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黒き七竈の魔女 ④

「――そういうわけで、冒険者じゃない、町娘っぽい衣装を用意してもらいました」

「えぇ……」


 コーリーの部屋に、皆を招集した。

 まだ夏の盛りだというのに、濃紺のフードを着っぱなしのアトラファが呻いた。


 用意してもらった衣装は、ミオリが数年前まで日常的に着用していたお古。

 何となく取っておいたと言うので、有難く借り受けることにした。


 コーリーの部屋のベッドに腰掛けたエリィが、「おー」と投げやり気味の歓声を上げ、拍手をした。

 アルネットはその隣に座って、あくびをかみ殺している。


「……なんで、わたしたちを起こしたのよ。眠いのよ。そして忙しいのよ。四半刻後には、水汲みと掃除に取り掛からなくちゃいけないのよ……まだ寝ていたいのよ!」

「エリィもねぇ……ねてたいねぇ」

「わたしも……」


 アルネットにエリィに加え、アトラファまでもが「まだ寝てたかった」と不満を表明し始めたため、非難を浴びたコーリーはちょっとたじろいだ。

 アトラファが朝に弱いのは知っていたが……もしかして、明けの刻の鐘が鳴る前に目を覚まし、活動を始める自分の方が、少数派に属しているのか……と。



 ゴーン――ゴーン――。



 鳴り響く鐘の音……。

 

「はいっ! さぁ朝だよっ! 今日はアトラファにこの服を着せるの!」


 そう言ってコーリーが両手に持って突き出したその服は――。

 麻製で肩出しの上と、丈が膝上のスカート、というツーピース。

 ミオリさん――子供の頃……っていうか最近までだろうけど、こんなの着ていたんだな。


 アトラファは最後まで抵抗した。

 普段から、濃紺のフード付きローブを頭から被って、脱ごうとしない。

 愛用の濃紺のフードを剝がされ、ミオリのお下がりの服を着せられたアトラファは、泣いていなかった。ただ消沈していた。

 アトラファは、自身の足元を見つめ、沈痛な面持ちで立っていた。


「こんなに手足を露出させた服を着たこと無い……それに、せめて帽子を。顔を……顔を隠さないと」

「や、可愛いよ! それに、いつも下着同然の格好でうろうろしてるじゃない! それに比べたら全然普通!」


 コーリーは、それがフォローになってるのかも分からないまま、褒め称える。

 アルネットとエリィは、それぞれに、珍しい冒険者でない出で立ちのアトラファを評価する。


「うーん……。背筋を伸ばして、踵をくっつけて膝を伸ばして――うん。そんな感じで立ってると良いかも。あとは髪を梳かせば……」

「エリィが髪を梳かしたげる!」


 言うが早いか、エリィはアトラファの両肩を掴み、寝台に腰掛けさせると、自分はその後ろにぺたんと座り、その髪を梳かし始める。

 何か柑橘系の匂いがする香油――コーリーの物ではないので、多分アルネットが持ち込んだ物――を振りかけ、寝癖を直していく。

 エリィは、ふんふんと鼻を鳴らしながら髪を梳かし、


「いいにおいがするねぇ。蜜柑(みかん)の皮みたいなのと、アトラファのとがまじって」

「……気持ち悪いから、そういうこと言わないで」


 と、死んだ表情のアトラファに辛辣な言葉を返されていた。


 コーリーとアルネットは、姿見を二人で抱えて運んでくる。

 元々、コーリーが欲しかった家具の一つで、冒険者ギルドからの収入がある程度安定した頃に取り寄せていた。

 アトラファの部屋には鏡が無いので、こうしたお着替えイベントでは、コーリーが主催しないといけない……今回が初開催だが。


 鏡が嫌いなアトラファは、目の前に姿見が運ばれると、瞼を伏せてしまった。

 調子に乗り過ぎたかな、コーリーは思った。


 アトラファは普段あまり感情を発露しない。けど、誰かが困っている時、静かに激情を秘め、行動に移す――最近はそれが分かって来た。

 ただ、アトラファ本人が困っている時は、本当に分かりにくい。

 いっそ怒ってくれたら良いのに、何にも言わない。鉄面皮で「ん」とか言って、不満を溜めこんでる感じ。

 それでも、今回はアトラファが「嫌だ」と思っているのを感じ取れた。

 何故か分からないが、本当に鏡を見るのが嫌いなんだと。



     ◆◇◆



 でも、こうして髪型を整えて目を伏せている姿を見ると……、


「なんか、アトラファとアルネットって顔が似てない?」

「そうかしら」


 アルネットが首を傾げるが、似ているとしか思えない。

 普段のアトラファが身だしなみに気を付けていないから、今まで気が付かなかったのだ。

 アトラファは毎日、自らに課した義務のようにお風呂に入るし、一日に一回だけは自分で髪を梳かす……でも、髪を梳かすタイミングが出掛ける前とかではなく、本人の気が向いた時なので、実質意味が無い。


 でも、やはり二人は顔立ちが似ている。

 仮にアルネットが、着の身着のまま、王宮から放り出され、一ヶ月くらい経過して、身だしなみを気にしなくなったら、アトラファみたいになるはずだ。

 だいぶアトラファに対して失礼なことを考えつつ、コーリーは断言する。


「いーや、似てるね! ほら、アトラファの眉の形をアルネットと同じに整えて、日焼けとか肌荒れをお化粧で隠したら――そっくり!」

「眉はともかく、コーリーの部屋には化粧品なんてないじゃない」


「心の目で見てよ! 遠くを見るようにボヤっとした感じで見比べたら、二人ともそっくり! 『姉妹かな?』って思うくらい!」

「……心の目とか、ボヤっと見てる時点で、実際の見た目関係ないじゃないの」

「うっ」


 説明の仕方を間違えた。

 もっと、耳の形が同じとか、鼻梁のラインが同じとか、二人とも二重(まぶた)だとか、唇や顎も似てるだとか、パーツごとの類似性を述べれば良かった――というか、今更に再確認したが、この二人――赤の他人にしては、ちょっと気味悪いくらい似てる。


 アルネットが放逐されてやさぐれたらアトラファみたいになるのと同様、アトラファも保護されて手厚くお手入れされたら、アルネットみたいになるということだ。


 アトラファ――私と同じだと思っていたのに、美人の素質があったのか……。

 やや衝撃を受け、心にささやかな自傷をしてしまったコーリーであった。



     ◆◇◆



 ――こうして、冒険者でない時には「炎天下でも濃紺のローブを脱がない変な女」であるアトラファを、町娘に変身させることに成功した。


 しかも、想像していた以上に可愛くなってしまった。

 アルネットの可愛さとは別の味がある。アルネットは「良いとこのお嬢さん」だって、雰囲気で分かっちゃうんだ。でもアトラファは――イモっぽさというか、土臭さというか――庶民受けしそうな良さがあって。

 今の自身の服装に違和感を感じてる所とか、嫌がってる様子も、見ようによっては恥じらいの仕草のようにも見えて。


「あのねアトラファ。そんな恥ずかしがらなくても、ちゃんと普通に可愛く――」

「うんっ、かわいいよぉ……うへへ」


 コーリーの言葉を引き継ぐように、隣でエリィが言った。

 そちらを見やると、目尻を下げてにやけ面のエリィがそこに居た。

 うん……申し訳ないがアトラファの言う通り、ちょっと気持ち悪いなこの子。と、コーリーは思った。

 つかつかとアルネットが歩み寄り、エリィの左右のほっぺを引っ張る。


「……たまにそうやって奇行に走るの止めなさい。これからは厳しくいくからね……めっ、エリィ、めっ!」

「アル、やめっ、いたぁーいぃーっ!」


 エリィの悲鳴が、早朝の〈しまふくろう亭〉に響き渡る。迷惑。

 主従がじゃれ合うのを、傍で見ているコーリーとアトラファは……、


「……エリィのほっぺは、良く伸びるね」

「ん、そうだね」


 と、感想を述べ合っていた。

 ……こんな状態で、裏無しの身辺調査に向かわなくちゃいけないのか。

 たぶん、件の占い師の正体って、もしかしなくてもあの子なんだろうけど。


 ええと、場所は〈火吹き蜥蜴亭〉――日頃、〈しまふくろう亭〉の兄妹が目の敵にしてる、言ってはなんだけど、格上のライバル店だった……。

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