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黒き七竈の魔女 ②

 お礼をしようと思って名前を聞くと、蕎麦(そば)茶色の髪の少女は、少し戸惑ってから答えた。

 何だか口が重たそう。施しをしてくれた上、何も言わずに立ち去ろうとするような子だから……きっと奥ゆかしいのだ。

 あたいとは違って、しっかりした両親に躾けられた子なのだ。


「私はコーリー・トマソンです。歳は十四で、もうすぐ十五歳――、」


 ほら、やっぱり。

 口調も礼儀正しくて……、十四。……十四? 同い年ではないか。

 ティトはまじまじと少女を見た。


 てっきり年下かと思っていた。こちらを見上げるくりくりした眼は子供っぽくて、何というか……ストンとした体形をしている。


 ………………。子供では?


 瞬時に頭の中を、そんな考えが駆け巡り、気が付くとうっかり本音が口から出てしまっていた。


「十四? なあんだ同い年じゃない。もっと年下かと思ってた」

「……。はぁっ!?」


 途端に少女――コーリーといったか――が素っ頓狂な声を上げる。

 大きな声だったので、辻馬車のターミナルを行き交う人たちが、一瞬足を止めてこちらを見た。すぐに興味を失ってまた歩いて行く。


 コーリーという少女は、奥ゆかしい態度から一転、不躾にティトの足元から頭のてっぺんまで、じろじろと舐めるように観察する。

 何が彼女の心を傷つけたのかは知らないが、指を突き付けて糾弾までしてくる。


「嘘つき! 二十歳くらいに見える! 同い年なわけないっ!」

「そんなこと言われても、こちとら十四なんだから仕方ないでしょうが」


 老けてるとでも言いたいのか。礼儀正しく奥ゆかしい良い子だと思ってたけど、前言撤回。ちょっと失礼な奴だ。

 コーリーは一人でうぬぬ、と苦悩していたが、やがて自己解決したのか、ふっと肩の力を抜いて言った。


「そっか……。ティトは十四歳なんだね……私と同じ」


 悲しげな――諦観のこもった表情と声色だった。

 一体、何がコーリーを悩ませ、悲しませたのであろうか。


「? まぁとにかく、玉子サンドのお礼をさせてっていう話。それなりに路銀はあったんだよ? でも城門での審査が聞いてたのより渋くって、滞在許可が下りるまでの間にスッカラカン! どうなってんの、城壁内で飢え死ぬかと思ったよ」

「あぁ、それは――」


 コーリーは、城門の審査が厳しくなっている理由を話してくれた。

 夏の初め、城壁内に魔物が侵入して犠牲者まで出る、という事件が発生したようだ。

 王都では初めての事態で、緊急に対策が取られている……とのことだったが。


「ふーん、そうなんだ。王都に魔物がねえ」


 ティトにしてみれば、今更、緊急対策をしている王都は、ずいぶんと呑気なんだな、と思えた。

 城壁があるとはいえ、空は無防備なのだから、飛行能力がある魔物なら、人知れず入り込めるだろう。

 実際、ティトは黒い七竈の杖を持ち込めている。


「ティトは怖くないの? 普通の人は『城壁の内側は絶対安全だ』って思ってるから、あの時は本当に一大事だったのに」

「絶対安全なんて無いし、怖がって隠れてても、怖いことは無くならないじゃない」


 それはティトの信条だった。

 両親に身柄を売り払われることもあるし、信頼していた大人に裏切られることもある。

 逆に、自分の事を信じてくれている子の手を振り払ってしまうことも……。

 絶対に安全な、楽園など無い。



     ◆◇◆



 玉子サンドのお礼に無料で一回占いをしてあげる、と言ったら、コーリーは露骨に嫌な顔をした。


「……。えぇぇー……」


 信じていないっぽい。現実的な価値観を持った子だ……まぁ、ティト自身も占いは信じていない。自分がする以外の占いは……。

 とりあえず、反論を試みる。


「何よ、信じないっての?『精霊法』ってやつもワケわかんないけど、不思議な現象が確かに起こるじゃないの」

「精霊法はちゃんとした学問だもの。同じ手順さえ踏めば、誰でも同じ現象を起こせるんだよ。練習は必要だけど」


 ……たぶん、コーリーは他意なく言い返したのだろうけど――。

 それは、ティトに刺さる言葉だった。


 誰でも――〈土の民〉であるティトは「誰でも」には含まれない。

 ティトには、精霊を感知できない。

 周囲に、世界にあまねく存在するはずの精霊を、ティトは認識できない。

 精霊に祈りを捧げる時、他の人は「祈りが届いた」って感じるのだろうか。ティトには分からない。精霊が実在しているかもどうかも。

〈精霊法〉で引き起こされる、目に見える現象があるからには、精霊もいるのだろうけど。


 色々と考えたティトは、コーリーに言った。


「……とりあえず一回だけ! 無料だよ? それでもし占いが当たったら、この街であたいのこと宣伝して。『天才占い師がやって来た』って!」

「うーん……じゃ、今日の運勢を」

「よしきた!」


 ……とは言ったものの、運勢占いは範囲外だった。


 黒い七竈の杖は、条件さえ満たせば運命にも影響を及ぼす。

 使いようによっては、その人の運命を決定づけられるので、運勢占いも出来なくはない。

 何のことはない、七竈の果実を食べさせさえすれば、ティトの思いのまま。


 幸福になりたいのなら幸福な気分にしてあげられるし、何かの才能を開花させたいのなら、開花させてあげられる。生きがいが見つからないのなら、生きがいを見つけてあげられる。

 仮に――死にたいと願うなら、その願いを叶えることだって出来る。たぶん。


 代わりに、ティトの命令に逆らえない〈使い魔〉となる。


 美味しくもない黒い果実を相手に食べさせなければならない、という制約が弱点だが、食べさせさえすれば距離も時間経過も無視して、相手の運命にさえ深く干渉する能力。


 本来、ナナカマドの樹が変化したこの魔物が持っていた能力は「実を食べた者の思考を奪って養分にする」くらいの単純な能力だったのだろう。

 しかし、複雑な思考を持つ人間のティトが杖を手にし、支配したことで、ほぼ万能の能力へと進化した。


 弱点は、やはり不味い実を相手に食べさせないと効果を発揮しないこと。それに運命に干渉したとしても起こってしまった過去は変えられないこと――。


 王都で商売を始めるにあたって、一人くらい人間の〈使い魔〉を作っておいても良い。

 目の前のお人好しそうな少女に、「占いに必要な手順だ」と嘘を言って果実を食べさせてしまっても。

〈使い魔〉としての隷属は、用済みになったら解除できるし――。


 ティトはそう思ったが、知り合ったばかりの、さして不幸そうでもないコーリーに、黒い七竈の能力を使うのは残酷だと考え、杖を取り出すのは止めた。



     ◆◇◆



 結局、ティトは我ながら胡散臭いと感じる演技をして、運勢を占うフリをしたのだった。

 やはり無理があったのか、コーリーは「間に合ってます」と断わりを入れて立ち去ろうとする。

 この際、コーリーは自分を冒険者だと言った。


 杖を取り出さなくて良かった……内心でティトはひやりとしつつ、安堵する。冒険者ならば、杖を取り出した時点で魔物だと看破されていたかも知れなかった。


 このコーリーという少女は、魔物を狩るくらいの凄腕には見えなかったが。

 王都に入れて浮かれていた。慎重にならないと……あと、食い扶持も確保しないと。


「お願いだから、あと一回だけ付き合って。お試しだと思って。んで、良かったらあたいのことを宣伝して!」


 懇願すると、コーリーは困った顔をしつつ承諾した。

 やはり、人の良さそうな子だが、あたいみたいなのに絡まれて断り切れない様が、ちょっと心配になる子だ……とティトは感じた。


「それじゃ、向こうの……あの通りに入って少し行った所に、宿屋が二軒あるんだけど、その内の『古いほうの宿屋』に今誰がいるのか、分かる?」


 コーリーの質問は、おあつらえ向きだった。

 王都に入って、カラス一羽と黒猫一匹を、すでに〈使い魔〉にしてある。

〈使い魔〉とは感覚の共有も出来る。〈使い魔〉が視ている物を、同時にティトも視ることが出来る。


「見てみるね」


 ティトはカラスを、コーリーが指定する方向へと飛ばした。

 目を閉じて、感覚を共有する。


 鳥の翼ならばひとっ飛び。あっという間に「古いほうの宿屋」とやらを見つける。

 その宿屋の前、道の真ん中に降り立つと、前方から辻馬車がガラガラと音を立てて迫って来る。ティトは慌ててカラスを道の端に避難させた。

 使役中の〈使い魔〉と意識を接続している間、何らかの理由で〈使い魔〉が死んだりしても、本体のティトにはダメージは還元されない。

 それは強みではあったが、今回はカラス一羽しか使ってないので、接続が途絶えると困る。路銀が尽きていることもあるし、このカラスは大事に使わないと。


 カラスの目線で宿の中を覗き込むと、食事をしている客が何人か。

 食堂も兼ねている宿屋なのだろうが、昼時にしては客数が少ない。

 あまり流行ってないんだろうな、とティトは思った。


「宿の店先に、看板は出てる?」

「出てないよ」

「お客さんの他には誰がいる?」

「えっと、給仕の女の人。奥で料理を作ってる人もいるんだろうけど……そこまでは見えない」

「……女の子は? 私たちくらいの年齢の」

「んー、見える範囲にはいない」


 少し、コーリーの矢継ぎ早の質問に違和感を感じ、ティトは〈使い魔〉のカラスとの接続を切った。

 何だろう……お試しにしては、コーリーはすごく切羽詰ってる。

 何かに追い立てられてるような……。


「次は――、」


 コーリーが更に何か言ってきたので、今度は手を差し出す。

 ここから先は有料。せめて夕食の分は稼がなければ。

 コーリーが銅貨五枚を手の平に乗せてくれたので、ほっとする。とりあえず今夜の食事には食いっぱぐれることはない。


「濃紺のローブを着た女の子が、どこにいるのか分かる?」

「ローブ? この暑いのに?」


 コーリーは紺色のローブを着た女の子を、探していた。

 再び〈使い魔〉のカラスに意識を接続し、上空からその子を探すが――だめだ。

 ティトはすぐに諦めた。


 それだけ特徴的な出で立ちの子なら、出歩いていればすぐに見つけている。

 上空から見つけられないということは、その子は何処かの建物の中に居るということだ。

 ティトは〈使い魔〉との接続を断った。


 コーリーは諦めずに続ける。


「白いワンピースを着た子の居場所は? さっきの宿屋にいたはずなんだけど」



     ◆◇◆



 ――ひと目、見て分かった。



 いや、一目見た時、記憶の中のトゥールキルデが、昔の姿のまま、自分の前に現れたのかと思った。


 すぐに、そんなはずはないと自分に言い聞かせた。

 コーリーは気付いていない。そんなコーリーの背後に立っている、白いワンピースの少女――あまりにもトゥールキルデに似ている。

 ごく近い血の繋がりがあるとしか思えなかった。

 そして今、自分がトゥールキルデの素性をほとんど知らなかったことに気付いた。唯一の美しい思い出――宝石のようだったあの子は、何者だったのだろうと。


 それだけではなく――昔のトゥールキルデにそっくりの子の隣に立っている黒髪の少女。

 この子……〈使い魔〉だ。

 果実を食べさせた覚えは無い。何より、王都に来たのは今回が初めて。

 ということは……ティトが黒い七竈の杖を手にする以前に、その果実を食べて、樹の養分になることなく生存していた?

 そうとしか思えなかったが……。


 白いワンピースの子が、帽子を取って会釈をする。

 ティトには、返礼をする余裕が無かった。

 何故ならこの時、ティトは作った覚えのない〈使い魔〉である黒髪の子に接続を試みていたから。

 意識の接続は容易に行われた……エリィという名前なのか。

 やはり果実を食べさせた覚えは無いが〈使い魔〉だ。感覚を共有して操ることが出来る。

 手始めに、直近の記憶を探ってみる――。



     ◆◇◆



 ――瞬間に、自分の中に渦巻いた激情にめまいがした。


 エリィの記憶の中。トゥールキルデ。

 居た。まだ王都で暮らしていた。


 だいぶ見た目は変わっていたけど、あの×印の瞳を忘れることは無い。

 決して、決して――トゥールキルデを他の誰かと見間違うことは、ありえない。


 ティトは知る。

 運命とは見つけるもの。切り拓いて道を作ったりすることは出来ない。

 切り拓こうとして、道を見つけようと足掻いて、疲れ果てて立ち止った時、足下に咲いている花を見つけるように。

 黒い七竈の能力を、除けば。



 ――見つけた。トゥールキルデ。

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