メドゥーサ ②
ゆったりと蹄の音を響かせながら、荒野に敷かれた街道を東へと進む一行だったが、件の魔物に出くわすことは無かった。旅の指揮を執るクラッグ・トートが「旅程は遅れるが、魔物が出没したとされる地域は迂回しよう」と言い出したからだった。
皆は大いに賛成したが、そうするのだったら初めから護衛団を連れて来ても良かったのでは……サーリアがそう問い正すと、クラッグ・トートはしどろもどろに言い訳を始める。
「ん……、まぁ連れて来ても本当は良かったんだけど、ネ?」
「ふざけないで下さい」
「正直に言うと、俺は諸事情があって州都アウスタに入りたいんだよ。入国審査が楽になるかもって腹積りもあって、『アイン・アイオリア』の家名を持つ弟子のアルネストを連れて来た。カイユは……入国には関係ないけど思いがけない拾い物だったな」
「トート卿、貴方は通常だと州都アウスタに入れない身分なのですか?」
そんなはずはないでしょう、とサーリアは問い詰める。
亡き女王イスカルデの私設騎士団であった〈極光騎士団〉。その幹部であった男が、まるで流罪者の如く、アイオリア州の都アウスタに入れないなど……。
しかしクラッグ・トートは、更におどけるように言い逃れる。
「そうなんだ、サーリアさん。イスカルデは――というか俺たち極光騎士団は――アイオリアの妖怪ババアに滅茶苦茶に嫌われてるんだよ。あのクソババア、考え方が前時代的で視野狭窄で、そのくせ権力と実行力だけはあるから、俺が普通にアウスタに滞在しようと思ったら、どんな嫌がらせを受けるか分かったもんじゃない」
「ようかい……ババア、ですか?」
「そうだよ。もっと大きな声で言ってやれサーリアさん。アイオリアに古くから君臨する妖怪ババア――オブシディアナ・アイン・アイオリア!」
「オブシディアナ……さま」
サーリアはその名の響きを反芻しつつ、首を傾げる。
その名前に心当たりがあったのだろう。前方で聞き耳を立てているわたしには、全く聞き覚えの無い名前だったが。
サーリアは、クラッグ・トートに対して疑問を呈する。
「オブシディアナさまというお方は、相当ご高齢とは伺っておりますが、イスカルデ陛下と並ぶ女傑でございましょう。スカヴィンズ州に巣食っていた奴隷売買の根絶と、それに向けた法整備に、イスカルデ陛下と手に手を取り合って邁進されたのが、あのお方と存じておりますが……」
その問いを受けて、クラッグ・トートはがりがりと頬を掻いた。
「世間ではそうなってるけど事実は違うんだよ。あのババアこそが最後まで奴隷制の廃止に抵抗したんだ。でも、もう情勢が覆らないとこまで来たら、手の平返しで正義の味方の仲間入りさ。本音は腹にしまい込んでな! ……俺たち極光騎士はあのババアが大嫌いだが、ババアも同じくらい俺たちを憎んでる……」
「失礼ですが、思い込みとか被害妄想では?」
「……『警告はした』って既成事実を作りたかったのさ。いいかサーリアさん」
クラッグ・トートが言うことには――、
他人の悪口を言うやつは、善人ではなく底が知れているやつだ。
他人の悪口を言わないやつは、ちょっと底知れないが、おそらく善人ではない。
他人に興味を示さないやつは、よほどでなければ関わらん方が良い。何されるか分からん……そもそも他人を信じるな。それが俺が人生で学んだことだ。
「ごめんなさいトート卿……ご自分の人生を振り返って、悲しくならないのですか?」
「何言ってんだサーリアさん、当たり前だろ、悲しかったことばっかりさ! ……覚えててほしいのは『オブシディアナは他人の悪口を言わない』ってことだよ。でもそれは善意じゃないんだ。あのババアの言葉を一切合財、信じないでほしい――」
◆◇◆
「――ねぇねぇ、聞いた?」
「………………」
せっかく話し掛けたのに、ネスの機嫌が直ってなかった。
無視されて逆に腹を立てたわたしは、馬上から身を乗り出して、ネスの髪をわしゃわしゃと掻き乱した。
迷惑そうにこちらを見上げてくるネスの仏頂面を見下ろし、わたしはいくばくかの幸福感を得る。仲良い年下の女の子が反抗してるみたいで可愛い……本当は全く仲良くないけど。たぶん、ネスにとってはわたしは敵対者だけど……ついでに「仲好い年下の女の子」がわたしの妄想に過ぎないけど。
わたしの中で「ネスは実は女の子なのでは」という可能性を捨て切れていない。
いっちょもう一回、探りをかけてやろう。
「ネスも『アイン・アイオリア』なんでしょ? 本当は貴公子だったの?」
「そんなわけないだろ。オブシディアナさまには沢山の子供や孫がいるんだ。今は誰とも結婚してないはずだけど、今までの夫は十二人とか……」
「ほわぁ! 十二人!」
思わず声が出た。すでにご高齢のようだけど生涯で十二人と結婚! わたしは許されるなら誰とも結婚など御免こうむるというのに!
しかも子供を沢山産んで、一族を繁栄させたんだ……素直に偉いと思う。
先代女王のイスカルデさまは、政策や魔物への対処で民に貢献したけれど、世継ぎを残さなかった。
だからわたしが女王候補なんかに……と思っていると、ネスが続ける。
「『アイン』はオブシディアナさまの血筋に近くて、優秀な働きをした一族に与えられる称号なんだってさ……それを授与するのは、オブシディアナさま」
それはナザルスケトルの正統な女王が授与する称号ではない。
アイオリア州の中枢に長年君臨している女王気取りが勝手にやっているだけ。
それを早くにネスが気付けたのは、クラッグ・トートに旅に連れ出して貰ったからだという。弟子になって、アイオリアの外を見て歩けたから……「自分の故郷が他と比べて特殊だ」ということに気付いた。先生は変な男だけど、その点は彼に師事して良かったと思っていると。
ちょっと良い思い出みたいに言っているが――、
「待って待って。それってクラッグ・トートだけから受けた『教育』でしょ。アイオリアの教育だけ受けたのと何が違うの」
「いや、それを言ったらお前は箱入りお嬢さんだろ。何が違うんだ」
それはそうか。何も違わない。
少しの間、口をつぐんでいるとネスが「別にさ、」と続けた。
「故郷が嫌いってわけじゃない……ただ先生に出会って、冒険者に憧れて、気付いたらこうなってた」
「冒険者になるとヒゲも生えなくなって、女の子みたいになっちゃうってコト?」
「なんでそうなるんだよ。お前……『話が通じない、会話できない』って誰かに言われたこと無いか?」
「? サーリアには結構……頻繁に言われてる気がするけど」
何の気もなく受け答えすると、ネスは呆然とわたしを見上げ「そうか。そうなんだろうな」と一人で納得していた。
何となく腹が立ったわたしは――、
「ネスこそ、会う人会う人に、女だって間違われてるんじゃないの!?」
「そんなわけあるか」
「嘘吐き! 男だっていうなら、証拠を見せなさいよ!」
「証拠ぉ?」
ネスは心から面倒くさそうに、馬上のわたしを見上げる。
睨み合っていても、可愛い生意気そうな女の子にしか見えない。
だって、こうして話していても声変わりしてないんじゃないかってくらい声が高いし、身長はわたしより低いし、近付くとなんか良い匂いもする。
でも胸部はつるぺたーんとしている……。本当にどっちなんだ。
あと、わたしの頭がおかしいのは認めるけど、顔と身体だけは良いから許されると思っている。




