銀の王女と異邦の旅人 ⑦
アルネットは、走った。
女子寮全体の空気が、一気に自分に対する敵意へと傾いた本当の理由が分かった。
アルネットと揉めた生徒が、それだけで退学になったからだ。
コーリー・トマソン。彼女は数日前、アルネットとやりあった。
寮生同士のいざこざ。しかし、客観的に見ればアルネットに非がある。
経緯はどうあれ、ドアを破壊して押し入るという暴力に訴えたからだ。
なのに、アルネットはお咎め無しで、コーリーは退学させられた。
だから、レノラをはじめとする寮生は憤ったのだ。
破壊と暴虐の王女がついにやった。権力にものを言わせて、目障りな生徒を学院から追放した。過去も将来も奪われた、可哀想なコーリー・トマソン。
それが、現在の女子寮の総意。
けれど違う。それは真実ではない。
確かに暴力を用いて、諸々の問題を解決しようとした。それを後悔している。
でも、でも……王家の権力でコーリー・トマソンを退学に追い込むなんてことはしていない。絶対にしていないし、望んだことも無い。
過ちを犯したとしても、それはアルネット個人のものだ。王家は関係ない……。
◆◇◆
昇降口前の掲示板。
まさに職員が掲示物を貼り変えようとしているところだった。
そこに駆け込んだアルネットは、叫んだ。
「待って! まだ剥がさないで!」
「えっ……あの」
目を白黒させる職員をよそに、アルネットは勢いよくばんっ! と掲示板に手をついた。
情報を共有する友人も居ないのだから、普段は掲示板を良く見ていた。
でも、ここ数日は考え事が多すぎて怠っていたのだった。
そして今、貼り出されている文書には、たしかにこうあった。
『――下記の者を退学処分とする。
三年生 コーリー・トマソン
アーベルティナ歴十九年 五の月二週 銀兎の日
学長クラッグ・トート 』
ぐらり、と地面が傾いだ気がした。
退学……一人の生徒が退学。それがアルネットのせいにされている。
わたしはそんなこと命じていない。望んでもいない。
誰かが……わたしを悪者に仕立て上げようとしている。もしかして、ずっと前から……?
けれど、嫌がらせグループがそんなことを成し遂げられるものだろうか。どれだけ大規模なグループでも、所詮は女子寮内だけの、生徒だけの組織のはずだ。
学長の承認を得られるほどの大きな影響力でなければ……。
アルネットは、大きく不気味な潮流の存在を、おぼろげに感じ取った。
(……どうして、こんなことに)
もはや、一人で奮闘しようとも、太刀打ちできない事態が動いているのではあるまいか。
そして、コーリー・トマソンは何処に……。
アルネットは、途方に暮れた。
◆◇◆
――エリィ・ルキノが、アルネット自身は覚えの無い『アルネット王女の推薦』により、〈学びの塔〉に編入してきたのは、その翌々週の出来事だった。




