表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/210

魔女狩り ⑥

 ――雨が降っている。


〈しまふくろう亭〉を宿としている三人の少女らは、一室に集まっていた。

 コーリーの部屋。来客はアトラファとアルネット。


 アトラファが宿泊していた部屋は、エリィ――を乗っ取ったティトによって、めちゃくちゃにされてしまったので、補修が済むまでは、アトラファがコーリーの部屋に仮住まいすることになった。

 他の空室を借りるのでも良かったのでは、と思うのだが――アトラファ曰く「一人でいると襲撃されそう」とのことだった。


 アルネットには、話した。

 協力して貰った、占い師グリルルスの調査の件。

 実は、彼女が魔物を操っているかも知れないと、探っていたこと。

 エリィが魔物の能力の影響を受け〈使い魔〉となっていること。

 そして現状、それが間違いないということ。



     ◆◇◆



 黒い七竈(ななかまど)の樹――そいつの能力は「実を食べた者の行動を操る。感覚を共有できる。意識を乗っ取れる。潜在能力を引き出せる」というもの。

 実を食べたら最後、その者は強力かつ忠実な魔物の僕となる――〈使い魔〉に。

 アトラファは続ける。


「……元々あの植物の魔物は、地面に根を張っていて動けなかった。一度……ん、二度あいつを伐り倒す機会があったけど、わたしは二度とも見逃した」

「なんで? 魔物だって分かってたんでしょ?」


 少し前に同じ話を聞いた時には、問わなかったのだが。

 今回ばかりはコーリーは聞き返した……側にアルネットが居たから。

 アトラファは、珍しく落ち着きなく、手の指を何度も組み替えて言った。


「色々あって。わたしはその場所を離れることになった。その後……ずっと何も無かったから、黒い七竈の魔物は、その後すぐに死んだんだって思っていて――」


「じゃなくて、その『色々』ってとこを教えて。そこが分かんないんじゃ話にならないよ。ティトはその『色々』があったから、なんかアトラファに粘着してるし、私にも絡んで来てるし……教えてよ、その……良かったら」


 コーリーはだいぶ譲歩して要求したつもりなのだったが……。

 次のアトラファの返答には、心底がっかりした。


「とにかく色々あったの。どういうわけか、死んだはずの七竈の樹をティトが持ち去っていて、一体化してるみたい……ティトの方が主導権を握っていて、魔物の能力を扱えている――」


「そうじゃなくて情報共有! なんか気持ち悪いの! 私どうして理由も知らずにティトに嫌われてるの? パートナーとして核心となる情報を要求するっ!!」


「……コーリーが嫌われてる理由? それはわたしも知らない」


「あーあ! アトラファにはきっと心当たりもないんだろうさ! でも、きっと『色々』ってとこを教えてくれたら……くぅっ、アトラファはどうしてそう、無自覚に人を傷付けるの? ティトだってきっとそう思ってる!」


 このコーリーの言葉を聞いて、アトラファは「えっ」というように顔を上げた。

 なんなの、この「わたしが悪いことしたの?」と言いたげな顔。


 更に何か言おうとした時、「いいかげんにして」と遮ってアルネットが言う。


「どうして事前に話してくれなかったの? エリィがその……〈使い魔〉というものかも知れないということを」



     ◆◇◆



 喧嘩していた二人は、その言葉に押し黙った。


 エリィが〈使い魔〉かも知れないのに、どうして自分には話してくれなかった。

 そんなアルネットの、無垢な問いに――、

 瞬時に、元の分からず屋へと立ち返ったアトラファは答える。


「……〈使い魔〉の主に――グリルルスに気付かれたくなかったから」

「最初から四人を一堂に集めてから〈使い魔〉を当てれば良かったのに」


「そのやり方じゃ、ティトを――グリルルスを引き出せない。隠れて出て来なかったに決まってる。そして、うやむやになった後で、結局エリィを乗っ取って逃げていた」


 お前が〈使い魔〉だとすでに知っている、そういう姿勢で挑むしかなかった。

 そうアトラファは言った。ついでに、エリィと同様にコーリーも〈使い魔〉ではないかと疑っていたことも。


 どっちが〈使い魔〉なのか分からなかったから、両者にハッタリ個別面接を行うことを決めた。たまたま一人目に選んだエリィが当たりだった。


「……そう。そうよね」


 なまじ賢いアルネットは、言いくるめられてしまった。


 ……後からだと何とでも言えることだけど、〈使い魔〉が集団面接時に見つからなかったら、四人一部屋に寝泊まりしたら良かったんだ。

 このくらいのこと、アトラファが思い付かなかったわけない。


 コーリーは、自分が〈使い魔〉だと疑われていたことに、少し動揺を覚えていたが、それよりも――どうしてアトラファは、アルネットだけを疑わなかったのかが気になった。

 その疑問に、アトラファはあっさりと答えた。


「黒い七竈を手にした以降のグリルルスと、今日までのアルネットが接触する機会が無いから。ほぼ有り得ない可能性は除外して良いと思った」

「私とエリィは、どうして疑ったの?」


「コーリーはもしかして王都に来る前にグリルルスと会ってたかも。エリィは地球出身だと言ってたけど、そこでグリルルスと会ってたかも……でも、アルネットは無いと思ったから」

「えぇー……?」


 うーむ……と、コーリーは内心で唸った。


 筋が通っているように聞こえるが、その論法ではコーリーが最初の被疑者になるべきではないのか?


 アルネットが怪しくないのは分かる。だって王女さまで、王都の外に出ることなく庇護されて育って来たのだから。


 コーリーとエリィが怪しいのも分かる。確かにコーリーもエリィも、以前に占い師グリルルスに出会っていた可能性は否定できない。

 二人の内、客観的に疑わしいのは当然エリィだろう。

「地球」という、聞いたことの無い地域を出身地として自称しているのだから。


 ……でも、アトラファの視点で考えた時。


 アトラファは「地球」が在ると思っている。とても辿り着き(がた)い場所だと。

 そんな場所にティト――グリルルスが子供の分際で易々(やすやす)(おもむ)き、現地の少女であったエリィに黒い実を食べさせ、また易々と王都に帰って来れると。


 そうは考えないはずだ。アトラファなら。


 地球に行ってエリィに黒い実を食べさせて帰って来るのは困難。ベーンブル州で暮らしているコーリーと出会う方が現実的。

 よって、コーリーこそが最有力〈使い魔〉候補。


 ……アトラファなら、そう考えるはず。


 でも、何故かアトラファはエリィを選んだ。

 取り押さえに失敗したのは、本人の思惑の外だったのだろうけど。



     ◆◇◆



 ――これからどうするか。

 エリィを〈使い魔〉状態から解放し、取り戻すのは大前提として。


 コーリー・アトラファ・アルネットの三人パーティとして、占い師グリルルスを追い詰める?

 それとも、フォコンド隊と協力する?


 いや、自分たちで何とかするしかない……そう痛感するコーリーだった。

 なんたってアトラファは、フォコンドを信頼していない。冒険者としての実力は信用しているらしいのだけれども。


 過去にパーティを追い出されたようだし、性格が――アトラファとはちょっと別方向にぶっ飛んでいる人だから。話すとまともだけど、付き合わされるとまともじゃないのが分かる。


 あの人、引退した後「牧場を経営したい」と言っていた気が……。

 コーリーの実家は主に牧畜を営んでいるので、フォコンドが望むのなら、実家でのアルバイトを紹介してあげようかな。

 冒険者の経験だけを持って牧場経営に挑むより、実際にどんなものか体験してからの方が、いくらかマシだろう……。


 ともかく、アトラファが彼を頼らないことだけは分かってる。



     ◆◇◆



 ――アルネットは、もう自分の取るべき手段を見つけたようだ。


 大切なエリィが居なくなってしまったことのへの、悲嘆の時間は終わった。

 顔を上げて、自身の掲げる方針をコーリーたちに述べる。


「王宮に戻って助けを乞う。ミオリとマシェルには悪いけど……あんなことして、こんなに良くして貰ったのに。〈しまふくろう亭〉の修繕費は必ずこちらで(あがな)う」


 自分の所有物を処分したり、エリィの侍女としてのお給料から差し引いてでも……とにかく、自分たちの身を削って作ったお金で、必ず〈しまふくろう亭〉の修繕費を払う。


 その上で今は、グリルルスを追い、七竈の魔物を撃滅し、エリィを奪還することに全力を注ぎたい……そうアルネットは言った。


「『全力』っていうのは、わたし個人の力だけじゃない。権力も使う。王都守備隊を動員する。魔物が城壁の中に入るなんて、本当はあってはならないこと。魔物は倒す……エリィは必ず取り戻す!」


〈学びの塔〉での彼女を覚えているコーリーは、この子はこんなことを話せたんだな、と目を丸くしてアルネットを見ていた。

 その一方でアトラファは――、


「やめて」


 と、一言だけ口にした。自分の膝に視線を落として。

 ――そうだ。グリルルスは、つまりティトは、アトラファの昔の友達なんだ。


 王都守備隊が動員され、ティトが逮捕されたら――ティトが七竈の魔物を城壁内に持ち込んでいたことが発覚したら……。

 アトラファが誰にも知られない内に、七竈の魔物を処理したいと考えるのは当然だった。


 しかし、それはアルネットには伝わらない。

 アルネットはゆっくりと、うつむくアトラファに眼差しを向けた。


「……どういう意味の『やめて』? わたしの声が大きかった? うるさくしたなら謝るわ。今後は慎みます――でも、」


 そこで言葉を切る――めちゃくちゃ怖い。

 アトラファは何も言わない。アルネットは言葉を待っている。

 数秒、二人は言葉も交わさず、目も合わさず……でも睨み合っていたと思えた。

 やがて、アトラファが絞り出すように言葉を発する。


「――時間を、」

「どうして? わたしに何の益が?」


「――慈悲を。一日だけ時間を。陽が昇ってから、再び夜が明けるまでの間に、必ずエリィを取り戻して見せる」

「担保として差し出せる物も無いのに言うものじゃないわ、冒険者アトラファ。申しわけ無いけど、あなたの生命とだって釣り合わない。わたしは全霊でエリィを助け出す!」


 完全に部外者の立ち位置になっていたコーリーだった。


 こんな必死なアトラファのことを……何度も見て来た。

 そして思った……アトラファは、みんなを助けたいんだと。


 ティトのことも。エリィのことも。アルネットのことも。

 それなのに、いざという時、誰も頼ろうとしないから。独りぼっちで戦いに行こうとするから。


 コーリーは、思わず声を上げた。


「アルネット! 一日待つのは、悪いことじゃないと思う!」

「……どうして?」


 考えなしに言い放ったコーリーに、王女の眼差しが向けられる。怖い。

 しどろもどろしてはいけない。間髪入れず返答しなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ