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座標が示さない場所 ③

 エリィは王宮の図書室にこもり、ひたすらに文献を漁っていた。

 古い文体の書物は殆ど読めなかったし、アルネットに入室の許可を貰ったとはいえ、触れることすら出来ない古文書もあった。


 エリィは「回復魔法」の手掛かりを求めていた。

 アトラファがあんな大怪我をしてしまった。自分がやった。

 魔物に操られていたとはいえ……そして、まだその魔物は滅びていない。

 今のエリィに出来ることは……「回復魔法」を得て、アトラファの怪我を治すこと。そう信じていたが、エリィは挫折しかけていた。


(この世界には……回復魔法が無い)


 閲覧できる全ての文献に、精霊法によって傷病を癒す術は記載されていなかった。改めて実感する。この世界には、回復魔法が無い。

 魔物という凶悪な生命体が、まま出現することがある、というだけで……辛く苦しい現実が、地平の彼方まで広がっている。

 人々を救済する英雄など存在しない。皆、悩み苦しみながら生きている……。


 ――まるで地球みたいに。


 エリィは、ふと思った。

 この場所は、異世界だとずっと思っていた。

 異世界なのに、ドラゴンのような幻想生物が居ないのはおかしい……ずっとそう思ってきた。


 ――逆なのではないか?


 幻想生物が居ないのがおかしいのではない。

 地球と同じ動植物が、繁栄している事こそがおかしい。


 タンポポ。バラに、シロツメクサ、クサソテツ。

 ウマ……カラス。カマキリ。テナガエビ……人間。


 どうして、今まで気付かなかったのだろう。

 異世界であるにも関わらず、どうして地球産の動植物が繁栄している?

 ここは、この場所は、もしかすると……。


(ひょっとして、ここは異世界じゃない? 本当は地球の何処か……知らない地域なんじゃ……)


 その思考に辿り着き、エリィは「星図」の閲覧を求めた。

 思えば、この世界に来て以来、星空を眺めることなど無かった。

 どうしてこれまで一度も思いつかなかったのか。エリィは後悔した。

〈学びの塔〉では消灯時間があったし……。

 それを閃けただけでも、自分にしては上出来だ。



     ◆◇◆



 ここが地球上の、何処かの地域であるのなら、エリィは救助を求める方法を探すことが出来る。

 そして、王都より高い医療技術で、アトラファの腕を治療できる。

 家に帰ることだって……。


 エリィは星図を広げた。

 この世界でも、それなりに他地方との貿易を盛んに行っているようだから、旅をする上で、方角を推定する技術は発展しているはずだった。

 すなわち、星を見て自分がどの方角に向かっているのか……それを知るための知識や技術が。

 エリィは星図を机に広げ、自分が知っている星を探した。


 オリオン座の三連星に……シリウスは何処だろう。

 もし、ここが南半球だとすれば、南十字星が見つかるはず……。


 途方もなく広大な宇宙において、この場所から同じ星を見上げることが出来るなら、それは「此処は地球である」という証拠に他ならない。

 宇宙の片隅で……それでも座標が示している……ここが地球であること。

 家に帰れる。アトラファの左腕だって元通りに動かせるようになる。


 王都ナザルスケトルは、地球の何処かなんだ。

 だって、そうでなければ説明がつかない。

 どうしてこの地には幻想生物が居ないのか。どうして地球と同じ動植物が生きているのか。

 星々が証明してくれる。座標は嘘を吐かない。


 エリィは指先で星図をなぞった。

 違う、この星座は知らない……知っている星座が一つも無い……無い。無い。

 二度、三度――その星図を指でなぞった。

 そして、ようやくエリィは受け入れた。


(ここは、地球じゃない)


 異なる惑星である、ということを。

 その事実は、エリィの心に重く圧し掛かった。



     ◆◇◆



 自身が魔物の能力の影響を受け、〈使い魔〉というものになってしまい、いつ意識を奪われてしまうか分からないこと。

 それが何より恐ろしかったし、怪我をさせたアトラファへの自責の念……。誰もがエリィのせいではないと言うけれど、エリィ自身は覚えている。


 アトラファの肩を、炎の剣で貫いた感触を。

 あの時のエリィは操られたままで、単純に勝ったと喜んでいた。

 でも結局……最終的にアトラファが勝った。


 また戦いたいとは思わない。そんな爽やかな勝負ではなかった。

 エリィは操られていて、アトラファは手加減していた。

 あの人は――、


「強かった」


 エリィは、ぽつりと零した。

 収穫と言えば「ここが地球ではない」と分かったこと。

 アトラファの腕の治療に関して、あまり役立てそうにないこと。


 ……でも、諦めないということは決めた。

 何を諦めないか。第一にアトラファの事。回復魔法の探索を諦めない。

 地球の事は二の次。この状況のまま家に帰れても、後悔の念しか残らない。

 こちらの世界に来れたのだから、地球に帰るすべは探せば見つかる気がする。


 人や動物を操る魔物がいるんだから、傷を癒す魔物も何処かにいないかな?

 それを捕まえて、占い師グリルルスも捕まえて、それを操らせて……。

 

 エリィはぶんぶんと頭を振った。 

 癒しの法術……「回復魔法」を探すんだ。

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