なんて綺麗な、希望のひかり ①
コーリーは、アトラファとアルネットに合流するつもりだったのだが――。
〈しまふくろう亭〉に戻っても、二人とも姿は無かった。
アルネットは社会勉強の罰を課せられたお姫さま――もとい、行儀見習いのお嬢さまという立場で〈しまふくろう亭〉に来ているので、勝手に居なくなるというのはありえない。
もちろんミオリには、二人が〈しまふくろう亭〉で働くことになったのは罰としてなのだ……なんて失礼なことは伝えていない。
でも現に同様の立場のエリィが、建物の一部をぶち壊して逃走を果たしているので、今更〈しまふくろう亭〉の兄妹には、それどころではないのかも知れない。
――とてつもない迷惑を被ったのは間違いないし、アルネットが「賠償する」と言うなら、是非そうしてあげて欲しい。微力ながらコーリーにも出来ることが有るなら、手伝いをしたいと思う。
エリィについても、弁護してあげたい。
〈しまふくろう亭〉の客室をぶち壊したのは、エリィの意思ではないのだ。
アトラファによれば、それはエリィが〈使い魔〉として意識を乗っ取られて、操られていたからで……こんな説明で伝わるかな。
そもそも、込み入ったことを説明しても良いのかな。
ティトは魔物の樹を持ち歩いてる。
アトラファはそうと知りながらティトと逃げるつもりでいる。……ばか。
◆◇◆
……また頭の中がぐつぐつと煮詰まってきたので、コーリーはいま一度、冷静に立ち戻る試みをする。
何か飲み食いするか。何か食べれば落ち着く……誰でもそう。
――〈学びの塔〉に在籍していた頃、レノラが言っていたのを思い出す――。
『運動もせず食欲を満たす以外の目的で飲み食いしたら、太りますでしょ』
『や、でも……そう! 新入パーティでもご馳走を食べたじゃない! 思い出すなぁ……入学式のパーティ! 私、あんなの初めてだったんだよ!』
『お料理は式に添えられた花でしょうに。入学生同士の社交を促すのが主な目的だったのです……実際、コーリー以外にはお料理に目の色を変えていた人はいなかったでしょ?』
『……っ。私だって、そんなにがつがつしてなかったもん!』
『それは、わたくしが貴女の袖をつかまえて離さなかったからですわ――結局みんなとお料理を堪能しながら、お話も出来たでしょう――?』
――コーリーが記憶する〈学びの塔〉での、レノラとの思い出の一つだった。
◆◇◆
レノラとのやり取りを思い出せたおかげで、冷静になった。
お料理は「花」なんだ。
目的はティトを説き伏せて、魔物の樹を破壊し、エリィを取り戻すこと。
たぶん、いや絶対、今頃は二人ともお腹ペコペコになっている……だって少なくとも二日近く食べてないんだもん。水も飲んでないかも。
そこで「花」が必要になる。交渉の席に着くための供物――食べ物が。
〈使い魔〉にされてしまったエリィは、たとえお腹が空いていても、何も不満を言えないのかも知れない。そんな状態だとしたら、めちゃくちゃ可哀想。
本体であるティトはどうだろう?
うかつに〈使い魔エリィ〉を使って、食べ物を調達させに行く訳にはいくまい。どこで、アトラファやアルネットに出くわすか分かったものじゃない。
やっぱり食糧難。お腹が空くことになるんだ。
今気付いたが――ここまでアトラファは予想していたに違いない。
「ティトは救難信号を寄越してくるはず」と自ら言っていたアトラファだから、王都で食べ物を手に入れられそうな地域を巡っているのだろう。今のところ出来ること無いアルネットは、それに付いて行っているはず。
……ティトは、本当は何がしたかったんだろうか。
何を目的に、王都にやって来たのだろう。
現状に至るまでを振り返るに、その行動にあまり計画性を感じられない。
ティトと旧知であるはずのアトラファが言っていた。
――ティトは何か強い思想を持って王都に来たわけじゃない。
……なんで、そんなことを断言できたのか。
目的が有って王都に来たんじゃない、ってどうして分かる?
二人はコーリーと出会うずっと前に、仲良く一緒に暮らしてて、アトラファが言うことには「色々あって」離れ離れになった。
アトラファは冒険者になり、ティトは王都を出て何処かへ行ってしまった。
その「色々あって」の部分を知りたいのだが、あそこまで問い詰めても話してくれないのなら、もう無理だろう。
とにかく、その「色々」は二人にとって嬉しいことではなかったのだ、ということだけは想像がつく。
ティトがアトラファに対してどこか異様な執着心を燃やしているのに対し、アトラファの方はティトによそよそしい感じがするから。
――ティトもアトラファに会うことを目的に、王都に来たのではない。
これは当人がそう言っていた。
偶然会って、居るのを知ってはしゃいでしまった……みたいなことを。
私がティトの立場だったら。どういう心境で王都を訪れるだろうか。
辛い思い出のある場所に……数年の時を経て。
コーリーは想像する。自分がティトだったら――。
きっと、確かめるために来訪する。
「色々」が何なのか知らないが、何年もたち、悲しみは思い出に変わり――自分はもう立ち直ったんだ。その記念に王都を見て行こう。
もう平気なんだ、思い出になったんだってことを確かめるために。
――でも、居ちゃったんだな。そこにアトラファが。
今、ティトは何を求めている?
再会した時、ちゃんとアトラファが気付いて「久しぶり」って声を掛けていれば、ティトの傷は塞がっていたのだろうか。その時すでに魔物の樹を所持していたとしても。
今もティトは見ているだろう。何か小動物の〈使い魔〉で、コーリーの様子を。
コーリーは額に手を当てて俯き、ハァと呻いた。
何にせよ今、ティトとエリィが確実に求めているものは分かり切っている。
……ご飯とお水だ。
◆◇◆
コーリーは迷うことなく、次の目的地を決めた。
ティトと出会った、南広場の辻馬車ターミナル。
あの日、玉子のサンドイッチを奢ってあげたんだ。そしたらティトは、コーリーの事を「困ってる人を見捨てておけない、優しい子だ」って言ってくれた。
そして、お礼に占いをしてあげる……と。
あの時と同じ屋台で、同じメニューを注文する。
二切れのサンドイッチ。中身はそれぞれ、鱒のフライ、ゆで玉子を潰したやつ。
それに塩味のスープとピクルスが付く。
木のトレイにサンドイッチとピクルスが載せられ、カップにスープが注がれるのを、じっと待つ。
「……お待たせ! 食べ終わったらトレイとカップは返しといて!」
「はい……えっと、いくらでしたっけ」
「銅貨五枚!」
そういえばその値段だったな、と思い出しながら、コーリーは店員の手に五枚の硬貨を乗せた。ティトの占いへの謝礼も、同じくらい渡しとけば夕食はくいっぱぐれないと思い、同じ金額を渡したんだ。
トレイを受け取ったコーリーは、あの日と同じように、道の端に腰を下ろす。
お昼もまだだったので、サンドイッチに齧り付いていると、どこからか黒猫がトコトコと歩いて来て、コーリーの前で立ち止まり「にぁー」と鳴いた。
やっぱり来た。そうコーリーは思った。
――アトラファでは駄目なんだ。
ティトはアトラファが自分を見つけてくれることを望んでるのかも……いや、きっとそう。しかも面倒くさいことに、自分からは連絡したくないんだ。
ところが当のアトラファがその辺の機微に関して、分からんちんなものだから。
だから、ティトが〈使い魔〉で助けを求めるのだとしたら、コーリーの所だと思っていた。
いくら「どこまでも見える」なんて言ったって、コーリーが食べているとこを見て、ティト自身のお腹が膨れるわけじゃないんだ。
黒猫の〈使い魔〉に話し掛ける。
「……食べたいならあげるよ? 今度は玉子サンドだけじゃなく、鱒のフライも付いてるよ。この鱒はね――ダナン湖にしか棲んでない特別な魚で、獲れる時期も決まってるから、王都に住んでても夏から秋の初めまでにしか食べれないの」
住民は毎年、禁漁期が明けるのを楽しみに待ってるんだよ。
……ティトは〈火吹き蜥蜴亭〉にいた時、この鱒の料理を試してみた?
食べれてないなら残念だね。それとも普通の何処にでもいる魚だと思って、味を堪能しなかったのかな……王都で夏にだけ食べれる、特別な鱒。
そんな風に煽ってみると、黒猫はすろすろとコーリーの足元に擦り寄って来た。
簡単に釣れた。よっぽどお腹空いてるんだな……エリィも心配だ。
「――直接話したいの。案内してもらえる?」




