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コーリーとアトラファ ①

「……ぐすっ」


 コーリーは泣いていた。

 退学処分の通知を受けてから一日。

 取り急ぎ纏められるだけの荷物と共に、コーリーは部屋を追われた。


 早朝の校門である。


「王女の前で粗相をしたのですって? 退学も致し方ありませんわねえ……」

「してないっ! 乙女として、断じてしてないっ!」

「知ってます。王女哨戒委員の子を匿ったのでしょう。まぁ、災難でしたわねぇ」


 頬に手を当てて、おっとりと呟いているのは同期生のレノラだ。

 かつて、玉葱を食堂に取り戻すために共に戦った戦友の一人でもある。


「……他人事みたいに言ってるけど、レノラだって目を付けられてるかも知れないんだからねっ! あのワガママ王女に! 玉葱闘士として!」

「玉葱闘士……? ……わたくしは大丈夫ですわ。あの王女殿下は、直接刃向ってきた者には容赦ないですけれど、それ以外には無頓着だと思うのです。現に玉葱の件では誰もお咎めを受けませんでした。わたくし達のことなんて、それこそ、みんな同じ玉葱くらいに見えてるのですわ、きっと」


 直接顔を突き合わせた自分が馬鹿だったということか。しかし、今回はアルネット殿下の方から部屋に乗り込んできた。関わらずにはいられなかった。結局、王女の怒りを買って《学びの塔》から追放されるのが自分の運命だったのだろうか……。


 コーリーの部屋には、すぐに外部からの編入生が移り住むらしい。王女の側近となるべき人物だという。アルネット王女は女子寮での権力を揺るぎないものにしつつあった。


「まぁ、そんなに気を落とさずに。すぐに戻って来れますわよ。わたくし、この件に関しては楽観してますのよ」

「なんで? 私、退学だよ? もう会えなくなるかもなんだよ? 寮のみんなにもお別れを言いたかったのに……」

「その皆さんなら、今頃は教務員室に直談判中ですわ。貴女の退学取り消しを求めて。そういうわけで、お見送りはわたくし一人なんですの……ふわぁ」


 コーリー以外に誰も見ていないと思ってか、口に手を当てて大きな欠伸をするレノラ。

 戦友が退学処分を受けたというのに、それが大した事件ではないと思っているようだ。


 確かに寮の皆がコーリーのために退学取り消しを訴えに行ってくれている、というのは有難いことだが、だからといって、一度下された裁定を覆すのは困難なのではないだろうか。


「カイユ先生だって、一度はクビを言い渡されて泣いてましたけれど、ほとぼりが冷めて王女殿下のご機嫌が直ったら何事も無く復職されたではありませんか。他にも被害者は多数おりますけれど、幸いなことに全員無事だそうですわ。王女殿下のお怒りを鎮めるために、いちおう処分という形式を取らざるを得ないみたいですけれど。ようは『いつものこと』らしいですわ」


 もっとも、とレノラは言い添えた。


「復学にあたっては、王女に逆らわないという旨の念書を書かせられるようですけど」

「カイユ先生、そんなことになってたのか。だから泣いてたのか……」

「そんなわけですので、今回は蜂にでも刺されたと思って現実を受け入れて、あとはまぁ……ちょっと長めの休暇を満喫することですわ。ご実家にもずっと帰っていないんでしょう? いい機会ですから、お父様と和解なさったらいかが」


 レノラは、コーリーが親に進学を反対されていたことを知っている。ついでに実家の援助を受けておらず、万年貧乏であることも。

 しかし、帰省という選択肢は無かった。


 のこのこと家に帰ったりしたら父の叱責が待っている。何よりも「それ見たことか。やはりお前には無理だったんだ」というようなこと言われるに違いない。それがたまらなく悔しい。

 出産を間近に控えた姉の顔を一目見たい気持ちもあるが、それ以上に父に対して負けを認めるのが嫌だという気持ちが強い。家に帰るのは学業を修めて身を立ててからだ。そう決めていた。


「家には帰らずに、住み込みで働ける場所を探すつもり……皆にはお礼を言っておいて」


 退学が取り消しになるかも知れない。でも寮に空き部屋が無ければ、復学は何ヶ月も先になるかも知れない。コーリーの部屋に入れ替わりで住むことになる側近とやらを、アルネット王女は手放さないだろうし。問題は復学できるまでの間に住む場所だ。ほぼ一文無しなのだが、それでも何とかしなくては……。


 思いを巡らす友人をしばし見つめていたレノラが、ふっと息を吐いた。


「そう言うだろうとも思っていましたわ……はい、これを」

「? ……わっ、重い!」


 レノラがぽんと手渡してきたもの。それは蜜蜂の絵のラベルが貼られた、一抱えもあるガラス瓶だった。しかし重さが尋常ではない。危うく取り落としそうになる。


「危ないですわねぇ。気を付けてくださいまし」

「こんなのどこに持ってたの……?」

「ふふっ。淑女のたしなみですわ……それより、落とさないでくださいね。わたくしたちの真心が詰まっているのですから」


 言われて、腕の中にある瓶に視線を落とすと、ガラス越しにぴかぴかと光っているのは蜂蜜ではなく、音も出ないくらいぎっちりと詰まった銅貨だった。

 コーリーは目を見開く。


「どうしたの、これ」

「わたくしたち、玉葱闘士一同からの戦友への餞別ですわ。昨日の今日で集めるのが大変だったんですよ?」

「……っ。…………そっか」


 有難くて、言葉が出なかった。


 コーリーは寮生の中でも格別に貧乏だったが、他の皆が不自由なく現金を持っていたわけではない。仕送りがあるとはいえ必要最低限の金額だ。文具や参考書を買ったりすればほとんど残らない。普段は少しずつ節約して安息日に街で羽根を伸ばすために貯金している子もいた。大切なお金だったはずだ。


 よく見れば、このガラス瓶に貼られたラベルにも見覚えがある。

 昨年の秋口、レノラの実家から、その年領地で収穫されたものだといって送られてきた蜂蜜の瓶だ。レノラは善意から皆に分け与えてくれたのだが、常日頃から甘味に飢えていたコーリーたちは、あっという間に瓶の中身を舐めつくしてしまい、温厚なレノラを激怒させたのだった。


 しばらく口も利いてくれなくなったレノラにゆるしを乞うため、友人たちと作戦を練ったり実行したり……振り返ればほんの少し前の出来事なのに、懐かしいと感じる。


「先ほども言った通り、わたくしは楽観してますのよ。コーリーはすぐに帰って来れます。そうなるように、わたくしたちは頑張ります。だから…………コーリーも、頑張って」

「うん。…………うん!」


 コーリーは力強く頷いた。

 頑張ろう。


 レノラ。素晴らしい仲間たち。

 きっと近い未来、彼女たちと、もう一度この場所で。

 あの懐かしくも眩しい、学びの日々をとりもどせるように、頑張ろう――。



   ◇◆◇



 ――ゴォーン――ゴォーン。

 晩の刻を告げる鐘の音が、街に鳴り響いていた。


 川の水面はきらきらと夕日を反射しており、晩の刻にはまだ少し早いと思われたが、今日の鳴鐘係がせっかちな人なのだろう。


 コーリーは石橋の欄干にもたれ、流れゆく川面をぼぉーっと眺めていた。

 より正確にいうと、途方に暮れていた。


 レノラとの涙の別れ。必ず戻ってくると決意を胸に校門を出たまでは良かったが、これから先、どうやって食い扶持を稼いだものか、コーリーには見当も付かなかった。


 選り好みさえしなければ働き口くらい、いくらでもあるだろうと考えていた。

貴族や商人の家の使用人になるつもりだった。〈学びの塔〉の学友からは、そうした人材はいつでも不足していると聞いていた。住み込みで働いている者も多いとも。


 雨風をしのげる屋根と壁を提供してもらえるなら、多少は劣悪な環境であっても文句は言うまい。一生そこで働くわけではない。〈学びの塔〉に帰るまでの間だけ、労働力と引き換えに一時の住まいを貸してもらおう……そんな風に考えていた。


 コーリーの考えは甘かった。

 そんな心構えで渡って行けるほど世の中は甘くなかった。


 商工ギルドの職業斡旋窓口で、住み込みの使用人になるためには、紹介状が必須なのだということを初めて知った。「どれだけ仕事が出来るか分からない、経歴も分からない、ひょっとすると犯罪者かも知れない他人」を家に住まわせる貴族も商人もいない。


 説明されると実によく納得できる、当たり前の話だった。


 友人たちの実家なら……と考え、すぐに却下した。彼女たちは遠く実家を離れて寮住まいしている子がほとんどだ。王都に実家がある子に世話になったとしても、それが彼女たちの家での立場に悪影響を及ぼすかもしれない。王都の貴族の家の生まれでも、年上の兄弟がいる子が多かった。


〈学びの塔〉は先進的で自由な校風だが歴史が浅く、特に格式を重んじる貴族の跡継ぎの教育の場としては好まれていなかった。結果として貴族の末弟らが集う場となる。


 ともあれ、使用人にはなれないとなると、住み込みという条件で働ける職種は絞られた。

 残ったのは、細工や刺繍の職人の徒弟である。これは考えるまでもなく駄目だな、と諦めた。どこの世界に「数ヶ月で辞めるつもりですけど、弟子として置いてください」と言われて「うむ分かった」と承諾する職人がいるだろうか。いるわけが無い。



 行き詰った。

 故に、コーリーは途方に暮れていた。何時間も。



 ゴォーン――という鐘の音と共に、コーリーのお腹がぐうぅっきゅるると鳴った。

 朝、校門を出てから何も食べていなかった。瓶に詰まったお金はあるが、これをその日の内から使ってしまうのは気が引けた。もっと、本当にどうしようも無いくらい困窮したら頼りにしようと思っていた。だが……。


 晩の刻の鐘が鳴り、辺りの家々で夕餉の支度が始まっていた。

 どこからか、ミルクとチーズを使ったシチューの香りが漂ってくる。あっちの路地からは、香ばしく焼いた肉と香辛料の匂い。


 ぐぅっ、ぐきゅるるるる。またお腹が鳴った。耐えられない……。


 コーリーは橋を離れると、南の広場を目指して歩き始めた。

 広場は、橋を渡るとすぐ目の前だった。


 もっと早い時間なら、ここは多くの食べ物の屋台で賑わっている。だが晩の鐘が鳴った現在の時刻では、皆が手早く店じまいしたのだろう。今、広場はがらんとしており、まばらに見える屋台も、今日はもう終わりですよ、とばかりにテキパキと片付けをしている最中だった。


 その中でも、日没まで客を引こうと頑張っているのか、単に手際が悪くて片付けられないのかは分からなかったが、まだ良い匂いを振りまいている店があった。その店を目敏く見つけたコーリーは、一直線にその店に駆け寄った。


「すみませんっ! まだやってますかっ?」

「うん? もう閉めるとこだったんだが……」


 糸のような細い目をしたふくぶくしい店主が、のっそりとコーリーを見た。


「うん、まぁ良いよ。残り物しかないけど。ソーセージで良いかい?」

「は、はい」

「じゃ、ちょっと待っててね」


 そう言うと店主は、熱した鉄板の上に油を引き、小麦粉と蕎麦粉を合わせた黒っぽい生地を薄く広げた。

たちまち香ばしい匂いが立ち、コーリーはごくりとつばを飲み込む。

 やがて焼きあがったガレットに、あらかじめ茹でて置いたのであろうソーセージを挟み、元は新聞紙と思しき紙で包む。


「はいっ、お待ちどお!」

「ありがとうございます!」


 瓶の中から銅貨二枚を取り出して支払うと、あつあつのガレットを店主から受け取った。



 どこで食べようか。温かい内がいい。

 鐘の音はもう聞こえない。辺りもすでに薄暗くなっている。

 先に泊まる場所を探すべきだったが、空腹に耐えきれなかった。コーリーは広場の中央にあるブロンズ像の下に腰を下ろした。


 見上げると、やけに身体のラインにフィットした鎧を身に着け、指揮杖を勇ましく南門の方向に突き付けた女性の銅像がある。イスカルデ双角女王の像だ。同じような像が街に点在する各広場に設置されており、指揮杖で最寄りの門を指し示している。

 逆に、彼女の背中側を辿って行けば、いつか王城に到着する。


 彼女は、自ら率いた軍と共に「魔王」なる強力な魔獣を討伐し、その後は王都で内政を整えた。そして、かつて倒した魔王の棲み家へ調査に赴いた道中、病を得て生命を落としたという。その統治は短かったが、成した功績の大きさから、こうして像を設置されるほど敬われている。


 双角女王の名の通り、イスカルデには二本の角が生えていたという。銅像にも、頭部の形に添うように優雅に湾曲した角がかたどられている。まぁ、偉人伝には付き物の創作であろう。イスカルデが偉大な女王であったことは疑いないが、角の生えた人間はいない。


 その偉大な女王の足元で、コーリーはガレットを齧った。

 美味しい。お腹が減っているためだけじゃない。頬張ると、蕎麦粉の風味が口いっぱいに広がり、ソーセージの皮が歯の間でぱりっと弾ける。茹でたてならもっと美味しいに違いない。


 コーリーは夢中で食べ終えると、像の足元からそっと立ち上がった。

 今や、広場は昼間の賑わいが嘘のように静まっていた。かわりに、広場を中心にして蜘蛛の巣のように広がっている路地に明かりが灯り、客引きや酒飲みたちの声が入り混じった喧騒が遠く聞こえてくる。


 コーリーは銅貨が詰まった瓶を外套で包むと、小さな手提げ鞄と一緒に両手で抱きしめた。足早に広場を抜け、もう一つ橋を越える。


 喧騒から離れ、石畳を踏む自分の足音だけになった所で、ようやく足を止めて息を吐く。

 周囲に人影は無かった。

 南門がある城壁周辺は、陽当たりが悪いので、民家はほとんど無い。先ほどの広場周辺とは違って明かりも無い。門番の詰所と思しき小屋の前に、篝火が焚かれているのみだ。


 あてもなく「学びの塔」がある北市街から離れる方向――平民向けの商店や住宅が立ち並ぶ南市街へ歩いてきたが、気が付くと闇夜に黒々とそびえる城壁が目の前まで迫っていた。


 城壁の外にも街が広がっていることは知っているが、そこは内側よりも治安が悪いとも聞く。実際にどうなのかは分からない。三年前に入学試験と入寮の際、合わせて二回だけ交易馬車に揺られながら通り過ぎたことがあるだけだ。

 まだ晩の刻を過ぎたばかり、門番に話せば通用口を開けてもらえるかも知れないが……。


 ……戻ろう。

 コーリーは荷物を抱く両手にぎゅっと力を込めると、来た道を引き返し始めた。



 元いた橋のたもとまで来ると、賑やかな夜の街の喧騒が戻ってきた。

 先ほどガレットを食べたばかりだというのに、早くもお腹が空き始めている気がする。中途半端に食事を摂ったせいで、胃が活発になっているのだ。


 いい加減に、今夜の宿を決めなければならない。

 あの喧騒の中に分け入り、なるべく安くて良さそうな宿屋のドアを開けて、真っ直ぐカウンターまで歩き、店主か従業員に「一晩泊まりたい」と伝えるだけ。簡単だ。


「よしっ」


 コーリーは気合を入れた。

 意を決して路地に踏み入ると、まず、屋台とそこにたむろする男たちが目に入った。全員がたくましい二の腕を晒したおじさんで、木箱やバケツなどを椅子代わりにして、思い思いにジョッキを傾けている。


 お酒と何かの串焼きを供する屋台らしく、おじさんたちの足元には食べ終わった串が無数に散らばっていた。あの集団の中に混ざる勇気は無い。美味しそうな匂いに後ろ髪を引かれつつ、コーリーは屋台を通り過ぎた。


「宿屋……宿屋はどこ」


 安くて良さそうな店を探すどころか、どれが宿泊施設なのかすら分からない。

 看板を見ても、「火吹き蜥蜴亭」とか「しまふくろう亭」で、料理屋なのか宿屋なのか判然としない店名ばかりだった。

 分かりやすく「○○の宿屋」のような店名にしてもらわないと、一見さんが困るではないか。


 いや待て、思い返すと故郷の村に一店だけあった酒場も、たしか名前は「大熊亭」だった。そして一階は酒場、二階は宿屋だったはず。


 幼い頃――といっても数年前だが、母や姉に手を引かれ、酔っぱらった父を迎えに行ったことを思い出す。村の酒場の客は顔見知りばかりだったし、果物や焼き菓子をもらえることがあったので、今のような不安は全く無かったが。


 きっと村の酒場と同じで、酒場と宿屋を兼業しているのだ。

 そうと分かれば話は早い。


 コーリーは「しまふくろう亭」の前に立った。「火吹き蜥蜴亭」よりも「しまふくろう亭」の方は佇まいがボロっちく、繁盛していないように見え、つまりは料金が安そうだったからだ。


 やるべきこと。まずドアを開ける。

 酔っぱらいと視線を合わせずに素早くカウンターへ。

 店員に「泊まりたい」と言う……完璧だ。


 おっと、宿泊料を先に求められるかもしれない。支払いにもたつかないよう、あらかじめ銅貨を用意しておかなければ。

 ……よし、今度こそ完璧だ。


「いざ……!」


 店内へ入ろうと、ドアに手を掛けようとしたが、その手は空を切った。


 ガチャ。かららん。


 ドアが内側に開かれ、勢い余って前方に転びそうになったコーリーの身体は、弾力のある壁のようなものに弾かれた。尻餅をつきそうになるのを何とか堪えて、自分を弾き飛ばした壁を見上げると、


「なんだぁ? ガキかぁ?……こんな時間に。ヒック」


 赤ら顔で髭面、太鼓腹の大男がそこに立っていた。むわっと酒の臭いがする。

 虚を突かれたコーリーは、驚きのあまり「ぴっ」と変な声で鳴いた。

 大男が立ち止ったせいで、後ろがつっかえたのだろう。大男の背後で、彼の連れらしき男たちが、なんだどうした、と騒ぎ始める。


「あぁ、なんかガキがよぉ」

「すみませんでしたそれでは失礼しますっ!」


 電光石火で頭を下げると、コーリーは小走り並みの高速歩行で、スタタタと歩み去ろうとした。


「あっ、おい! おめぇ、」


 見咎めた大男の声が背中に掛かった瞬間、コーリーは全力疾走にシフトした。

 振り返りもせずに路地を駆け、より細く暗い横道を見つけると、直角に近いカーブを切って横道に飛び込む。野生の小動物の動きに似ていた。


 後に残された大男の目には、巻き上げられた砂埃だけが映っていた。それもすぐにおさまり、そこに少女がいた痕跡は完全に消え去ってしまった。


「……ガキなんていねえじゃねーか」

「いたんだって! 女のガキがよぉ」

「呑み過ぎて幻でも見たのか? しかも女のガキの幻かよ……カミさんとうまく行ってねえからって、お前」

「うるっせぇ! カカァのことは言うな! 呑み直すぞ!」

「まぁだ呑むのかよ。付き合うけどよ……」


 そうして、男たちは再び酒場の中へと消えて行った。


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