黒き七竈の魔女 ⑧
コーリーは……アトラファの知り合いなのだったら、話が早いかも知れない、と思っていた。
当たり過ぎる占い。失せ物・探し人が何処に居るのか、たちどころに分かる。
きっと協力者がいて、協力者があらかじ盗んだ物を、さも占いの結果のように言い当てているだけだと疑われている。
だから、いかにも占いをしそうな年代の、コーリーたちに依頼が来た。
いや、自分たちくらいの年齢の子だったら、誰でも占いを信じるわけじゃないし……結構な無茶を振られたな、とコーリーは思ったのだが。
でも、アトラファとティト――「占い師グリルルス」――が知り合いであるというのなら、話は別。直接聞けば良い。
……お前、何か悪いことやってるんじゃないか、と。
歯に衣を着せぬアトラファがそう問うと、ティトはきっぱり否定した。
「協力者なんて、いるわけないじゃない。王都に入ることすら苦労したのに……でも、苦労した甲斐あったな。……おまえと、また会えたから」
「いちいち、気持ち悪いこと言うのやめて」
「コーリーに、あたいたちのこと話した? 話してないね? ふふ」
「ちょっと、外の空気吸ってくる」
アトラファが席を立って、客室の外に出て行ってしまった……。
たぶん、ティトの絶妙な気持ち悪さに耐えられなくなったのだろう。
コーリーだってそうする。
◆◇◆
しかし、アトラファが退室し、コーリーと二人きりになると、ティトは大きく溜め息を吐いた。
胸に手を当てて、呼吸を整えている。
あまり聞きたくなかったが、コーリーは一応、ティトの体調を気遣ってみた。
「……どうしたの? やっぱり宿の人に言って、お医者さん呼んでもらう?」
「平気。そこまでじゃないよ。でも思ってたより辛かったかな。……あの子があたいを見て、すぐに気付かなかったのもそうだけど……今、あたいにあんまり興味を抱いて無いっぽいのが、苦しいよ……昔はあんなによそよそしくなかったのに」
「……。え、えーと。何か私にできることある?」
コーリーは喉から絞り出すように言った。正直、何も無ければ良い。
だって、発言の内容が……重い過去を秘めている匂いがぷんぷんする。
愛が重い。一方的な愛が。
たぶん、コーリーが知らない昔、二人の間で何かあったのだろう。
なのにアトラファは、スッと逃げてしまった……コーリーを残して。ひどい。
「ティトは、アトラファとどういう関係? アトラファは割と人見知りだけど、仕事と割り切ったら、距離感とか気にせず物を言う性質だと思ってたんだけど……ティトに対しては、何だか遠慮してるというか」
「えっ? そう……遠慮してるんだ……そうなんだ、へへ」
ティトは、少し元気を取り戻した。
元気が――というよりは、薄暗い情念の火が火勢を吹き返した、と言った方が適切な表現かも知れなかった。
どういう関係なのかは教えてくれなかった……。
◆◇◆
――アトラファが出て行ってしまったので、代わりにコーリーがこの質問をすることになった。
もう顔見知りなので、単刀直入に訊ねる。
「ティトは、どうやって探し物や探し人を占い当ててるの?」
これが、端的にして本質に迫る疑問。
あまりにも当たり過ぎるので――つまり、探し物の在り処を、あまりにも正確に、短時間に探り当てるので――誰か共犯者がいて、窃盗や誘拐をした後、ティトにその在り処や居場所を伝えているのではないか、という疑問。
「協力者なんていないし。あたいは王都に一人で来たの。つるんで仕事する知り合い居ないし、人脈を作る暇も無かったし」
「うーん……、でも、そうか、そうなんだよね……」
コーリーは、南広場のターミナルで、ティトが頼る伝手も無く飢えていた様を覚えているので、その弁明には信憑性があると思えた。
ティトが仮に何か、占いと見せかけた犯罪行為をしているとしても、協力者は居ないという可能性が高いのではないか。
しかし、これは冒険者ギルドで請け負った依頼。
一度、南広場で占ってもらったことはある。あの時は騙された、インチキだと思った。
――でも、いま一度、冒険者ギルドへの報告のため、何か占ってもらおう。
コーリーは言った。
「もう一回、占ってもらって良い?」
「もちろん! 銀貨一枚! 銅貨だったら十二枚! 金貨はお釣りないよ!」
「……めちゃくちゃ値上がりしてない? 前、銅貨五枚だったよね?」
「需要に合わせて価格を上げたの。あたいの占い、今は流行ってるけど……いつ客が流れてくか分かんないからね。水商売ってやつなの、占いも」
そう返されて、コーリーはしぶしぶと銀貨一枚を支払った。
これって、経費として報酬に上乗せしてくれるんだろうか……領収書がないと駄目かな。でも、ティトがくれる領収書って、体裁が整ってなさそう……。
但し書きに、何て書いてもらえば良いのだろう。「占い代として」って? ……もしコーリーが会計係だとしたら、絶対に経費にはしない。
「うぅ……」
「? 何で泣いてるのか知らないけど。何を占って欲しいか言って。さぁさぁ。過去とか未来のことはダメだよ。今起きてること……王都と――アイオリア州で起きてることなら分かるよ――その場所には〈使い魔〉を置いてるから」
「つかいま?」
「あっ……。忘れて。あたい独自のまじないみたいなもんだから。何を占って欲しいか、言って言って!」
コーリーは、少し考えた。
占いが当たり過ぎるから怪しい――という理由で、ギルドに調査依頼が来た。
この占い師は、あらかじめ犯罪が起こることを知っていて、犯罪者と共謀して、占いの結果を創り出しているのではないかと。
コーリーはそうではないと思った。協力者は居ない――だとすれば、ティトは独力で色んな占いを的中させている「本物」だ。
でも常識人を自認するコーリーには、占いを信じることは、今以って出来なかった。
なので、意地悪だが、ティトが言い当てられないであろうことを質問する。
「……今、王都で起きてることなら、何でも分かるんだよね?」
「そうそう! そういうことなら何でも答えられる、あたい!」
「アトラファが……、さっき部屋を出て行った、私の連れの子ね。あの子が今何やってるか、分かる?」
分かるわけないと思った。コーリーにだって分からない。
もし予想が外れて協力者がいたとしても、今、このタイミングでティトと情報伝達をするのは不可能。
前に心を読む魔物と戦った。けど今この瞬間、コーリーにもアトラファが何をしているのかは分からない。心を読めたとしても、質問には答えられない。
答えられない……そのはずだったのだが――、
「なぁんだ! そんなの簡単!」
「えっ」
ティトが喜んで言ったので、コーリーは逆に動揺した。
いや、アトラファが今何をしてるか、ティトも見てないし報告もされてないので、分からないはず。分かるわけない……適当な事を言っている。
後でアトラファに聞けばそれを証明できる。嘘だったってことを。
ティトは続けた。
「トゥール……、あの子はねぇ、今、宿の外で石畳の隙間の溝を……板の端切れみたいなのでほじくってるねぇ……よくもまぁ、こんな暑いのに外で、そんなことをするねぇ。変な事をしがちなのは、変わってないね、昔から」
「…………………」
ティトの答えは異様に具体的だった。占いというより、見て来たかのようだ。
アトラファなら、確かにそんな事をしがち。その光景が、瞼の裏にありありと浮かんでしまう。
でも、そうとも限らないのでは。
ティトは、アトラファと知己の関係らしいから、行動パターンを理解していて「こんなことをしそう」という想像を口にしているに過ぎないのでは。
それを確かめるには、アトラファ本人に確かめる他、ない。
◆◇◆
ティトと連れ立って〈火吹き蜥蜴亭〉の外に出ると――、
まさしくアトラファは、その辺で拾ったような、ゴミみたいな木の端切れで、石畳の隙間をほじくって遊んでいた。
「……ん?」
こちらに気付いたアトラファは、手にしていた木切れをポイと捨て去り、立ち上がった。
ひどく切ない光景を見てしまった……とコーリーは思ったが、さておき。
傍らに立つティトは、ふんす、と背を逸らし胸を張って言う。
「ね? あたいの占い、間違ってなかったでしょ?」
「……そ、そうだね」
得意げな声に応えつつ、コーリーはぐるぐると考えを巡らせていた。
コーリーの主義からいって、占いなんて当たるわけない。
当たるとしたら、たまたま偶然、自身の境遇や性質が当てはまったとか。
でなきゃ、やはり協力者がいて仕込みをしていて――占いの結果を偶然に見せかけている。でも、協力者はいないとコーリーは判断したのだ。
そしたら、ティトはどうやって、アトラファが今何をやってるのか言い当てられたのだろう?
魔物の能力? 魔物の能力は知る限り何でもありなので、千里眼のような能力を備えている魔物がいてもおかしくないと、コーリーは考えている。
でも、魔物だったら狂っているはずだ。誰彼と構わず傷付ける、暴力と殺戮の虜になっているはず。
ティトは意思疎通ができる、全くの正気だし……そもそも精霊に祝福されている「人間」は魔物にならない……。
分からない。後でアトラファと相談しよう。
コーリーは、現時点でそう結論付けた。
「ティト、色々とありがとうね」
「うん。こちらこそ」
「?」
こちらこそ? ティトに対して何か感謝されることしただろうか。
ティトは、アトラファに対しては何も言わなかった。
アトラファも、ティトとの関係について話さなかった。
過去を詮索しようとは思わないけど、ティトの占いの秘密については、アトラファと話さないと。どうして、誰かからの報告も無かったのに、アトラファの行動を即時に言い当てられたのかを。
占った? そんなんじゃない、正確すぎる。
どやっ、とティトは鼻息荒くしていたけど……協力者がいる線も薄いし、ティト自身が魔物である線はあり得ない……。
でも、正確すぎる。何かをしたんだ……何かを。




