タミアとクルネイユ ⑥
コーリーのような平民の子は、まぁ……読み書きくらいは出来たほうが良いと考える親がほとんどなので、地元の塾などに通わされる。
〈学びの塔〉のような、試験を受けて合格すれば、貴族も平民も区別なく受け入れという学び舎は類を見ない。
貴族の子が入る学院は、各州によって教育方針も違っているが――。
愛国心を育てるという趣旨の授業を施すというのは、どの州も似通っていて、貴族の子供は、五、六歳くらいになると州の学院に入れられる。
「ウチらはあんまり熱心な生徒じゃなかったかもです……」
「うん?」
「パンテロ先輩はあんな感じじゃないですか。小さい頃からそうで……ウチとクルちゃんは、パンテロ先輩にべったりでしたから。……不良? じゃないですけど周囲から浮いてたような気がします」
幼年期からずっと三人でいて、パンテロは美貌の持ち主だから目立っていたそうだ。
当時のクルネイユはおとなしい性格だったようなので、艶やかな黒髪、小柄な体格と相まってパンテロの横に居てもつり合いが取れる美少女であったのだとか。
そんな二人の仲に混ざってしまって良いのだろうか、というのがその頃のタミアの悩みだった。同年代の子と比べると背が高くて、長い髪は似合わないから短くしていた。
「ずっとそうしていたから、クルちゃんはウチのこと男の子だと思ってたんです……それに、たぶんウチのこと好きだったんです」
「……これホントに聞いても良い話?」
コーリーは今更ながらに、この話題を深堀りしてしまったことを後悔していた。
クルネイユがもしかして、タミアのことを男の子だと思っていた時期が有り、懸想してたのかも知れないのはともかく、この後、クルネイユが変態に襲われて性格が変わってしまう話に続くのだろう……これ以上聞きたくない気がする。
しかし、タミアは続ける。
「パンテロ先輩は美人ですし、クルちゃんは可愛いじゃないですか。その二人に混じって、ウチだけ浮いてるような感じはしてたんです……周囲にもウチだけ男の子だと思われてたみたいで」
「……タミアも可愛いよ?」
「ありがとうございます。そんな状況の中、クルちゃんを猛烈に気に入ってる男の先輩がいたんですね。だいぶ高学年のお兄さんだったんですけど……とにかくクルちゃんがお気に入りだったんです。お菓子をあげたり、ダンスに誘ったり……」
「……クルネイユはどうだったの?」
「困ってたと思います。何せ相手は体格も大きいし、先輩だし……パンテロ先輩は気付いてはいたかも知れないけど、手をこまねいていたと思います」
そしてついにあの事件が起きたのです、とタミアは言った。
本気で聞きたくないな、とコーリーは思うのだったが、もはや「聞きたくないからやめて」と言える空気感ではない。
その「年上のお兄さん」が起こした事件とは――。
◆◇◆
「――クルちゃんに誕生日プレゼントを贈ったんです。その先輩は」
「ほ、ほう……それは良いんじゃないかと思う」
「でも、誕生日プレゼントはウェディングドレスだったんです」
「うっ、それは……」
コーリーは呻いた。
それはちょっと重い……というか気持ち悪い。
普通、深い仲でもない男性にウェディングドレスを贈られて喜ぶ女性がいるだろうか。サイズはどうやって調べたのか……などと思いを巡らせ、ぞっとする女性が大半ではなかろうか。しかも当時のクルネイユの年齢を考えたら……犯罪の匂いしかしない。
ここまででも少し精神的に負担がかかっているのに、タミアは話を続けようとする。もう、どうせなら最後まで聞くか、とコーリーは思った。
「――そのウェディングドレスが、食べられるやつだったんです」
「はい?」
コーリーは絶句した。食べられるウェディングドレスって何?
クルネイユはそれを着せられたの?
いや、食べられるウェディングドレスって、何なの?
「ええと、具体的に言うと……薬で眠らせたクルちゃんを裸に剥いて、ホイップクリームとフルーツでウェディングドレス風に装飾して、それを美味しく頂くという……」
「クっ、クルネイユはどうなっちゃったの!?」
「異変を察知したウチとパンテロ先輩が現場に駆けつけて、そのお兄さんはパンテロ先輩にボッコボコにやっつけられて、クルちゃんは難を逃れました」
「よ、よかった……」
コーリーは胸を撫で下ろした。興味本位で聞かなければ良かった。
あのクルネイユにそんな悲惨な過去があったなんて。アホの子とばかり思っていた。これからは意味の分からない発言をしても聞いてあげよう。予想外の行動に走っても優しくフォローしてあげよう。
しかし、タミアの語りは終わらない。
「……事件はそれで終わらなくて」
「まだ続きがあるのっ!?」
悲鳴を上げるが「もう聞きたくない」とは言えない部分に踏み込んでしまっているコーリーだった。
タミアが淡々と続ける……「ウチが逆恨みされちゃったんです、そのお兄さんに」と。どうやら、そのお兄さんとやらもタミアのことを男の子だと勘違いしていたらしい。
「……クルちゃんが自分に振り向いてくれないのは、ウチがいるせいだと思ったらしくて、いやがらせ……いえ、ちょっと暗殺されかけたりとかして」
「暗殺!?」
「まぁ、全部未遂に終わったんですけど、その過程でクルちゃんが……ウチが本当は女の子だってことに気付いちゃって」
「…………で?」
「以来、クルちゃんはあんな性格になっちゃいました……ウチ、ちょっと責任感じてます」
タミアは悪くない。悪くないよ――そう言ってあげたい。
部外者である自分が踏み込んで、アドバイスじみたことを言うのも気が引けるし……「聞いた」というだけにしとこう。パンテロに会ったら、何か助言してもらおう。
でも、クルネイユは本来、御淑やかなお嬢さまだったんだ……自分を守るために自分を偽ってるとすれば、それはアルネットに似てるのかも知れない。
コーリーは、ふと心に浮かんだことをタミアに尋ねた。
そんな事件があったから、責任を感じているから、タミアはクルネイユの側に居るのか……と。
タミアは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「そんなことないですよ。ウチはクルちゃんが好きです。クルちゃんもきっと、ウチのことが好きです。あの事件の後、クルちゃんの性格が豹変したのは――」
「心当たりあるの?」
「うぬぼれですけど、あの頃のクルちゃんは、ウチの前では猫かぶってたんだと思います……『好きな男の子』の前で、清楚なお嬢さまを演じてたんじゃないかな……って」
「うーむ」
……タミアとクルネイユとパンテロは、仲良し幼馴染だと思っていてけど。
〈学びの塔〉で出会うまでに、知らない出来事が沢山あったのだな、とコーリーは思った。
特にクルネイユがある時までタミアのことを、男の子として認識していたという事実は衝撃的だった。
この話は胸にしまっておこう。でもパンテロは当事者だから後でこっそり聞こうかな……そう思うコーリーだった。




