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タミアとクルネイユ ④

 コーリーたちは、埠頭を目指して走っていた。

 この便を逃すと、次まで本当に数日は待たされるかもしれない。


 足の速いタミアが、綺麗な姿勢と呼吸で一同の先陣を切っている。

 あごを上向かせて、はひはひと息を乱せながら、クルネイユが二番手に喰らい付いている。

 コーリーは三番手だ。いまだに眠気が醒めきらないアトラファの右手を引いて、必死に前走者たちを追って行く。


(いや、でもタミアが間に合ったら事情を話すだろうし、私たちも十数秒くらい待って貰えるんじゃ……)


 今更気付いたが、自分がふにゃふにゃの寝起きのアトラファを引きずっていようと、口が悪くて身体は小さいクルネイユが頑張って走ろうと、タミアさえ先に埠頭に着きさえしてくれれば、何も問題なかった。


 埠頭へと駆け寄ると、見知らぬ女性が手を振っている。

 ミオリさんと同じくらいの年齢に見える。

 旅行鞄を片手に、こちらに手を振っている……だれ?


 皆がプティウルス号の乗り込み口に辿り着き、膝に手を当てて息を切らせているのを前に、その女性は言った。


「あららっ、もしかしてワタクシが遅れているのかなっと……でも船名は当ってるし。どうしようっかなって思ってたところです。あぁ、合流できて良かった」


 その女性の傍らには、めちゃくちゃ大きい旅行鞄。何が入っているんだろう。

 それよりこの人は何者? 何故コーリーたちを待っていた様子なの?

 アトラファは眠いのかボーっとしてるが、後輩たちは少し警戒している。

 気心の知れた同年代の学友、ついでにその友達であるアトラファと一緒に、夏季休暇の旅行に出掛けようとしたら、謎の女性が立ちはだかって来たのだから、タミアやクルネイユが身構えるのは当然と言える。


 ……しかし、コーリーは思い直した。

 ――んっ? あ、この人はあの件の人だ。

 アルネットが手配してくれた、アトラファの怪我のために同行してくれる医師。

 こっちが先に気付いて挨拶しなければならなかったのに。


「アリエス・エイム・スカヴィンズと申します」


 彼女は一同を前に、ぺこりとお辞儀をした。

 コーリーたちの方がだいぶ年下なのに、とても丁寧な態度だった。

 ……というか、スカヴィンズ? それはとても尊い貴族の一族の名であるはずだが……現女王アーベルティナ様のご実家。四王家の一つで北西のスカヴィンズ州を取り仕切ってる王家の一つ。


 思わずコーリーとタミアはお辞儀を返す。アトラファとクルネイユはぼーっと立っていたが、それぞれの相方が後頭部を掴み、強引に頭を下げさせた。


「クルちゃん……礼儀正しくしないとだめっ!」

「アトラファ……アルネットがあなたのために呼んでくれた先生なんだよっ!」


 コーリーとタミアは、互いの相方に謝罪を強制した。

 アリエス医師は、ぱたぱたと手を振り「良いんですよっ」と言った。

 黒髪で女性としては中肉中背、背筋が真っ直ぐ……冒険者の仕事をすることになってだろうか、コーリーは人を見ると、その体格や姿勢などを観察する癖が付いてしまった。たぶん、アトラファの影響……。

 アリエス医師が言う。


「えぇと……アルネット殿下の典医を務めさせて頂いております。とは言っても姫殿下付きの医師は何人かおりますし、ワタクシは端っこのほうなんですけれども……万が一、アルネット殿下が外傷を負った時に必要な医師がワタクシですっ! 仰せつかりによりアトラファ様の旅の同行医を仰せつかっておりますっ!」


 自己紹介が終わるや否や、アリエス医師はアトラファに飛びつき、動かせない左腕を「ぎゅむ」と握った。握ったというより、愛おしそうに両腕に抱え込もうとした。アリエス以外の全員がこの行動に驚いただろうし、誰より飛びつかれたアトラファ本人が驚いたであろう。


 アトラファは左腕が動かないにも関わらず、一瞬にして反撃に出た。

 腰を屈めて抱き付きを避け、右の肘を相手の顎にぶつけようとした寸前で止めた。アリエス医師が左腕をそっと離したからだった。

 アトラファが言う。割と失礼なことを。


「……殴ろうとしてごめんなさい。嫌な感じがしたから」

「大丈夫っ、平気ですよっ! ワタクシ全然痛くないし、怪我もしてないですからっ!」


 そしてそれ以上に、アリエス医師の言動が異常だった。

 アトラファの一撃をいなし、笑顔で返答したのだった。

 何でこの人……アルネットの紹介でって言ってるけど、医師にしては異様に戦闘力に長けてるのなんで?

 背後の後輩たちから変な雰囲気が漂っている……たぶん、出会った瞬間にステゴロという空気に、後輩たちは慣れていないのだろう。コーリーも慣れてないが。

 このアリエス医師……同行者として大丈夫かな?



     ◆◇◆



 ともかくとして、同行者としてアリエス医師を加えたコーリーたち一行は、桟橋からプティウルス号という船に乗り込む。

 港から手を振って見送ってくれている人たちが見える。たぶん、飛空船のお披露目式典の話は伝わっていて、この船が式典に向かう便だという事を分かっているのだろう。

 手を振り返しつつ、コーリーたちは船が港から離れるのを見計らって客室へと向かう。


 アリエス医師がアトラファにぴっとりとくっ付いていて、


「……あらまぁ、耳骨の形がアルネット殿下とそっくりですねぇっ!」

「ちょっと離れて欲しい」


 などと、アトラファにすげなくあしらわれていた。

 後輩の二人はというと、きょろきょろと周囲を見回していた。

 何かおかしな事でもあったのだろうか。


「どうかした?」


 コーリーが問うと、後輩たちはきょとんと小首を傾げる。

 互いに目配せし、次に手元の荷物に視線を移し、コーリーの方へと視線を戻す。

 おずおずと、タミアが言う。


「あのあの、何でポーターが来ないのかなって」

「ぽーたー?」


 ポーターって何だ。思わずコーリーは問い返しそうになったが、すぐに思い至った。

 手荷物を持ち運んでくれるサービスをしてくれる人のことだ。


 自分の荷物なんて、自分で持てば良いと思っている庶民のコーリーだったが……〈学びの塔〉では後輩だったといえ、タミアとクルネイユは貴族なのだ。

 彼女らにとっては、荷物を持ってもらうなんて当たりまえの事なのかも知れない。コーリーにとっては客船に乗るという事自体が初体験だったので、荷物を持ってくれる人員が当然のように居る、ということに思いも寄らなかったのだが。


 どうであれ、人が居ないので自分たちで部屋を探すことになる。

 手元にある乗船券に記載されている番号は、一〇一と、一〇二だった。


「お隣の客室で良かったですねえ!」


 タミアが無邪気に喜ぶも、コーリーは「うーむ」と唸った。

 乗船券を手配してくれたのはアルネットだから、文句を言える立場ではないのだが……この客室って、記載を読む限り二人部屋のようだ……旅の当初はコーリーとアトラファ、タミアとクルネイユの四人だったから問題無かったけど。

 そこで、コーリーの肩越しに乗船券を覗きこんでいたアリエス医師が「ふすんっ」と鼻から息を吹き、背を反らし胸を張って言った。


「この部屋割りなら、ワタクシとアトラファさんが同室ですねっ!」

「……なんで?」

「ワタクシはアルネット姫殿下から仰せつかった、アトラファさん専属の医師ですもの。何時だって容態を診ておく必要があります……寝食を共にせずして、その大役を果たせるものですかっ!」


 腰に両手を当て「ふんす」と鼻息を荒げるアリエス医師。

 後輩二人は、ぽかんとして彼女を見ていた。クルネイユがくいくいとタミアの袖を引き、それに対してタミアは無言で頷いていた。

 おそらく「あの人ヤバくねーです?」「そーだね」というような、二人だけで通じるサインだったのであろう。


「………………」


 一方、アトラファは無言であった。

 じとっとした目つきでアリエス医師を見ている――観察している。

 やがて、アトラファは言った。


「二人部屋が二部屋で、わたしたち五人でしょう。三・二で別れるしかないし、そのお医者さん、わたしについて来るんでしょ」


 一〇一号室をタミアとクルネイユ。一〇二号室をコーリー、アトラファ、アリエス医師とで使用することに決まった。

 招待してくれるんだったら、しかもアリエス医師を派遣することも決めたのだったら、アルネットがあらかじめ三室を手配してくれれば……いや、そんなことを考えたら相手の厚意に対して失礼だからやめよう。



     ◆◇◆



 結局、船員が見つからず他の乗客も見つからず、コーリーたちは自力でごろごろと手荷物を引っ張って客室を目指した。

 客室の手前で、タミアとクルネイユと別れる……といっても隣室だが。


「……ここ? 入っていいのかな?」

「料金払ってるんだから、構わないのでは」


 アトラファが背後からぼそぼそと声を掛けてくる。いつもの感じじゃない……出会ったばかりの頃みたい。アリエス医師が近くにいるから緊張しているのかも。


 でも確かに。乗船券に記載されている葉や番号に違いは無いし……。

 アトラファの言葉に後押しされ、一〇一号室のドアを開ける。

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