊の手口であった。
「……わっわっ、すごい大人っぽい下着見つけちゃった!」
「タミア! えっちぃ下着じゃなくて、何か悪事の証拠を探すです! ……でも、どんなだったか後で教えるです」
クルネイユが執務机の引き出しを下から順に開けながら、タミアに言い返す。
――なんでわたし、こんなアホどもと一緒にいるんだろう。
アルネットは軽い頭痛と眩暈を覚えた。
でも、大人っぽい下着にはちょっと興味がある……。
かぼちゃパンツは卒業するべきかと密かに思っていた。それを笑ったクルネイユは、もっと大人っぽいのを身に着けているんだろう。
やっぱり、わたしも後でタミアに教えてもらおう……。
「――鍵が掛かってる引出しを発見! あやしいです!」
異常に手際よく机を調べていたクルネイユが叫んだ。
確かに怪しいと、アルネットも思った。
部屋の入口の錠は外しておきながら、侵入した者があれば分かるように、針を仕込んでおく。そんな状況で、あからさまに鍵の掛かった引出し。
別の意味で怪しい。
「あのね、クルネイユ……それは罠だと思う」
「んっ、んーっ、開かねーです?」
聞いちゃいないクルネイユは、無警戒に引出しの取っ手を掴んではガタガタと前後上下に揺すっていた。
見かねたアルネットは、クルネイユの肩に手を置いて制止した。
「やめなさい。ちょっとやそっと引っ張って開くはずがないでしょう」
出来心だった。基本的に開けられないように拵えられている鍵付きの引出しが、引っ張って開くわけが無い、という見本をクルネイユに示すつもりだった。
アルネットは引出しの取っ手を掴み、少しばかり強めに引いてみた。
全くびくともしない――はずだった。
ばきっ、めりっ!
派手な破砕音と共に、引き出されてしまった。
クルネイユが目の前で起きた惨事に目を丸くした。
廊下と寝室から、エリィとタミアが覗きこんでいる。皆の注目が集まる中、
「ち、ちがっ……!」
「アル、こわしちゃったの?」
「ど、どうするんですか! 戻せないですよ!」
「すげーです。さすが破壊と暴虐の王女……」
「ちがーう! 壊すつもりだったんじゃない! そう……クルネイユが乱暴にいじってたから、脆くなってたの!」
必死で自己弁護するが、壊れた引出しを元に戻す術は無い。
寮監室に忍び込んだことを隠蔽できなくなってしまった。
誰が忍び込んだかなんて、その時間の授業を欠席した者を調べればすぐにバレてしまう。
アルネットとタミアは青くなったが、クルネイユは飄々としたものだった。エリィは状況を理解していないのかも知れない。
「どってことないです。王女様が味方なら怒られねーんでしょ。それより引出しの中身はなんだろなー、ですっ」
「わくわく」
危機感の欠如した二人が、壊れて外れた引出しの中を覗き込む。
そこには、カイユ教師が行った不正の証拠となる書類ではなく――、
金属で作られた、二つの品があった。
アルネットとタミアも、二人の肩越しにそれを見た。
一つは、美しい黄金色の小さなプレートだった。真鍮の枠で縁取りされ、何か細かい文字が刻印されており、首にかけるための鎖を通してあった。
手に取って読んでみると、カイユ・ラトラウルの姓名と共に、次の文言が刻まれていた。
『――表記の者を、冒険者として認定する。
所属:スカヴィンズ州都・ヴェスタ冒険者ギルド支部。
認識番号:火蛙の二九八 ――――――――』
そしてもう一つは、先の美しい品とは全く違う、くすんだ茶色い鈍色のメダルだった。
歪つな円形で、中心に細長い二等辺三角形の穴がある。
表面には凝った細工が施されていた。針葉樹の葉と、その隙間を埋めるように、十字をかたどった星だろうか――星がたくさん。
それから鈍色のメダルの縁にも何か文字らしきものが刻まれていて――、
リーン――ゴーン――。
「げっ、鐘が鳴っちまったです」
就業の鐘が鳴ると同時に、クルネイユが呻いた。
情報では、カイユ教師はこの次の授業も受け持っているから、この時間も留守にするはず……。
「休み時間にいったん戻って来ないとは限らねーです。休み時間は身を隠して、二回捜索するつもりだったですけど、これじゃ……」
「うっ……わ、わたしのせいじゃないってば」
アルネットが壊してしまった引出しは、もうどうしようもない。
カイユ教師の悪事の証拠を見つけるどころか、申し開きの仕様が無い悪事の証拠を残してしまった。
「今はずらかるしかねーです! 撤収!」
クルネイユの号令の下、アルネットたちは寮監室を後にした。
元はといえばクルネイユが悪いはずなのに、なぜか今、罪悪感でいっぱいなのは、どういうことだろう。
アルネットは苦悩しながら、とにかく走った。
◆◇◆
「まあ、それは――やらかしましたわねぇ」
怒っていないように聞こえる、レノラのおっとりとした口調が救いだった。
放課後、アルネットの部屋。恒例となった作戦会議。
全てを報告した。授業をサボって寮監室に侵入したこと。侵入の証拠を残して来てしまったこと。一方で、寮監の不正については何の証拠も見つけることが出来なかったこと。
レノラ、パンテロを加えた六人が車座に座り、アルネットとタミア、クルネイユは小さくなっていた。
エリィは相変わらず状況を理解していないのか、この沈痛な空気などどこ吹く風。両手で何か平べったい物をもてあそんでいた。
「……エリィさん、それ、何ですの」
「う?」
エリィが手を止めた。
その手にあるものを見て、アルネット、タミアとクルネイユは目を剥いた。
「エリィ? それ、持ってきちゃったの!?」
エリィの手の中にあったもの。それは寮監室で見つけた、あのメダルだった。
どどどど、どうしよう。
大いに狼狽したが、レノラに詳細な説明を求められたため、心を落ち着かせつつ、しどろもどろに説明をする。
「――それで、引出しの中にこのメダルが」
「いや、それはメダルじゃねえよ……刀の鍔だ」
口を挟んだのは、パンテロだった。
パンテロは「ちょっと見せろ」とエリィの手からメダルを受け取ると、それをじっと観た。ひっくり返し、横からも観て、匂いまで嗅いだ。
最後に、愛おしそうにその表面を指で撫でた。
「杉の葉と北天の星の意匠……年代は大して古くない……、これは、極光騎士団の騎士が持ってた刀の鍔だ」
極光騎士団。
双角女王イスカルデが率いた騎士団。イスカルデと共に数多の魔物を滅ぼした。
偉大なる女王の逝去と時を同じくして、散り散りになったという。
後に〈学びの塔〉を創設した、最後の極光騎士クラッグ・トートを除く団員たちの行方はようとして知れない。
彼らが去った後には、伝説だけが残った。
でも、どうしてパンテロは、これが極光騎士団の物だと分かるのだろう。
「イスカルデ様はハーナル州の出身だったじゃないか。杉の葉と星の意匠が極光騎士団の象徴だったのは常識だぜ……イスカルデ様は、なぜか『双角』を騎士団の象徴にはしなかったんだ。その代わりに、故郷ハーナルの杉と星を取り入れたんだぜ」
パンテロはいつになく饒舌だった。
ハーナル人ならそれくらい知っとけよ、と言うパンテロに、タミアは申し訳なさそうに首をすくめ、片やクルネイユは反論した。
「そんなこと知ってるの、パンテロの姉御くらいです。普通知らねーです」
「む、そうか……。とにかく、これは極光騎士団のもんだ。それに刀はハーナルの伝統的な武器だぜ。極光の騎士はみんな刀を持ってたんだ。刀ってのは、アイオリア州のサーベルとは違って、柄がもっと長くて両手で持つ感じで……そうだ、鍔の話だったな。端的に言って鍔ってのは、装飾を兼ねたナックルガードのことだが、これは刀の構造上、柄の中に納まる部分と――」
パンテロの解説は止まらなかった。
目がらんらんと輝いて生気に満ちていた。普段の斜に構えた態度とは全く違っていた。
クルネイユが遠い目をして言う。
「パンテロの姉御は、骨董品みたいな古い武器が大好きです。実家にとんでもない数を蒐集してるです……」
「そ、そうなの」
パンテロが続ける。
「――鍔の材質は様々だが、鉄製の鍔は戦乱の時代に流行る……イスカルデ様の時代なら、この鍔は魔物との戦いを経験してるんだろうな。ただ、この鍔の材質は見たとこ真鍮製だ……凝った装飾を施すために展延性の高い真鍮を使ったのか」
「真鍮製だと何かあるの……?」
「――実用が目的ではなく、騎士団の象徴、ステータスだったんだな。さすがに刀を振り回して魔物とやりあったわけじゃないってことだ。実際どんな風に魔物と戦ってたんだろう。銃か精霊法か……この鍔はそれを見ていたはずなんだよなぁ……」
その時代に思いを馳せるようにパンテロはしみじみと呟き、メダル、いや刀の鍔の鑑賞を続けた。
正直にいってアルネットは、刀の鍔も極光騎士団もどうでも良く、一刻も早く今後のことを相談したかったのだが、このように何かに陶酔しているパンテロを見るのは実に珍しいことで、邪魔するのも憚られるのだった。
やきもきするアルネットに目もくれず、じっくりと刀の鍔を鑑賞するパンテロは、何かに気付いて声を上げた。
「縁に何か書いてあるな……彫金師の仕事じゃない。後からタガネみたいなもので彫りつけたんだ。たぶん持ち主の極光騎士が……ええと、『必ず汝を見つけ出す』」
低く艶のある声が、その言葉を告げた瞬間、アルネットの心臓が小さく跳ねた。
パンテロは刀の鍔を目の高さで水平に持つと、眉根を寄せて目を凝らしながら、くるくると回した。
「縁に書いてあるから、どこが文の始まりなのか分からねえ……。ん……ああ、多分ここから読むんだ」
そして、パンテロはそこに書かれている文章を読み上げた。
曰く、
『――極光の下に集いし騎士、最後の一人になろうとも、必ず汝を見つけ出す。
汝、宝石の蕾を開くもの。
闇を払う、ただ一振りの剣……』
なんのことだか分からんな、とパンテロが続ける。
レノラとタミアも眉をひそめ、エリィはとうに刀の鍔に興味を失くし、お茶請けのジャムとビスケットを無心に齧りまくっていた。
「……ずっと昔に書いたポエムを見知らぬ人に朗読されるって、どういう気持ちなんですかね? その騎士をここに連れて来たいです」
クルネイユは何か酷いことを言っている。
そんな中、アルネットだけは眼を見開いて聞き入っていた。
(――宝石の蕾!)
その言葉の意味を知る者は、この場においてアルネットだけだった。
王家の秘儀。祭具〈宝石の蕾〉に祈りを捧げる――。
なぜ、それを極光騎士団が……いや、イスカルデ前女王もまた王家の秘儀を知る者だった。それを直属の騎士団に明かしたのか――?
「まだ、続きがあるな」
パンテロの声に、思考から引き戻される。
「ええと、『悲しみより強く、愛より得がたきもの』……?」
それで、全部だった。
アルネットたちが生まれるずっと前に刻まれた、誓いの言葉。
『――極光の下に集いし騎士、最後の一人になろうとも、必ず汝を見つけ出す。
汝、宝石の蕾を開くもの。
闇を払う、ただ一振りの剣。
悲しみより強く、愛より得がたきもの――』
アルネットは、傍らでビスケットを齧る従者を見やった。
「汝」とは、エリィのことなのではないか?
エリィは、あの日〈宝石の蕾〉から出てきた。今でもそう信じている。
最後の一人に……最後の極光騎士クラッグ・トート。〈学びの塔〉の学長。
闇を払う剣……必ず見つけ出す。見つけられた時、エリィは何をさせられるのだろう。
わたしは、エリィを守れるだろうか。
◆◇◆
「――イスカルデ様と極光騎士団のことは、一先ず置いておきまして」
レノラが刀の鍔をひょいと取り上げ、パンテロがあっと声を上げた。
「せっかくの戦利品なのですから、利用したいと思いますわ」
「戦利品というか、盗品なんだけど……」
「正直、行き詰ってたんですの。カイユ先生が行った不正を明らかにするには、エリィさんの編入の件にも触れなければいけなくなる。証拠を以って明らかにするためには、それしかない……でも、これを見て思いつきましたの」
刀の鍔を掲げ、レノラは笑顔で言った。
すごく悪い笑顔をしていた。
「証拠を見つけなければならない、ということに囚われてましたわ。罪を明らかにするには、証拠を突きつけることだけが手段ではありませんわ。カイユ先生にとって、大切な物なんでしょうねえ……これ」
「一応、鍵の掛かった引出しに入ってはいたし、パンテロの話だと貴重な物みたいだけど……大切な物だったら持ち歩くんじゃないかしら。そんなに大きくないし」
「まぁ、大切なのかはどうでも良いですわ。要はカイユ先生が『刀の鍔を盗んだ者がいる』と認識してくれさえすれば」
愚行に走るクルネイユを引き留められなかったばかりか、成り行きで手を貸すハメになり、あまつさえ侵入の証拠を残して来てしまった手前、あまり声高に非難することは出来なかったが、レノラが何か企んでいることは分かった。
例えば、その刀の鍔を質に取って罪の自白を迫るとか……そんなことを企んでいる気がする。
「まあ。心外ですわ。『変わった落し物を拾ったのですが、心当たりはありませんか?』と言って面会の約束を取り付けるだけですわ……それにご存じかしら。不法な手段で得た証拠は、効力を持たないそうですわよ」
どうだか、とアルネットは思った。
レノラのこの顔には見覚えがある。例の勝負の前日、食堂で「ケンカを売りに来た」と啖呵を切った時と同じ顔だ。
まんまと乗せられたアルネットは、不利な条件を呑み、レノラの思わく通りに闘志を滾らせ、そして術中に嵌って敗北を喫したのだった。
「また、一芝居打つのね?」
「芝居を観に来た観客を、どうやってカイユ先生から隠すかが悩みどころですけれど」
「……清く明るい生徒会は?」
「全部が無事に終わったら、皆で目指して行きましょう」
レノラは全く悪びれもせず、淀みなく答えた。
すでに頭の中では作戦が進行中らしい。敵に回すとこの上なく厄介だが、味方にすれば頼もしい――と思いたいが、カイユ先生は子供のアルネットと違い、人生経験も豊富な大人だ。彼女に策は通用するのだろうか。
心配をよそに、レノラはパンテロに向けて刀の鍔を振って見せた。
「というわけで、これはカイユ先生に返しますわ。『欲しい』とか思ってませんわよね、パンテロ?」
「……。思ってねえよ」
パンテロはむっつりとそっぽを向いたが、その視線は横目で刀の鍔に注がれていた。
自分の物にしたいとは思ってないけれど、せめてもっとじっくり鑑賞したい、くらいには感じているのだろう。
刀の鍔を寮監室から持ち出した当のエリィは、ビスケットの最後の一枚をクルネイユと奪い合っている。
タミアが溜め息と共に、自分の分のビスケットを二人に提供して場をおさめた。




