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黒き七竈の魔女 ⑬

 コーリー独自の調べでは、アトラファには順法精神とか倫理観と呼ぶべきものが乏しい。


 アトラファは、いざとなったら立ち入り禁止の立札を蹴り倒して侵入して良いと思っているし、良俗を乱すような下着姿でその辺をうろうろしても構わないと思っているし、今回のように犯罪の証拠を、疑いがあるというだけで、違法な手段で接収しても良いと考えている。


 この「必要なことを達成するためなら、不法を働いても良い」という精神性を、アトラファは普段は発揮することはないのだが、いざという時には必ずそうする、そう心に決めているようにも思えてならない。

 今回の、ティトのもとから占いに関わる怪しい物品を盗み出す、という計画についてもそう。見つからなかったら大変。見つけたとしても証拠として有効なのだろうか。


 そのようにコーリーは懸念しているのだった。

 そして何より、最大の問題は……、


「……盗めるわけ無いと思うんだよね。肌身離さず持ってるもんじゃない? そんな自分の命運に関わる大切な物だったら」

「ティトは、おそらく王都に来てすぐの時、コーリーと初めて会った時は、細長いトランクケースみたいなのを持ってたんでしょ?」


「うん、まぁ……」

「じゃあ、それに入るくらいの大きさの何かなんだ……コーリーは雑談でもして、ティトを何処かに連れだして欲しい。その時、ティトが何か持ち出してるんだったら、それが占いの核心に関わるもの……手ぶらだったら部屋の中に置いてるだろうから、盗める」

「〈火吹き蜥蜴亭〉の金庫みたいなとこに預けてたら? 盗めないじゃん」

「わたしが知る限り、金庫が必要になる上客は、北市街で宿を取る」


 ティトはその何かを肌身離さず持ってるか、自室に隠してるか……どっちか。

 アトラファは、揚げ芋の入っていた紙の入れ物を、くしゃっと手の中で握り潰し、腰掛けていた縁石から立ち上がった。


 ……うーん。全然方針を変えようとしてくれない。

 もう一つ、コーリーは犯罪まがいの捜査方針を転換させるべく、再考を促した。


「それに、ティトは言ってたんだよ……『今起きてることなら分かる』って。仮に私が囮になって連れ出したとしても、ティトには見えるんじゃないの? ……自分が留守にしてる部屋に、誰が忍び込もうとしてるのかが」


「それだったら、それでも良い……逆にわたしも見てるから」

「……え、どういうこと?」

「ティトがわたしを監視している瞬間は、わたしにとっても協力者を発見するチャンスだっていうこと。相手に見えてるなら、わたしにも見えるはず」


 まぁ、理屈からいえばそうかも知れないけど。

 例えば、相手がめちゃくちゃ遠くから監視してたらどうするのだろうか。

 アトラファは、事もなげに応える。


「こないだ、断層の調査に行くために買った遠眼鏡を持ってくから、平気」

「うーん……。何だか上手くいかなそうな気がする」


 コーリーは呻いた。

 というのも、アトラファは実際に自分で体験してないから知らないんだ。ティトの占いの凄さを。あれは占いっていうより、千里眼だ。

 今、この瞬間にどこで何が起こっているかを、たちどころに知ることが出来るなんて。


 しかし、この瞬間コーリーは非常に重要なことを思いだした。


「そうだよ! 『つかいま』って何!」

「協力者のことでしょ。……詐欺組織の独自の符丁とか?」


「そんなんじゃない気がするんだ。ティトは……『王都とアイオリア州に、つかいまを置いてる』って言ってた。『置く』っていう表現使う? 協力者に対して」

「……普通に使うと思うけど。『人員を配置する』とか」

「そうじゃなくて」


 コーリーは頭を掻きむしった。どう言えば伝わるだろう。


 ……王都とアイオリア州、距離を隔てた複数の箇所に、ティトの協力者がいるとする。

 ごく単純な疑問がある。……彼らに対するお給料は?

 州を跨いでの組織なら、それなりに大規模で、資金力だってあるはず。

 じゃあ……どうしてコーリーと最初に出会った時のティトは、サンドイッチを買うお金も無くて飢えていたのだ?

 コーリーがそこまで意見を述べると、アトラファはようやく耳を傾けてくれる。


「ティトは個人事業主で、協力者は無報酬のお手伝いなんじゃないか、って言いたいの?」

「んん? うん……ティトはそんなに資金力が豊富では無さそうだったけど」

「……やっぱり盗むか」


 アトラファがそんな剣呑な事を言うものなので、コーリーは「なんでよ!」と声を荒げそうになった。

 なんか、放置したら次第に良くないことになりそうだから、とアトラファは言った。


 ……どっちにしろ良くないことになりそうなんだけど。



     ◆◇◆



 場所を移動し、〈しまふくろう亭〉の客室。

 ひどく気乗りがしないコーリーに、アトラファは盗みの手順を説明する。


「コーリーが囮になって。ティトを客室の外に誘き出して……最低でも〈火吹き蜥蜴亭〉の一階くらいまでは引き離して欲しい。そしたら……わたしがティトの部屋に忍び込んで調べるから」


「……おかしくない? 囮役って下手したら現行犯で司法部に逮捕されちゃうかもしれないじゃん。アトラファはティトと昔、仲良しだったんでしょ? 囮はアトラファの方が適任でしょ。少なくともティトは今も、アトラファのこと大好きじゃない! ……配役の変更を要求する!」


「現行犯で逮捕されるかもなのは、こっちも一緒だし、侵入の役はコーリーには荷が重いっぽいんだけど……屋根の縁に手をかけて、けんすい出来る?」

「そーれーでーも!」


 コーリーは、ふんすと鼻息を荒くした。

 アトラファがティトとの接触をなるべく避けようとしてるのが、何となく気に食わない。

 逆に、アトラファがティトと積極的に関わろうとしたとしても……それはそれで気に食わなかったのかも知れない。



     ◆◇◆



 ――さて行くか、と思った時、アトラファの瞳は別の二人を射止めていた。

 アルネットとエリィ。


 高貴な身分の二人なのだが、紆余曲折あって、ここ〈しまふくろう亭〉で雑用をしている境遇なのであった。


「……ちょっと手伝える? ミオリには後でわたしから言うから」

「うぇー……。エリィはあんまり……」

「また冒険者ギルドの依頼? わたし、手伝いたい!」


 エリィが全く乗り気でない反面、アルネットは嬉しそうだった。

 前回の断層を調査する小旅行が、王女にとって未体験の楽しい旅だったのだろう。

 でも残念ながら、今回は城壁の外を冒険するんじゃなくて、王都の中である人物をねちっこく調査する依頼なんだ。

 エリィが乗り気でない理由は……思い当たらない。

 コーリーは、元々自分も乗り気でないのもあって、言ってみる。


「ねぇ、アルネットまで巻き込むの? 別に良いじゃない、正攻法で証拠が見つからなかったら。見つからなかったでさ」


 アルネットは王女さまだよ。こんなことに巻き込んで良いの?

 何だったら、依頼をキャンセルしたって良い。違約金は取られるだろうけど。

 しかし、アトラファは納得しなかった。


「アルネットとエリィの力は必要になる。今回、フォコンド隊と連携を取れない気がするから、正規の冒険者でない戦力が必要」

「……なんで?」


「六年前に、何か置き忘れてきた気がしてるの……。昔のティトは占いなんかしてなかった。そんな力は持ってなかった。じゃあ今、ティトは『何』の力を借りてるの? ……あの樹、あの樹はどうなったんだろう。わたしは自分のことに精一杯で始末を付けなかった。薬草園にあった、あの樹は」

「?」


 この時、コーリーにはアトラファが何のことについて話しているか分からなかった。

 もし、ティトが……、とアトラファは続ける。

 本当に「今起きている事」を全て知ることが出来るのなら、その行為に使用している何かを盗みに入ったとしても、たちどころに侵入を見破るだろう。


 それでも良い。

 見破られた時、協力者――『何か』と同一のものかは分からないが――もまた、こちらを見ているだろう。

 それを見つければ良い。ティトが何を介して「今起きている事」を知り得ているのか。


「それだったら、フォコンドさんたちと力を合わせたら?」

「だめ。でも……アルネットに迷惑はかけない。見ててもらうだけ。わたしが盗みに入った時、誰がわたしを見てるのか」

「………………」


 アトラファは何となく真相に近付いているのだろうと思えた。

 それでも他の冒険者と情報共有せず、捜査を推し進めようとするのは――ティトが旧知の仲の人物だからだろうか。


 深く息を吐いて、コーリーは言った。


「アルネットに言えることは話して、それでも協力を仰げるなら良いんじゃない」

「うん……ありがとう」


 アトラファは答える。

 ――当然のように、コーリーが自分に従い着いて来てくれるとは、アトラファは信じていなかったと思う。

 もしコーリーが、そんな事には付き合えない、止めた! と言ったらアトラファはどうしただろう。ティトは……。

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