黒き七竈の魔女 ⑥
何か飲食物を注文して、件の占い師が姿を見せるまで粘ろう……そんな算段を二人でしていた、その時。
「――もういいわ、その子たちは特別……《あなたの隷属は解除する》」
階上から、そんな声が聞こえてくる。
従業員の女性は、不意にめまいから覚めたかのように頭を振り……自らの額に手を当てて言った。
「……ああ。あぁ、はい、はい……あれ、私は今まで何を……」
「気にしなくてもいいの。少し休めば良くなると思う」
声と共に、とんとん、と階段を下りてくる足音も……。
……っていうか、この声。
やっぱりあの時、南広場で出会ったティトではないか。
◆◇◆
階段を下って来たその女は、最初に何故かアトラファに目配せし、次にコーリーと視線を合わせると、にま、と笑った。
仰々しく演出して登場したのは――。
「そ、あたいよ。偉大なる占い師グリルルス様は、このあたいってわけ……驚いた?」
「やっぱりティトじゃない! 別の意味で驚いたよ! なんでサンドイッチも買えないインチキ占いなのに、こんなちょっと高級な宿に泊まれてるの!?」
「……ティト? …………ティト?」
アトラファは眉をひそめて、何かを言っていた。
そんなことより、あのティトが、行き倒れかけてて食べ物も買えなくて、コーリーが恵んだ玉子サンドを貪るように食べてたあのティトが、こんなちょっと高級な宿に宿泊してるのが信じられない。
あのインチキに嵌っちゃう人、そんなに沢山いたのかな……。
だとしたら、王都の民の危機管理意識がちょっと心配……詐欺とかが横行しないと良いけど。
そう言うと、ティトは怒りだした。
「詐欺とかインチキじゃなーい! 実力よ! あたいは本当に未来……は見えないけど、失せ物・探し物が、何処に有るか分かるの!」
「でも、南広場で私を占った時は、インチキだったじゃない」
「あの時は巡り合わせが悪かったの! ……や、むしろ良かったのかな? ともかく! ついにこの日が来た!」
不意にフフフと笑い始めたティトを、コーリーは若干引き気味に警戒した。
ティトはコーリーから視線を外し、アトラファに指を突き付けて言った。
「ここで会ったが六年目! やっと巡り会えた……!」
六年目? 六年前っていったら、コーリーもアトラファも、子供も子供。
八歳とか九歳とか、そのくらいの歳なはず。
ティトの場合、南広場で出会った時には、自称十四歳であったが、見た目はもっと年上に見える――何というか、自分やアトラファに比べて、同い年には見えない。
身体の凹凸がコーリーたちと比べてあまりにも違い過ぎる……あと身長も。
六年前に二人の間に何かあったのだろうか。
アトラファには、コーリーの知らない過去がある。
フォコンド隊との色々とか。冒険者になる前の事とか……あまり詮索はして来なかったけど……。
何か過去に因縁があったんだろうな――という思いと共に、アトラファに視線を送ると、彼女は、口を半開きにしてきょとんとしていた。
なおかつ、コーリーに対して訊いてくる。
「……コーリーの知り合いなの? あの人」
「え? うんまぁ……知り合いっていえば知り合いだけど……。え? アトラファの知り合いじゃないの? 六年前に何とか言ってるけど」
「知らない」
アトラファはそう言い切った。
コーリーは……、もしかして過去にアトラファが無意識に悪口みたいなことを言って、それをティトは根に持っているのかな、と思った。
前にククルが言っていた通り、たまにアトラファは心無い正論を口にするから。
けれど――、
ティトは敏感に反応した。「知らない」という言葉に対して。
「えっ、知らない? 見て分からない? ……あたいを?」
「知らない。会ったことも無い……だれ?」
むしろ、何故自分の事を知っているのだ、というように、アトラファは返した。
それまで「フフン、良くあたいの元まで辿り着いたわね」という態度で、階下のコーリーたちを見下ろしていたティトであったが――。
◆◇◆
「――えぇっ!?」
ティトは狼狽し、テラスから階段をドタドタと駆け下りて、コーリーたちの側にやって来た。
不意にアトラファの両肩を掴み、がくがく揺さぶる。
「嘘でしょ? ……はぁっ!? 嘘でしょ!! 覚えてないとか! あたいたち、あんなに一緒に過ごして、あんな思いをして……っ!」
「んー……?」
激しく揺さぶられているアトラファがしんどそうだったので、コーリーは二人を引き剝がそうと試みる。
無事に引き剥がされたアトラファは平気の体だったが、ティトは何だか胸を抑えて苦しそうだった。表情も険しい。
コーリーは呼び掛けてみる。
「ティト……?」
「ハァ、ハァ……、嘘だよね? 覚えてないなんて、ね。トゥール――」
「んん?」
アトラファは首を捻っていた。
思い出せと言われても、思い出せない……頑張って思い出そうとしてるけど、やっぱり無理……。そんな様子。
ティトの方は、アトラファを知っている様なのだけれど……。
「思い出せない。だれ?」
ティトは――、
アトラファが自分を思い出してくれない様を目の当たりにすると、トターン、と仰向けに倒れた。ぷくぷくと泡を吹いてる。
過去、アトラファは彼女に何をしたのだろう……。
すでに正気に戻っている従業員が駆け付ける。
意識を失い、倒れたティトを客室に運ぶのを、コーリーとアトラファは手伝った。
人間って、予期せぬ衝撃を受けると、本当に泡を吹くんだな……と、コーリーは知った。
そして、泡を吹いている人がいたら、そっと横向きにして、泡が喉に詰まらないようにしないといけないのだな、ということを知った。
応急処置の心得のある、アトラファと従業員の人が、てきぱきとやってくれた。
◆◇◆
占い師グリルルスは、やっぱりティトで……、そのティトは何者なんだろう?
アトラファの知り合いっぽいけど、本人は「知らない」って言ってるし……。




