あの日に還る魂 ③
七竈の魔物を倒した。
これでエリィも元に戻るはず……全ての〈使い魔〉は解放されるはず。
コーリーの風法術は、七竈の魔物を寸断した。
こんなに上手く術を扱えたことは無い。かつてない程に集中できていた。
……勝った。
ティトは断ち斬られた七竈の杖に、泣いて縋っていた。
切断された切り口を、繋げようと試みている……。
「なんでっ! お前は強い子だろっ! 身体が半分にされることなんて、前にもあったじゃない! ……生きてよ!」
「……もうお終いだよ、ティト」
コーリーは静かに告げた。
すでに、七竈の魔物は死のうとしている。いくらティトが切断面を繋げようとしても、もう白石化が始まっている。
魔物は死ぬ。後にはその亡骸……永遠に壊れない石、血核が残るだけ。
「……ティト」
「あたいはっ、諦めない! ……あたいが、あたいだけが、あの子を救えるんだから!」
ティトは叫ぶと、己の手首を噛み切った。
たちまちに血が溢れ、死にかけていた七竈の魔物に降り注ぐ。
コーリーはぎょっとして、ティトを抑えにかかる。
「何やってるの! そんなことしたら死んじゃうでしょ!」
「生命賭けてないのっ? じゃあ、あたいの勝ちだっ、コーリー!」
彼女の精神が、何処に到達しているのか分からない。
しかし、ティトの願いは届いた。黒い七竈の枝から根のようなものが張り出し、ティトの腕と融合する。
七竈の魔物が息を吹き返す。葉脈に、黄金の光が伝わって行く。
生命なんて賭けれないよ。教えてくれなかったじゃない。ティトも。アトラファも。二人にとって何が大切だったの? 分からない……私には!
ティトは叫んだ。
「《やれっ、エリィ! あたいを助けろっ》!」
「止めてよ、諦めてよ! アトラファとアルネットが死んじゃう!」
「死ぬもんか! あたいのトゥールキルデが、このくらいで!」
「なんなの! その歪んだ信頼は!」
コーリーは叫び返す。
……あと、トゥールキルデって誰なの。
◆◇◆
――一瞬、エリィの動きが止まった。
その腕に組みついていたアルネットは、息を呑む。
そして、マウントを取られていたアトラファが反撃に出る。身体を跳ね上げ、掌底でエリィの顎を狙う。
エリィはあっさりと優位な体勢から退き、立ち上がると、一瞬で炎の剣を形成する。
アトラファも立ち上がるが、さすがに始動鍵を詠唱する余裕はない。
突き飛ばされたアルネットを気遣うように、半歩横にずれた。
その隙を、エリィは見逃さなかった。
突き出された炎の剣が、アトラファの左肩を貫くのを、アルネットは見た。
紺色のローブから、その背中から、剣が突き出て来るのを。
エリィはそのまま、アトラファを焼き尽くすか、引き裂こうとした。
アトラファが最後の抵抗をする。蹴りを繰り出し、エリィを引き離すと、そのまま崩れるように座り込んだ。
エリィが剣を振り、踵を返す――。
アルネットは、慌ててアトラファに取り縋った。
布が焦げた匂いがする……すごく血が出ている……濃紺のローブが、血でどんどん黒く染まっていっている……!
この人、ここで死んでしまう。
アルネットは理解した。そして、自分が彼女に発した言葉を思い出した。
――貴女の生命でも釣り合わない!
あぁ……、あんなこと、言わなければ良かった。
自分は何も変わってなかった。〈学びの塔〉で暴虐の王女と呼ばれていたあの頃と。
もし、自分が焦ってあんなことを言わなければ、この人は時間をかけて確実に、占い師グリルルスを追い詰め、エリィを取りもどしてくれていた。
なのに、自分があんなことを言ったせいで。
後悔するアルネットの前から、エリィが歩み去ろうとしている。
コーリーたちを追おうとしているのか。
今はアトラファを助けなければいけない。……止血を、
「……誰か、」
誰か、助けて。
そう望んで辺りを見回すも、周囲には誰一人として居なかった。
止血を。出血を止めなくては。
手で押さえてどうにかなるものではないと知りつつも、アルネットは、アトラファの左肩に手を当てようとした。
その手から、何かが零れ落ちる。
それは、タンポポの茎を編んで作ったアミュレットだった。
常日頃、アルネットが困難に出会った時、勇気を貰うために作るお守り。今日はエリィの無事を祈って作っていた――姉さまのお守り。
◆◇◆
それを落としたことを気に留めないアルネットだったが――、
アトラファは、朦朧とした意識で、それに手を伸ばしていた。
「……ずっと前に、経験していたことなのに。どんなに頑張っても、大事にしていても……失くしてしまうものがある……だから。出し惜しみしてはいけないんだ。戻らないと……昔の、強かった自分に」
「――気をしっかり持って!」
何か、うわ言を呟いているアトラファを、アルネットは支えていた。
そうしている間にも、どんどん血が流れ出てしまっている。あぁ……。
そうだ、怪我をして出血した時には、その部位を心臓より高い位置にすれば良いと聞いたことが有る。でも……アトラファは左肩を炎の剣で貫かれてしまっていて、血が。
……どうすれば。どうすれば。
半ば混乱をきたしたアルネットをよそに、アトラファは静かな心持ちで、地面に落ちた萎びたタンポポのお守りを手に取った。
「……嫌いな玉葱は代わりに食べてあげる。大事な友達は必ず取り返してあげる」
「喋らないで! 血が、」
「アルネット。あなたを知った日から、ずっと言ってみたかった」
「……え、」
思わず見上げると、彼女は微笑んでいた。
我儘で生意気な妹を見守る、姉のように。
萎びたタンポポが、すっとアルネットの髪に挿しこまれる。
「――お姉ちゃんに、まかせなさい」




