魔女狩り ⑥
――雨が降っている。
〈しまふくろう亭〉を宿としている三人の少女らは、一室に集まっていた。
コーリーの部屋。来客はアトラファとアルネット。
アトラファが宿泊していた部屋は、エリィ――を乗っ取ったティトによって、めちゃくちゃにされてしまったので、補修が済むまでは、アトラファがコーリーの部屋に仮住まいすることになった。
他の空室を借りるのでも良かったのでは、と思うのだが――アトラファ曰く「一人でいると襲撃されそう」とのことだった。
アルネットには、話した。
協力して貰った、占い師グリルルスの調査の件。
実は、彼女が魔物を操っているかも知れないと、探っていたこと。
エリィが魔物の能力の影響を受け〈使い魔〉となっていること。
そして現状、それが間違いないということ。
◆◇◆
黒い七竈の樹――そいつの能力は「実を食べた者の行動を操る。感覚を共有できる。意識を乗っ取れる。潜在能力を引き出せる」というもの。
実を食べたら最後、その者は強力かつ忠実な魔物の僕となる――〈使い魔〉に。
アトラファは続ける。
「……元々あの植物の魔物は、地面に根を張っていて動けなかった。一度……ん、二度あいつを伐り倒す機会があったけど、わたしは二度とも見逃した」
「なんで? 魔物だって分かってたんでしょ?」
少し前に同じ話を聞いた時には、問わなかったのだが。
今回ばかりはコーリーは聞き返した……側にアルネットが居たから。
アトラファは、珍しく落ち着きなく、手の指を何度も組み替えて言った。
「色々あって。わたしはその場所を離れることになった。その後……ずっと何も無かったから、黒い七竈の魔物は、その後すぐに死んだんだって思っていて――」
「じゃなくて、その『色々』ってとこを教えて。そこが分かんないんじゃ話にならないよ。ティトはその『色々』があったから、なんかアトラファに粘着してるし、私にも絡んで来てるし……教えてよ、その……良かったら」
コーリーはだいぶ譲歩して要求したつもりなのだったが……。
次のアトラファの返答には、心底がっかりした。
「とにかく色々あったの。どういうわけか、死んだはずの七竈の樹をティトが持ち去っていて、一体化してるみたい……ティトの方が主導権を握っていて、魔物の能力を扱えている――」
「そうじゃなくて情報共有! なんか気持ち悪いの! 私どうして理由も知らずにティトに嫌われてるの? パートナーとして核心となる情報を要求するっ!!」
「……コーリーが嫌われてる理由? それはわたしも知らない」
「あーあ! アトラファにはきっと心当たりもないんだろうさ! でも、きっと『色々』ってとこを教えてくれたら……くぅっ、アトラファはどうしてそう、無自覚に人を傷付けるの? ティトだってきっとそう思ってる!」
このコーリーの言葉を聞いて、アトラファは「えっ」というように顔を上げた。
なんなの、この「わたしが悪いことしたの?」と言いたげな顔。
更に何か言おうとした時、「いいかげんにして」と遮ってアルネットが言う。
「どうして事前に話してくれなかったの? エリィがその……〈使い魔〉というものかも知れないということを」
◆◇◆
喧嘩していた二人は、その言葉に押し黙った。
エリィが〈使い魔〉かも知れないのに、どうして自分には話してくれなかった。
そんなアルネットの、無垢な問いに――、
瞬時に、元の分からず屋へと立ち返ったアトラファは答える。
「……〈使い魔〉の主に――グリルルスに気付かれたくなかったから」
「最初から四人を一堂に集めてから〈使い魔〉を当てれば良かったのに」
「そのやり方じゃ、ティトを――グリルルスを引き出せない。隠れて出て来なかったに決まってる。そして、うやむやになった後で、結局エリィを乗っ取って逃げていた」
お前が〈使い魔〉だとすでに知っている、そういう姿勢で挑むしかなかった。
そうアトラファは言った。ついでに、エリィと同様にコーリーも〈使い魔〉ではないかと疑っていたことも。
どっちが〈使い魔〉なのか分からなかったから、両者にハッタリ個別面接を行うことを決めた。たまたま一人目に選んだエリィが当たりだった。
「……そう。そうよね」
なまじ賢いアルネットは、言いくるめられてしまった。
……後からだと何とでも言えることだけど、〈使い魔〉が集団面接時に見つからなかったら、四人一部屋に寝泊まりしたら良かったんだ。
このくらいのこと、アトラファが思い付かなかったわけない。
コーリーは、自分が〈使い魔〉だと疑われていたことに、少し動揺を覚えていたが、それよりも――どうしてアトラファは、アルネットだけを疑わなかったのかが気になった。
その疑問に、アトラファはあっさりと答えた。
「黒い七竈を手にした以降のグリルルスと、今日までのアルネットが接触する機会が無いから。ほぼ有り得ない可能性は除外して良いと思った」
「私とエリィは、どうして疑ったの?」
「コーリーはもしかして王都に来る前にグリルルスと会ってたかも。エリィは地球出身だと言ってたけど、そこでグリルルスと会ってたかも……でも、アルネットは無いと思ったから」
「えぇー……?」
うーむ……と、コーリーは内心で唸った。
筋が通っているように聞こえるが、その論法ではコーリーが最初の被疑者になるべきではないのか?
アルネットが怪しくないのは分かる。だって王女さまで、王都の外に出ることなく庇護されて育って来たのだから。
コーリーとエリィが怪しいのも分かる。確かにコーリーもエリィも、以前に占い師グリルルスに出会っていた可能性は否定できない。
二人の内、客観的に疑わしいのは当然エリィだろう。
「地球」という、聞いたことの無い地域を出身地として自称しているのだから。
……でも、アトラファの視点で考えた時。
アトラファは「地球」が在ると思っている。とても辿り着き難い場所だと。
そんな場所にティト――グリルルスが子供の分際で易々と赴き、現地の少女であったエリィに黒い実を食べさせ、また易々と王都に帰って来れると。
そうは考えないはずだ。アトラファなら。
地球に行ってエリィに黒い実を食べさせて帰って来るのは困難。ベーンブル州で暮らしているコーリーと出会う方が現実的。
よって、コーリーこそが最有力〈使い魔〉候補。
……アトラファなら、そう考えるはず。
でも、何故かアトラファはエリィを選んだ。
取り押さえに失敗したのは、本人の思惑の外だったのだろうけど。
◆◇◆
――これからどうするか。
エリィを〈使い魔〉状態から解放し、取り戻すのは大前提として。
コーリー・アトラファ・アルネットの三人パーティとして、占い師グリルルスを追い詰める?
それとも、フォコンド隊と協力する?
いや、自分たちで何とかするしかない……そう痛感するコーリーだった。
なんたってアトラファは、フォコンドを信頼していない。冒険者としての実力は信用しているらしいのだけれども。
過去にパーティを追い出されたようだし、性格が――アトラファとはちょっと別方向にぶっ飛んでいる人だから。話すとまともだけど、付き合わされるとまともじゃないのが分かる。
あの人、引退した後「牧場を経営したい」と言っていた気が……。
コーリーの実家は主に牧畜を営んでいるので、フォコンドが望むのなら、実家でのアルバイトを紹介してあげようかな。
冒険者の経験だけを持って牧場経営に挑むより、実際にどんなものか体験してからの方が、いくらかマシだろう……。
ともかく、アトラファが彼を頼らないことだけは分かってる。
◆◇◆
――アルネットは、もう自分の取るべき手段を見つけたようだ。
大切なエリィが居なくなってしまったことのへの、悲嘆の時間は終わった。
顔を上げて、自身の掲げる方針をコーリーたちに述べる。
「王宮に戻って助けを乞う。ミオリとマシェルには悪いけど……あんなことして、こんなに良くして貰ったのに。〈しまふくろう亭〉の修繕費は必ずこちらで購う」
自分の所有物を処分したり、エリィの侍女としてのお給料から差し引いてでも……とにかく、自分たちの身を削って作ったお金で、必ず〈しまふくろう亭〉の修繕費を払う。
その上で今は、グリルルスを追い、七竈の魔物を撃滅し、エリィを奪還することに全力を注ぎたい……そうアルネットは言った。
「『全力』っていうのは、わたし個人の力だけじゃない。権力も使う。王都守備隊を動員する。魔物が城壁の中に入るなんて、本当はあってはならないこと。魔物は倒す……エリィは必ず取り戻す!」
〈学びの塔〉での彼女を覚えているコーリーは、この子はこんなことを話せたんだな、と目を丸くしてアルネットを見ていた。
その一方でアトラファは――、
「やめて」
と、一言だけ口にした。自分の膝に視線を落として。
――そうだ。グリルルスは、つまりティトは、アトラファの昔の友達なんだ。
王都守備隊が動員され、ティトが逮捕されたら――ティトが七竈の魔物を城壁内に持ち込んでいたことが発覚したら……。
アトラファが誰にも知られない内に、七竈の魔物を処理したいと考えるのは当然だった。
しかし、それはアルネットには伝わらない。
アルネットはゆっくりと、うつむくアトラファに眼差しを向けた。
「……どういう意味の『やめて』? わたしの声が大きかった? うるさくしたなら謝るわ。今後は慎みます――でも、」
そこで言葉を切る――めちゃくちゃ怖い。
アトラファは何も言わない。アルネットは言葉を待っている。
数秒、二人は言葉も交わさず、目も合わさず……でも睨み合っていたと思えた。
やがて、アトラファが絞り出すように言葉を発する。
「――時間を、」
「どうして? わたしに何の益が?」
「――慈悲を。一日だけ時間を。陽が昇ってから、再び夜が明けるまでの間に、必ずエリィを取り戻して見せる」
「担保として差し出せる物も無いのに言うものじゃないわ、冒険者アトラファ。申しわけ無いけど、あなたの生命とだって釣り合わない。わたしは全霊でエリィを助け出す!」
完全に部外者の立ち位置になっていたコーリーだった。
こんな必死なアトラファのことを……何度も見て来た。
そして思った……アトラファは、みんなを助けたいんだと。
ティトのことも。エリィのことも。アルネットのことも。
それなのに、いざという時、誰も頼ろうとしないから。独りぼっちで戦いに行こうとするから。
コーリーは、思わず声を上げた。
「アルネット! 一日待つのは、悪いことじゃないと思う!」
「……どうして?」
考えなしに言い放ったコーリーに、王女の眼差しが向けられる。怖い。
しどろもどろしてはいけない。間髪入れず返答しなければ。




