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塩を探す冒険 ⑥

 ダナン湖と王都ナザルスケトルを中心に据える四州の内、東のアイオリア州、北西のスカヴィンズ州は、土地の痩せている地域といえる。


 しかし、長年に渡って貧困にあえいでいるスカヴィンズ州とは異なり、アイオリア州は経済的には潤っている地域だ。

 理由は、鉄や銅を主とする鉱物資源。中でも岩塩は王都ナザルスケトル向けの重要な輸出品。

 ごく僅かな農耕地を除いて、ほぼ全域に荒れた荒野が広がっているアイオリア州。その荒野の中に「塩の原」と呼ばれる一帯が存在する。


 そこは、地平の果てまで上質な塩の岩盤が広がっている場所。

 労働者たちが毎日、そこから塩を切りだし、縄で結わえてロバの背に乗せ、近くの街へと運ぶ。街の市場で量られ、卸された岩塩の板は、今度は荷馬車に乗せられて王都まで運ばれて来る。


 その塩は高値で取引され、アイオリア州の重要な財源となっている――。



     ◆◇◆



 野営地の周辺で採取した、食べられる野草の塩スープで、かちかちの黒パンを柔らかくしてお腹に流し込む、という朝食を摂りつつ、コーリーたちはアトラファの話に耳を傾けていた。

 岩塩とアイオリア州、王都ナザルスケトルとの関係の話。


「――じゃあ、王都で買える塩は、全部がアイオリア産なの?」

「全部じゃないけど、ほとんどそう。ハーナルやベーンブルのもあるけど、輸送コストのせいか値段が安くない。アイオリアは陸路で近いから、たくさん運べる」


「……そうかなぁ。あんまり注意してなかったけど、高い塩とか安い塩とか、値段に差は無い気がする……」

「それは、悪い言い方をすればアイオリア州が王都の足元を見て、『不当に』って言い切ることも出来ないけど、値段をつり上げてるから」


 アトラファがあまり穏やかでない説をぶち上げたものだから、コーリーは思わずアルネットの方を見やってしまった。

 アルネットのお母さんであるアーベルティナ女王はスカヴィンズ州出身だけど、お父さんはアイオリア州の貴族のはず。名前に「アイオリア」って入ってるし。


 父の出身地を悪く言われて気を悪くしたのでは、と心配したが、アルネットは特に気に障った様子もなく、塩スープを啜り「青臭い味がするわ」と感想を漏らしていた。

 気を取り直して、話の続きに耳を傾ける。


「つまり、アイオリア産は輸送コストが掛からないのに、他の二州と同じくらいの値段ってことだよね?」

「そう。塩は必需品。王都で塩は生産できない。アイオリア州は――他の二州と値段を合わせて王都に売ってるの」


「同じ値段なら、ハーナル州かベーンブル州から買えば?」

「塩はいつだって必要なの。何かあったら困るから、流通ルートは複数なければいけない。最も安定しているアイオリアからの流通は絶対に切れないの。それを分かってるから、アイオリアは高い値段で吹っかけて来るの」


「……何でそんなことするの!」


 コーリーは憤慨する。それは何ていうか……良心的じゃない。

 人々の生活に必要な物資を、足下を見てわざと高い値段で売るなんて、ひどい。

 しかし、アトラファはそんなコーリーを諭すように続ける。


「……さっき言った通り、アイオリア州の土地は貧しい。多くの民を生かすためには鉱物資源を売って、得たお金で食料を輸入しないといけない。だから、重要な資源を少しでも高く売ろうとする姿勢は間違ってはいない」


「それって、正しいことなの……?」

「正しいことかは分からない。間違ってない……でも、賢くはない」


 アトラファは、黒パンの最後のひと欠片を口の中に放り込んだ。

 賢くない? 言葉の意味がすぐに分からなかったコーリーは、更に詳しい説明を求めようとしたのだが……先んじて、アルネットが言葉を継いだ。


「もし、ナザルスケトルの直轄領内で塩の鉱床が見つかりでもしたら……アイオリア州は一気に貧しくなるのね」

「ん。そうなった時、過去の行いがものを言う……これまで正常に塩を流通させてたのなら、王都は助けると思う。ハーナルとベーンブルは自給してるし、スカヴィンズはハーナルから適正な価格で仕入れてる」


「……アイオリアはお父様の故郷の国。わたし行ったことが無いの。でも、そう言われると少し複雑……ナザルスケトル近郊に、塩の鉱床はありそうなの?」


 そう言われて、アトラファは少し考えるそぶりをした。

 エリィは何も考えていないのか、難しい話が耳に入って来ないのか、無心に黒パンを齧っている。


「無いとは限らないとしか。アイオリアに『塩の原』があるということは――境界山脈から南は太古に海だったということだから、岩塩の地層が王都近くまで伸びていてもおかしくない――けど、」


「けど、って?」

「ダナン湖は真水なの。岩塩の地層が王都まで伸びていたとしたら、ダナン湖の水はしょっぱくないとおかしい」


「……では、王都の近くには塩の地層は無いの?」

「それを、これから調べに行く」


 アトラファは、鍋を手にして立ち上がった。


 これから断層に向かう。全員分の飲料水を用意しなければいけない。

 夏の日差しが暑いので、冷たい川水をそのまま水筒に詰めたいところだが、浄水された城壁内の主水路の水と違い、生水はお腹を壊す可能性があるため、煮沸してから水筒に詰める。


 調査に必要な道具類は、コーリーとアトラファが分担して持ち、それぞれの飲み水と食料だけは、アルネットとエリィに持ってもらう。


 昼前には現地について、夕方には野営地に帰還。

 また一泊して、明日には王都へ帰る――という予定。


 朝食を終えたコーリーたちは、各々で準備点検をした後、豪雨の影響で露出したという断層へと向かうのだった。

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