魔女狩り ①
アトラファの客室にて。
不満を残しながらも、手順の再確認。
まず〈火吹き蜥蜴亭〉にコーリーが赴きティトを誘い出す。
アトラファは外部から客室に侵入、内部を捜索――アルネットとエリィには、侵入の様子を見ている者が居ないか監視してもらう。
例の細長いトランクケースに関しては、ティトが部屋に置いていたらベストだが、持ち歩いていても構わない。その際は作戦を延期・変更する。
懸念は二つ。
一つ目は、同じ調査をしているはずのフォコンド隊の動向だが。
「人員数では負けてるけど、捜査の進展はこっちがリードしてると思ってる」
「なんで?」
「フォコンドが調査中の重要な情報を、こっちは――わたしはもう持ってる。つまり、トランクケースの中身」
「中身が何なのか知ってるなら教えてよ。情報共有!」
コーリーの言葉に、アトラファは口をつぐんだ。
いや、冒険者としてのパートナーなんだから、依頼に関わることで知ってることなら開示してもらわないと。
アトラファは深く息を吐き、眼を閉じて話してくれた。
「未確定のことだから、誰にも言わないで……わたしはトランクケースの中に魔物が入ってると思ってる――植物の――七竈の樹の魔物」
「まも……っ!?」
コーリーは大声を上げそうになり、口元を押さえた。
うっかり叫んでしまうと、アルネットたちやミオリまで様子を見に来てしまう。
「コーリーと会う何年も前、わたしとティトは、そいつと遭遇して、伐り倒す機会もあったんだけど……色々あって出来なかったの」
「でも魔物って短命なんじゃ? あぁ、植物だったら短命だとしても、動物に比べると結構長生きするのか……」
植物の魔物――どうやって餌を得ているんだろう、魔物は肉食なのに。
根を張って動けないなら、罠を仕掛ける? 魔物なんだから根を足みたいに動かして駆け回る? ……違う。
アトラファは、ティトの千里眼と、魔物の能力との関係を疑っているのだから。
でも、魔物を飼い慣らせるはずはないんだ。そしたら……。
「今のティトが、私が知ってた頃と同じなのか分からない。もしかして最悪、本当のティトはもう居なくて、あのティトは魔物に操られた亡骸なのかもって……だから話したくなかった」
◆◇◆
懸念の二つ目。
ティトの千里眼がこちらの予想以上に万能で、囮を使った空き巣――じゃない、潜入捜査があっさりバレてしまった場合。
すごくありそう。前回は「屋外でアトラファが何をしてるか」を、即時正確に言い当てて来たから。
しかし、それは見越している。
そのためにアルネットとエリィに監視役を頼んだ。
「符丁を決めておこう。成功した時と、バレた時の合図の符丁」
「符丁?」
「ん。囮役のコーリーがティトとの会話中に、何かバレたなって感じた時は、わたしに伝わるように合図を送って欲しい」
「どんな?」
「天気の話しとか。出来るだけ大声で。上手くいきそうな時はいいけど。バレた時は雨の話をして」
そんな簡単に言ってくれるけど、会話の途中で急に流れを無視して天気の話をし出したら、ティトは警戒するのでは――。
◆◇◆
――作戦を決行する。
いざという時は、大声で天気の話をすることは共有している。
出発地は〈しまふくろう亭〉。目的地は、ちょっと歩いた先の〈火吹き蜥蜴亭〉。
侵入係であるアトラファ、監視係であるアルネットたちとは〈しまふくろう亭〉の前で別れ、各々がそれぞれのポジションに着くために移動する。
囮役のコーリーは、皆が配置に着く前に対象に接触することは出来ないので、少し時間を潰さなければならない。
南市街の商店で、軽食を摘まんだりとか……でも、ティトを誘い出す時にも「一緒に食事はいかが」的な手法を検討しているので、そしたら夕食が入らなくなっちゃう。
うーん……飲み物くらいなら。
オープンテラスの飲食店に入店。
麦茶かな。でも麦茶くらいで席を取るのも悪いな。
「あの、葡萄ジュースの水割りを」
注文し、老いた男性の給仕――もしかして店主かも知れない――が「かしこまりました」と言い、注文票に何か書いて立ち去るのを見送った。
コーリーは、ほうと息を吐いた。
――注文したジュースを飲み干したら行こう。
その頃には、全員配置に着いているはず。
しかし、その時――、
◆◇◆
「――相席、いい?」
「ふぇ?」
聞き覚えのある声と同時、返事も待たずに対面の席に著席したのは、誰あろう、ティトであった。
ゴトっと、例の細長いトランクケースを椅子の下に置いたティトは、店員を呼びつけて、コーリーと同じメニューを注文する。
「!? ……??」
コーリーは混乱の極みにあった。
えっ、ティトは〈火吹き蜥蜴亭〉に宿泊していて。そのはずで。
皆その前提で準備してたのに……何故ここに居るの。
ティトはにんまりと笑みを浮かべ、言った。
「なーんか、みんな、あたいのこと探ってるみたいで……あの宿、引き払ったんだ。居心地良かったのに残念」
千里眼――『今』起こっている事なら何でも分かる。
そうは言っていたけど協力者は? 誰? どうやって知った?
アトラファが立案した計画は? ……言うまでもない、失敗だ。
注文した飲み物を待たずに椅子を蹴り、店を出て路に躍り出ようとする。
そんなコーリーの背中に、ティトが声を掛ける。
「無理だよ。あたいは捕まらない……でも、あの子がこの街にいるって知って、はしゃいで派手に仕事をしちゃった……潮時だから、もう逃げるね。サンドイッチありがと」
「……それこそ無理だよ。逃げられないよ。どれだけの人がティトを追ってると思ってるの? 私やアトラファだけじゃないんだよ?」
半ばハッタリだった。
現状、ティトを追ってるのはコーリーとアトラファ、フォコンド隊。
司法部は、少し引っかかる案件くらいに捉えていて、今のところは大きく力を投入するのを控えているのかも知れない。
「知ってる。コーリーより知ってる。冒険者のフォコンド隊でしょ? 凄腕なんだってね。それに司法部ってとこの連中が……」
「………………」
絶句する。頭の中を探られてるようだ。
人狼という心を読む魔物を思い出すが……違う。
ティトは心を読んでいるのではない。コーリーたちよりも数段早く、しかも広範囲に情報を集めて把握しているんだ。
でなければ、襲撃を見越して宿を引き払うなんて行動を、絶妙のタイミングで実行出来るわけない。
組み付いてでも、トランクケースを奪うことを試みるべきだ。
しかし……アトラファたちはすでに〈火吹き蜥蜴亭〉の周辺に展開してる。
コーリーからの合図が無ければ、侵入を強行するはず。
見透かしたように、ティトが言う。
「〈火吹き蜥蜴亭〉に走らなくて良いの? あの子たち、気付かれて捕まっちゃうかもよ? 客がチェックアウトした後は、すぐに清掃やベッドメイクをするもんじゃない?」
「……どこまで見えてるの?」
「どこまでも見えるよ。あえて見てないけど、コーリーが今日、どんな下着を着けてるのかも、見ようと思えば見えるよ」
「……っ!!」
ティトはひらひらと手を振った。いってらっしゃい、と。
コーリーは頼んだだけで飲んでないジュースの代金を、テーブルに叩きつけた。
アトラファたちを助けに行かなければならない。ティトを放置して……今は。
◆◇◆
店を飛び出し、〈火吹き蜥蜴亭〉を目指して走る。
完全に上を行かれた。まずいまずい。間に合わないかも知れない。
〈火吹き蜥蜴亭〉の建屋が見えたが、アトラファたちが何処に居るか分からない。
コーリーは叫んだ。
「大雨なので、今日の作業は中止でーすっ!!」
たぶん聞こえた。アトラファにはこれで伝わる……そう願って。




