魔女狩り ⑤
「そうだよ……良く気付いたね。この子があたいの〈使い魔〉だってことに」
二分の一のハッタリだったが、あっさりと引っ掛かってくれる。
演技じゃない。エリィが言ってるのではない。
ティトがエリィの声でぬけぬけと言った。
わたしは内心、驚愕していた。
ティトの――黒い七竈の能力は「実を食べた者の行動を操る、その感覚を共有する」くらいだと思っていた。
しかし今ここで、ティトがエリィの意識を乗っ取っているのだと気付いた。
わりと凶悪な能力だ。〈使い魔〉となった他人に、完全に乗り移ることが出来るなんて。
でも、本体であるティトが迂闊なおかげで助かった。
ティトが悪辣な性格で、能力をひた隠しにし、悪事に邁進するようだったら、捕まえるまでに相当の時間を要しただろう。
あの頃のままのティトでいてくれて良かった。
出来るだけ情報を引き出しておきたい。本体であるティトと対決する前に。
「三つ聞きたい。いい?」
「いいよ。何? 答えるって約束はしないけど」
エリィが――エリィに宿ったティトが応じる。
わたしは一つ目の問いを投じる。
「――黒い七竈の能力は何?」
「言うわけないじゃない。まぁ……トゥールキルデが想像してるような能力だよ」
「それは『実を食べた生き物を操り、感覚を共有する能力』?」
「そう思ってるんなら、そうなんじゃない?」
ティトは、エリィの声でくすくすと笑う。
得意になってぺらぺらと喋るのだったら、同時に何体まで〈使い魔〉を操れるのか、というところまで聞いて置きたかった。
複数を同時に操れるのは間違いない。ティトが初めて〈使い魔〉の話をコーリーにした時、アイオリア州のことも分かる、と話していたそうだから。
これ以上は引き出せない。そう判断したわたしは二つ目の質問を発した。
「その能力を使っている間、ティト本人はどうなってる? 寝てるの? それとも起きて活動してる?」
「さあ? どうかな、疲れて動けなくなっちゃってるかも」
また、曖昧な返答をするティト。
仮に〈使い魔〉の意識を乗っ取っている間、本体が昏倒してしまう能力だとするなら、それは絶対に口にすることは出来ないだろう。
ただ、わたしは……ティトがこうしてエリィの口をを借りて喋っている間も、本人は意識を保っているのだろう、と思っていた。
コーリーが最初に占いをして貰ったという時、ティトの意識が無くなっている様子だった、という報告は受けていないからだ。
黒い七竈は――ティトは、本体の意識は明瞭でありながらも、同時に複数の〈使い魔〉を操り、感覚を共有することが可能。そう考えるべき。
三つ目。最後の――本命の質問をする。
「今、何処にいる?」
「……もうとっくに王都から出て街道に出たよ。あはっ、逃げ切ってやった。でも……次の宿場まで歩きかぁ。こんな時間だけど馬車が通りかかってくれたらなぁ」
「――二つ目の質問までは曖昧に答えたくせに、三つ目についてはずいぶん饒舌」
「……だって、それは、あたいの勝ちだからね」
ティトは、エリィの声で短く答えたが、その声はやや硬かった。
わたしは言った。
「王都守備隊に伝手もある、実力のある冒険者部隊が、ティトを捕まえるために動いている。すでに城門の警備は強まっているはず……わたしやコーリーから逃げれば勝ちだと思った?」
「……他の奴らが動いてるのにだって、気付いてたし」
「気付いたからってどうなの。これからどんどん増える。ティトの〈使い魔〉でも目が届かない所に、ティトを捕まえようとする連中が」
「………………」
ティトが押し黙った時点で、わたしは彼女がまだ城壁の外には逃げ遂せておらず、王都に隠れ潜んでいることを確信した。
わたしから逃れて〈火吹き蜥蜴亭〉を脱出し、道中でコーリーを煽るくらいの余裕はあったのだろうけど、警戒されている城門を突破する術は、持ち合わせて居なかったのだろう。
さっきの「街道に出た」は強がりだったのだ。
◆◇◆
わたしは、満を持して妥協案を提示する。
「エリィを〈使い魔〉状態から完全に解放して。それから黒い七竈をわたしに引き渡して」
「………………」
「ティトが植物の魔物を連れ歩いていることを知っている人は、今のところ、わたしとコーリーしか居ない。他の誰かに見つかる前に魔物を処分してしまえば、証拠は残らない」
ティトが押し黙るというか、無言で肩をいからせ始めたのが気になったが。
わたしは続けた。合理的で皆がそれなりに納得できるだろう提案を。
「後は、少額の詐欺事件の保釈金くらいは、わたしが工面してあげる……そしたらティトは自由になって、王都から出て好きな所に行ったら良い」
「……黒い七竈の話、コーリーにしたの?」
「した。冒険者としての仕事に必要なことだったから」
「……フォスファーの話は?」
わたしは今更ながらに気が付いた。
目の前の、エリィの姿をした――ティトの肩から、ふつふつと激情が湧いていることに。
何か想定していた事態と違う、様子がおかしいと思いつつ、わたしは答えた。
「話すわけない。話す意味もない。今はそんなことは関係ない……ティト、無事でいたいんなら、黒い七竈の魔物を……」
「そう。意味ないから話してないんだ――コーリーには!」
ニコッと向けられてきた、エリィの笑顔に、どうしてか背筋が粟立った。
のみならず、何故かわたしは生命の危機を感じ、咄嗟に蹲って床を転がる。
「っ!! ……!?」
瞬間、ティト――に乗り移られたエリィが、じゃんけんのチョキを突き出しているのが見えた。
それまで、わたしの頸があった位置を、白熱した炎の剣が通過する。
床に這いつくばった姿勢のわたしは、反撃しなければという衝動を押し殺し、エリィの姿をしたティトを見上げた。
同時に理解する。
ティトは〈土の民〉なので精霊法を使えない。対してエリィは使える。
今、エリィの身体を乗っ取ったティトは、無詠唱でかなりの制御力を要する術を使った。ティトは――七竈の魔物は〈使い魔〉が元々有する能力を、自分のものであるかのように使える。
たぶん、潜在能力を引出し、本来より数段上の威力と精度で……!
「……なんで、いきなり殺そうとするの?」
「殺そうとするわけないじゃない。信頼してたの……こんくらいでトゥールキルデがやられるわけないって」
「……頭おかしくなったの? 魔物に精神を乗っ取られた?」
「さあね、おかしいのかも。でも確実に言えることは……さっきのあたいの苛立ちは、怒りは、あたいだけのもの! 魔物のじゃない!」
寝台から立ち上がったエリィは、炎の剣を三度翻し、宿の外壁に人が通れるくらいの三角の風穴を開けてくれた。
……ひどい。ミオリに何て言えば。
エリィは曲芸のように、燃え盛る三角の隙間を潜って脱走する。
あの子はそんなことも出来たのか。それとも黒い七竈によって〈使い魔〉に付与された能力の一端か。わたしは追走するべきか。
今追えば……さっきの無詠唱の精霊法の威力。取り押さえられるか。でも……。
そんなことが頭をよぎったが、今は止めておいた。
今は消火に注力すべき。わたしの氷法術は役に立つはず……。
◆◇◆
この時のわたしに分かったことは……交渉が大失敗したということ。
二択で〈使い魔〉がエリィだということは当てられたが、その後の本体――ティトとの交渉は決裂してしまった。
物音を聞きつけてか、階下から複数の人が怪談を駆け上がって来る音が聞こえる。
アルネットにどう言えばいいのだろう。
〈使い魔〉のエリィ……彼女の行方は、この日、掴めなかった。




