飛空船への招待状
――ガチャ。かららん。
〈しまふくろう亭〉に帰ると、アルネットとエリィが拭き掃除に励んでいた。
エリィの精霊法よって破壊された、テーブルや椅子などを取り換え、新しく搬入された物を拭きあげているのだった。
夏の盛りで、気温も高いので、二人とも汗みずく。
そこに、ミオリが麦茶を運んで来る。
「休憩にしましょう! あ、コーリーちゃんにアトラファちゃん、良かったら……麦茶飲まない?」
お言葉にあまえ、ご相伴にあずかることにする。
ぬるい麦茶は、アトラファが氷の精霊法で冷え冷えにしてくれる。
飲み物を絶妙に冷やすというのは、アトラファの特技なのだが、アルネットはそれに納得がいっていない様子だった。
「……それ、前から思ってたけど、どうやってるのよ? おかしいでしょ。氷精霊法でしょ? 何でいっきに凍らないの?」
「凍らせようとせず、冷やそうと思って術を制御すればいいの」
「そんなの、わたしだってやってるのよ! でも、燃やそうとしたら燃えちゃうのよ!」
「……燃やそうとしたら、それは燃えるのでは?」
「うぐー! ああ言えばこう言う!」
アトラファの術の制御力は、おそらく他人に真似できないものだ。
気力を枯らすほどの、本気のアトラファの一撃は見たこと無いけど……術の威力そのものはアルネットの方が上だろう。
しかし、アトラファは自在に術の出力を調整できる。凍らせることも、ほどほどに冷やすこともできる……地味だけど、すごい才能なのだ。
「夏は、やっぱり冷えた麦茶だねぇ」
「そうだねぇ」
コーリーは、エリィと共に麦茶のコップを傾けた。
――美味しい。
◆◇◆
調査依頼について相談したいことが有ったので、アトラファを伴って自室に戻る。
しかし、何故かアルネットとエリィが一緒にくっついて来る。
仕事の話だから、あまり聞かれたくないんだけどな、と思うコーリーだったが、
「大事なことだから、今日、話しておこうと思って」
アルネットがそんな風に言うので、部屋に招き入れることにする。
大事なことってなんだろう? そもそも、王女であるアルネットが〈しまふくろう亭〉に来た理由ってなんだろう?
コーリーが退学の憂き目にあった件について、謝りに来たと思っていたのだが。
「これを渡すはずだったの」
「なに?」
アルネットが差し出したのは、二通の封筒だった。
普通の白い封筒ではないし、速達の青いやつでもない。
緑色で、金に縁取りされていて……蝋で封印されてる。見た目からして凄いやつ。こんな豪奢なお手紙は受け取ったこと無い。
アルネットは言った。
「飛空船の話、したことあったでしょう?」
「あぁ……うん」
「夏の終わりにね、ハーナル州で、飛空船のお披露目を兼ねた遊覧飛行があってね……ついでに、わたしの初めての公務だから……ね。レノラたちにも招待状を送っててね」
「じゃ、これ招待状なの?」
「うん、まぁそう……わたし、コーリーにあんなことしてしまったから、喜んで貰えないかもしれないと思って……今まで渡せずにいたんだけど」
アルネットは、もじもじと両手を組み替えながら言った。
基本的に高圧的な子だと思っていたけど、奥ゆかしい所もあるんだ。
というか、素直に嬉しい。レノラたちとまた会える。
それに、二通あるということは……。
「レノラへの手紙で、コーリーには『アトラファ』っていう恩人がいるって、知っていたから。アトラファの分も送らなければと思って」
「最高じゃないですか!」
思わず敬語が出てしまう。アトラファをみんなに紹介できる!
しかし、当のアトラファは、すーん、とした表情で封筒をひらひら振っているのだった。
もちろん、コーリーは諌める。
「だめだよ、そんな雑に扱っちゃ! 王女殿下からの招待状なのに!」
「んー、そういう式典みたいなのには興味ないんだけど……飛空船は、実物を見てみたいから、貰っとく」
これなんだからなぁ、アトラファは。
たぶん、これでアルネットが「不敬! 招待状は取り上げる!」とか怒り出したとしても、アトラファは「あっそう」で済ませるのだろう。
幸いにも、アルネットが怒ることはなかった。
最後に、エリィが普段と違う口調で、変な事を言った。
「……ふーん。そういうのあるんだ。あたいも欲しいな、招待状」
「何言ってるの。エリィには式典に付き添ってもらうわよ。招待状なんか無しに」
「あっそう、エリィは行けるんだ……でも欲しいな、あたいの分の招待状」
「エリィ?」
アルネットが再び問いかけると、エリィは普段の様子に戻った。
でも、何かおかしかった……「あたい」?
エリィって、そんな話し方をしていただろうか?
◆◇◆
有難く、「飛空船お披露目の式典」の招待状を受け取り、コーリーは天にも昇る気分だった。だって、レノラたちも同じ招待状を受け取っている。
また会える。おしゃべりして、一緒にお菓子を食べて――。
うふふ、あはは、と室内でくるくる舞っているコーリーに、アトラファが現実に引き戻す言葉を掛ける。
「――『占い師グリルルス』については?」
「あぅ……そうだった」
コーリーは、占い師グリルルス――ティトとのやり取りについて、全て話した。
協力者はいないと考えられること。
過去と未来については答えられないと、本人が言ってこと。
そして――現在起きている状況、あの時アトラファが何をしていたのかは、正確に具体的に言い当てたこと。
それを聞いたアトラファは、黙って考え込んでしまった。
「………………どうやって?」
「それなんだよね……」
別に占い師の犯罪を暴いて捉えろ、とは言われていないのだから、このまま冒険者ギルドに報告しても良い。
報酬は貰えるだろう。占い代の銀貨一枚はもどらないとしても。
アトラファは効率的なのが好き。
いつもの普通の依頼だったら、アトラファはさっさと流して報酬を受け取るはず。
でも、今回のアトラファは……、
「んー、…………」
皺を寄せた眉間を揉んで、悩んでいるのだった。
不自然には理由がある、というのが冒険者としてのアトラファの考え方だ。
ティトは、アトラファの古くからの知り合い。
魔物ではない。協力者もいない。
占いはパフォーマンスだ。占いを装って、何かを使って「その時起きている事」を知覚している―ー。
「精霊法じゃないの? 〈騎士詠法〉があるんだから、何か類似した、もっと発達した技術があって、ティトはそれを使ってるのかも」
「ティトは精霊法を使えないの。〈土の民〉だから」
「えっ」
驚くと同時に、そんな他人のデリケートな情報を軽々しく口にして平気なのかな、とも思った。
でも〈土の民〉……〈土の民〉だったんだな、あの子……ティト。
そう思ってしまう自分もいて、コーリーは戸惑った。
◆◇◆
ティトに協力者はいないと思われる。
本人は〈土の民〉なので精霊法は使えない。
魔物でもない。
どうやって、占いを的中させているのだろう。
ヒントは……過去や未来のことは分からないと、ティトが言っていたこと。
現在起きていることだけ分かる?
……あと、そうだ。
「つかいま」って何のことだろう?
聞き慣れない、不思議なことを言っていたんだ、ティトは。




