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なんて綺麗な、希望のひかり ⑨

「――――っ!!」


 フォコンドに頭を抑え込まれ、地に伏せていたコーリーは、王都の城壁が破られるという、歴史的瞬間を間近で目の当たりにしていた。


 ちりちりと、そこかしこで火が燃えている。


 エリィが撃ち放った炎剣は、王都ナザルケトルの城壁を構造する、厚さ一〇丈にも及ぶ石の壁を一瞬で融解させ、くり抜いて向こう側まで貫いていた。

 溶けた石に含まれる石英の成分が、空気に触れることで急速に冷やされ、表面にガラス質の膜を形成する。


 その薄いガラスの膜を、ぱき、しゃり、と踏み砕きながら城壁に開いた大穴に歩み行く者がいる。

 黒髪で背の高い女。

 つばが広く、先端の尖った風変わりな帽子をかぶり、手に携えるのは――黄金の光を宿し、鼓動のように光を波打たせる植物の枝――黒い七竈の魔物。


「……ティト」


 コーリーは呻くように、その女を見上げた。

 今、すぐそこに居る。ティトは〈土の民〉で精霊法を使えなくて、運動神経もそんなに良いわけでもなくて、かといってそれを補うために身体を鍛えてもいない……飛び掛かれば、七竈の魔物をすぐにでも奪い取れる。

 なのに、どうして自分やフォコンドがこうして地に伏し、ティトがそれを見下ろしているのか。


 フォコンドは、まだ身を起こそうとしていない。視線だけはしっかりとティトを見据えているが。

 おそらくは立ち上がった瞬間に、背後のエリィから狙い撃ちされるのを警戒している。アトラファとアルネットがどうなっているか、この状況では分からない。


 首をもたげて、振り返ることも出来ない。

 コーリーもそれに倣って、今はまだ立ち上がらない。



 ――コォォォォオォォ……。



 城壁に開いた穴に風が吹き込み、慟哭(どうこく)のような音色を辺りに響かせていた。

 ティトは、自身の爪先に視線を落とした。


 ……今か。飛びついて魔物の樹を奪う機会!

 もうフォコンドには誤魔化せないことは分かっている。状況はどんどん悪くなるけど、とにかく王都守備隊が集まる前に、ティトから魔物の樹を取り上げて破壊して、目撃しちゃってるフォコンドには頼んで黙って貰って……。


 いや、もう色んなことが無理だよ、アトラファ。

 でも……ティトが死刑になる所なんて、コーリーだって見たくない。

 やるか。いちかばちか。



     ◆◇◆



 意を決したコーリーが、地面に伏せた姿勢から、いかに素早くティトに組み付けるかを考え――腕に力を込め、実行に移そうとした、その時。

 ティトは俯いていた顔を上げて、言葉を発した。


 ごめんね、と――。


「――ごめんね。今日は傷つけてしまうけど、」


 コーリーは、そのティトの顔を見て思った。

 なんて綺麗なんだろう、と。


 彼女はコーリーを見ていない。だったら誰に話し掛けているのだろう。

 分かってるよ。分かり切ってる……地に伏せたコーリーやフォコンドの後方……アトラファに言ってる。聞こえているかは分からないけれど。


 ティトを美しいと思った。

 その眉が、瞳が、唇が、頬が。

 こんなに美しい人間の表情を、コーリーは生まれて初めて見た。

 潤んだ瞳の中に、火が映り込んでいる。引き結んだ唇に、決意が示されている。


 愛と決意を胸に宿し、苦難の旅へと赴く――。

 なんて綺麗な、冒険者の(かお)


 ティトは叫んだ。


「――いつかきっと! (たす)けてあげるから!」



     ◆◇◆



 叫び切った後、ティトは城壁の穴の向こうへと走り去ろうとする。


 彼女の言葉の真意が分からず、呆然としつつあったコーリーの首根っこを引っ掴み、フォコンドはコーリーの身体を穴へと放り込んだ。


「……行けっ! 奴の持っている杖を破壊すればどうにかなるのだろう! 走れっ! 王都守備隊が門を開け放ち、馬と銃を持ちだしたら、お前たちが守りたいものは守れない!」

「………………っ!!」


 ――あぁ、フォコンドさん。

 私たち子供なのに、私たちが守りたいもの、分かってくれている。


 コーリーが感動と尊敬の念を込めた眼差しをフォコンドに送る。

 だが同時、彼の背後から、突進してくる影がある。


 エリィだった。〈使い魔エリィ〉の襲撃。

 アトラファたちを破って、追い付いて来たのだ。



     ◆◇◆



 コーリーの思いを(あざけ)るかのように、煙を引き裂いて〈使い魔エリィ〉が突撃してくる。一言も発することなく、躊躇もなく、エリィは炎の剣をフォコンド目掛けて振り下ろす。


 たぶん「行け」と叫んだ時点で、フォコンドはエリィの接近に気付いていた。


 身体をさばいて縦斬りを躱すと、エリィの炎剣が石畳にめり込む。

 フォコンドは、アッパー気味の裏拳でエリィの顎を狙う。


 炎剣を振り下ろし切ったエリィは、ほとんど前屈しているような体勢で、避けることなど出来ないと思われた――が、エリィは有り得ない反射と身体能力で、その姿勢から仰け反り、一撃を免れた。


「……避けるのか!?」


 フォコンドが驚愕(きょうがく)に眼を見開く。


 すかさずエリィが反撃する。袈裟(けさ)がけの斬撃。炎の剣でフォコンドの左肩から胸までを斬ろうとする。

 フォコンドは飛び離れて避けようとせず、逆にエリィの懐へと踏み込む。

 斬撃を放つエリィの腕を支えに、身を屈め、身体を一回転させ伸び上がった勢いで、右の(ひじ)でエリィの(あご)を打とうとする。


 精霊法を武器に接近戦をするエリィを前に、距離を取ろうとすることなく、果敢に更なる接近戦を挑む……アトラファみたいな戦い方だ、とコーリーは思った。

 逆に、アトラファこそが、フォコンドからこの戦闘スタイルを学んだのかも。


 だが、エリィはこの肘打ちも避けた。

 自ら尻もちをつくように体勢を崩し、フォコンドよりも低くなる。脚の踏ん張りは利かなくなったが……エリィには火精霊法がある。

 ぺたんと地に座りながら、炎の剣を水平に振るう。


「くぉ……っ!」


 フォコンドは飛び退って、かろうじて斬撃を避ける。

 避けれたが――せっかく生命を賭してまでも詰めた、相手との距離がまた開いてしまった。中距離から遠距離は、法術士にとって有利な距離。


 ……エリィが強くて恐ろしいのは、ここ。

 彼女が接近戦で相手と競っている時、実は追い詰められてはいない。

 エリィが肉迫した超接近戦で、火花を散らしている時……それは苦戦しているのではなく、待っている時だ。

 相手が一歩下がって、一息入れる瞬間を。


 飛び退ったフォコンドを前にして、エリィの額に火の粉が集まり出す……。



     ◆◇◆



「フォコンドさんっ!」

「……コーリー、何しているっ! 呑気に観戦している場合かっ! 占い師を追えと言ったぞ、走れぇっ!」

「でも!」


 コーリーは、フォコンドが死んでしまうのではないかと思って、この場を離れるのが憚られているのだった。

 今まさに、エリィが致死の威力を秘めた火球を撃とうとしている。


 ――瞬間。


「《凍てつく星の光、吐息に触れて粒となれ、指に触れて針となれ》!」



 後方から、青白い光弾が飛来する。

 氷精霊法――アトラファの術。やっぱり無事だった。


 コーリーが気付くくらいだから、当然エリィも気付いていた。

 しかしその術を素直に迎撃するかどうか、迷ったようだった。


 何故なら、せっかくフォコンドに止めを刺すために生成した火球を、氷弾の迎撃に使ってしまったら逆襲される。この距離でなら、フォコンドは余裕で無防備なエリィを無力化できる。

 止めを刺すことを優先したら、アトラファの術の餌食になる。


 上級の冒険者二人による、挟み撃ち。

 ティトを止める他ないと思っていたが……これは、勝ちだ。

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