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塩を探す冒険 ⑦

 崖崩れが起きたという丘陵を目指す。

 アトラファが先頭に立ち、進行に邪魔な雑木の枝葉や、伸びた下草などがあれば山刀で切り払って行く。


 アルネットとエリィは隊列の真ん中。そしてコーリーが一番後ろ。

 すでにかなり雑草が生い茂っている。ここ最近は陽気が続いたせいか、地面もぬかるんだりせず、順調に進むことが出来た。


「あ、カマキリ」


 不意にエリィが立ち止り、草むらを見つめた。

 その視線の先を追うと、一匹のカマキリが葉の上にとまり、鎌でもある前足を使って顔を擦っている。

 エリィが捕まえようと手を伸ばすと、カマキリは前足を伸ばして静止した。


「おっ? エリィに立ち向かおうとしてる!」


 エリィはカマキリの目の前でひらひら手を振るが、やはり静止したまま動かない。振り返ったアトラファが、動かないカマキリをひょいと捕まえた。


「立ち向かおうとしてたんじゃない。自分よりずっと大きい生き物が近付いて来たから、枝や草のフリをしてやり過ごそうとしてただけ」

「あんなに鎌をふりあげてたのに?」

「カマキリが攻撃しようとしてる時は、前足を折り畳んでるから。ゆらゆらして得物との距離を測ってる。じっとしてる時は守りの体勢」

「お、おぅ……」


 おそらく、ちょっと遊んでるだけだったのに、真面目に説明されてしまったエリィは、ちょっと引き気味に応じた。

 アトラファはじたばた暴れるカマキリを、ぽいとそこいらに放った。

 そして、有無を言わせぬ淡々とした口調でエリィに告げる。


「寄り道は禁止。日暮れまでに野営地に戻りたいから」

「……あい」



     ◆◇◆



 目的地である断層が近付いて来ると、アトラファはしきりに望遠鏡を取り出して、その周辺を探り始めた。

 何を気にしているのだろう。コーリーが尋ねると、アトラファは簡潔に答える。


「熊とか猪とか魔物が居たら、嫌だから」

「うっ……、確かに」


 コーリーは呻いて同意した。冒険者ギルドに登録したての、あの時のような事態は回避したい。おまけに今回は、アルネットとエリィという保護対象までいる。


 アルネットはどうなんだろう。万が一、魔物と遭遇した時、戦えるのだろうか。

 扱える精霊法の威力は申し分ないけど、おそらく詠唱してる間に接近されて、襲われて食べられてしまう。〈騎士詠法〉を習得しない限り、魔物とは戦えない。習得したらとんでもなく強くなるだろうけど。


 エリィは……見ただけ、何となくで〈騎士詠法(アンガルド)〉の扉を開きかけていた。

 危機的状況にあって、更なる潜在能力を開花させる可能性があるが。

 才能は凄いのだけど性格が――注意散漫で迂闊っぽい。


 何というか、二人とも「拠点防御用」というか「戦略兵器」というか、最前線の現場では役に立たなそうな資質を備えているのだった。


「魔物? 出て来たらぶっ飛ばすわよ」

「エリィはねぇ、テイムしたい……。なんでこの世界にはドラゴンがいないんだろうねぇ。いたら最高なのに」

「『テイム』ってなに?」


 聞き慣れない言葉に、コーリーは聞き返した。


「魔物を飼いならすことだよ! 仲間にして背中にのって……」

「それ無理。魔物ってそういう友達になれる感じじゃないの。こっちを食べようとしてくるから。さっきのカマキリみたいに。あのカマキリだって、エリィが自分より小さい生き物だったら食べちゃうつもりだったんだよ?」

「……魔物を飼うこともできないんだ……」


 エリィが残念そうに肩を落とすのを見て、不思議に思う。

 どうして魔物を飼い慣らせると思うのか。

「地球」が何処かは知らないが、エリィの故郷では魔物であっても飼い慣らすことが出来たのだろうか……無理だろう。エリィの妄想だ。



     ◆◇◆



 望遠鏡を覗くアトラファに、アルネットが訊ねた。


「どう? 岩塩の地層はありそう?」

「ん、絶望的。ここからだと泥岩かな、と思える地層は見て取れるけど」

「……泥岩(でいがん)って?」

「遥かな昔に、海底に堆積した泥が押し固められて、石になったやつ」


「海底! それってやっぱり塩なのでは、」

「泥岩に塩は含まれてるかも知れない。でも多量に含まれてるとしたら、野生動物が舐めに来てるはず……でも、ここまで歩いてくる途中、獣道は無かった」


 地崩れから、草が生い茂るくらいの時間は経過している……にもかかわらず、獣がしょっちゅう、岸壁に通っているような痕跡は見受けられない。


 豪雨により露出したという断層は確認できた。

 太古には海底にあっただろうという地層も。

 しかし、そこには精製したとして採算が取れるほどの、多量の塩分は存在しないのではないか、というのがアトラファの見解だった。


「最終判断をするのは、わたしたちじゃない。断層から鉱石を採取して帰ろう」


 そしたら、依頼者が頑張って鉱石を分析するだろうから。

 そうアトラファは言った。


「わたしたちに課されているのは、調査だけだから……コーリー」

「うん?」

「観測射撃。あの辺り狙ってみて……わたしが指差してるところ分かる? ……断層の中腹の……ちょっと上。黒っぽい帯の所」


「ここから? ちょっと遠いんだけど」

「一発目で当てなくて良い。角度の修正は指示する。とりあえず狙って撃ってみて」

「えぇー……」


 風法術を撃って崩す……という方針は聞いていたものの、もう少し狙いやすい地点からやるものだと思っていた。

 コーリーは、両手の人差し指と親指で輪っかを作り、アトラファが示す箇所を覗いてみるが……駄目だ。正確に当てられる気がしない。遠すぎる。

 この距離だとそれなりの威力で撃つ必要がある。そうなると反動が……。


「ごめん、ちょっと支えて」

「ん」


 アトラファが背後に回り、両肩に手を添えてくれる。

 傍で見ていたアルネットが、驚いて声を漏らす。


「ここから、風法術で崖を崩すつもりなの? コーリー……あなたそんな事できたの?」


 元々出来たのではない、出来るようになった……いや、せいぜい試せるようになったくらいか。

 とにかく集中。アトラファが支えてくれてるので、反動で転倒する心配はない。

 狙いを定めつつ、始動鍵を唱える――。


「《(さか)き小さき疾きもの、儚き花の守り手よ、集いて(まゆ)の如くなれ》――」


 両手で作った輪っかの中心に、空気が集まり始める……。

 コーリーは冒険者をやっていく内に、また〈騎士詠法(アンガルド)〉の訓練をしていく内に、自身の必殺技である「風の砲弾の術」の特性を掴んで来ていた。


 風の砲弾は圧縮した極小の嵐みたいなもので、運動エネルギーは高いが質量は少なく、重力の影響をあまり受けない。なので無風ならわりと真っ直ぐに遠くまで飛んで行く。

 ただし空気抵抗は受けるので、風があったり的が遠すぎたりすると、徐々に霧散して威力が激減する。

 近距離だと使う意味が無い。遠距離だと弱くて使えない……中距離限定の術なのだ。


「――《弾けて(つぶて)の如くなれ》!」


 キキュン、と大気を軋ませる音を残し、風の砲弾は放たれる。

 数秒後、崖の一部が崩れて、ぱらぱらと石片を落とした。


 弾速も速くない……けど、この距離からでも当てることは出来た。

 精霊法が上達してるのかな……?


「方向は大体あってる。ちょっと右斜め下に修正」

「わ、わかった」


 真後ろで望遠鏡を覗いているアトラファから、容赦のない指示が飛んで来る。

 何度か同じ作業を繰り返し、コーリーはへとへとになった……。



     ◆◇◆



 崖に近付き、コーリーが崩した鉱石の破片を拾い集めていく。

 種類ごとに分けて、金属缶に入れる……帰りの荷物は重くなりそう。

 アルネットが、黒っぽい泥岩の欠片を手に取り、言う。


「これって、昔に海の底にあった泥なんでしょう? 塩が含まれているのかな?」

「多少は含まれてるだろうけど、砕いて水に溶かして精製してみないと分からない。それに採算が取れるくらいの塩が含まれてるかどうかは……そこは、わたしたちの仕事じゃない。わたしたちは持って帰るだけ」


 アトラファの応えに、アルネットは続けた。

 何となく、思いつめているような表情だった。

 アルネットは、しきりに塩が見付かるかどうかを気にしている。


「……わたし、正直、塩が見付からなければ良いと思ってる。だって……アイオリア州が貧しくなるかも知れないんでしょう?」


 そんなアルネットを、アトラファが☓印が刻まれた瞳で見つめた。

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