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塩を探す冒険 ⑤

 採って来た野草は、とりあえず洗って全て火を通すことにする。

 タンポポの葉は生でも美味しいが、それでも野生の物なので念を入れる。

 虫が這っていたかもしれないのを、生のまま食べるのは抵抗がある。


 王女であるアルネットがお腹を壊しでもしたら、責任問題になりかねない。

 刻んでおいて、蕎麦の実の粥の具材として使用する……。



     ◆◇◆



 蕎麦(そば)の実の(かゆ)は、アトラファが野外料理をする際に必ず作る料理。


 アトラファ曰く「小釜に蕎麦の実と水と塩を適当に入れて火に掛ければ作れるから」とのこと。小さな釜一つでも調理することができ、野営地で現地食材を調達できなかったとしても、これさえ食べれば次の日動くことが出来るから……と。


 贅沢をしたいなら、固いチーズや調味料を持ってくると良いらしい。

 今回は持って来ていた。


 ギルド商店の人気商品へと成り上がった固形スープの素と、かちかちのチーズを、焚き火にかけた釜の中に削り入れる。

 それから、刻んだタンポポの葉を入れて、ひと混ぜする。


 たちまちに湯気と共に、良い香りが立ち込める……思えば、コーリーが初めて冒険に挑んだ時も、助けてくれたアトラファがこの料理を振る舞ってくれたのだ。

 具材は……あの時は春だったから、確か、野ばらや詰め草の芽を使ったのだ。今日はタンポポの葉っぱ。


 もう一つ、火にかけていた鍋が煮立ったので、今度はそちらにヨモギとクサソテツを投入する。これはあまり煮込むといけない。暗い緑色だったクサソテツが鮮やかで明るい緑に変わった段階で、湯を零しながら水筒の水を入れて冷ます。

 茹で方に、アルネットが疑問を呈してきた。


「……何で? お湯だけ捨てたら?」

「余熱で茹だっちゃうから。……茹ですぎた野菜って美味しくないでしょ。ざるとか持ってくれば良かったけど」


 そうして水気を切った鍋に、オリーブオイルと塩をかけ回して、皆でつつくことにする。

 ヨモギは特にくせの無い味。優等生だ。

 そして、エリィが気付いたクサソテツは――、


「! 不思議! 食感が全然違うのに、ソラマメやえんどう豆みたいな風味がする!」

「アル、おいしい?」

「美味しい!」


 初めてそれを食べたらしいアルネットの高評価に、エリィもご満悦であった。


 まだ、最後の食材が残っている。テナガエビ。

 三匹釣ったとエリィは言っていたが、今ここには四匹、全員分ある。たぶんアトラファがこっそり速やかに調達したのであろう――たぶん時機としては、コーリーたちが薪集めをしていた辺りに。

 夕食のおかずを、誰かが我慢しなくてはならない、ということが無いように。



     ◆◇◆



 さっきまで野草を茹でていた鍋に、オリーブオイルを多めに入れて、今度はテナガエビを揚げていく。

 生きていた頃は、薄い褐色だったエビの殻が、油に熱せられて赤く染まっていく様をみて、アルネットは顔を青くしていた。

 調理を担当しているコーリーが注意してくれる。


「熱いから、手で取らない方が良いよ? ……お粥を食べたお椀に入れたげるから……あ、塩を振らないと……出来た。どれがいい?」

「どれが……って?」

「どれ食べたい? アルネットが一番大きいの釣ったんだよね? やっぱり……あっ、でも片手が欠けちゃってる……」


「…………!」


 元々食べるつもりで、わたしが捕ったんだ。アルネットは思った。

 下手くそだったから、片手を欠けさせてしまった……。

 ……食べないと。


「わ、わたしがそれ食べる! 一番大きいやつ! 私が釣ったんだから!」


 はたから見ると、王女としては見っともないくらい、一番大きいエビの所有権を主張し、アルネットはそれを賞味する権利を勝ち取ったのだった。

 受け取ったテナガエビの素揚げは、黒く焼き付いた眼で、じぃっとアルネットを見上げていた。片手を勇ましく伸ばして。


(いただきますっ!)


 心の中で唱え、アルネットは片手に齧りついた。

 思ったよりも、硬くなく柔らかくもない食感。ぽりぽりして心地いい歯触り。

 香りも良く、塩加減も絶妙。申し訳ないが美味い。

 目をつぶって身の部分に齧りつくと、今度は食べ応えがなくて拍子抜けした。

 頭の部分も口に放り込んでみるが……。


「? ……うーん」

「美味しくなかった? 泥が入ってた?」

「いえ、美味しかったけど」


 こんな王都の近くに棲息しているのに〈学びの塔〉の食堂メニューに登って来ないのは……捕まえる手間に対しての食べ応えというか、歩留まりが少ないせいかも知れない。


 クサソテツのように簡単に採れるわりに予想に反して美味しいのでもなく。

 王宮の暮らしで、食べたことはあったけど……その時も、さほど美味い物だとは思わなかった。


 アルネットの反応を見て、コーリーが言う。


「まー、量が無いからね。今日は一人で一匹だもん。本当はお皿に一杯山盛りにして、お酒飲みながらバリバリ食べるのが美味しんだって」

「……お酒?」



     ◆◇◆



 アルネットは、少し眉をひそめた。

 何となく、子供の飲酒は禁忌だという思想がアルネットの中にはあった。


 四王家が治める州の内、十六歳未満の飲酒が法で禁止されているのは、アイオリア州とスカヴィンズ州。

 ハーナル州とベーンブル州では禁止されていない。他州の民が混じり合う王都でも禁止されてはいない。もっとも「飲んでも良い」というわけではなく、酒を飲むような子供は不良という烙印を押されてしまうのは、どこでも同じ。


 特に〈学びの塔〉の教育方針では、厳に律せられている。

 コーリーは、慌てて顔の前で両手を振って否定した。


「私は、お酒飲んだこと無いよ! 父さんが言ってたのっ!」

「……わたしは飲んだことある」


 アトラファが焚き火を見つめながらぽつりと言った。

 皆は彼女に注目した。


「でも、もう一生飲まない。あれは人を破壊する毒物」


 そんな風に続けたので、皆は逆に興味を掻きたてられる。

 代表して、コーリーが尋ねてみる。


「どんなだった? いつ飲んだの? 大人のヒトは『美味い!』って気分良さそうに言ってるけど……」

「フォコンドのパーティにいた時。ククルが『一口舐めてみな』って言うから」

「……またあの人は」


 ククルの悪行が、また一つ明るみになった瞬間であった。


 それでどうなったの、とエリィが先を促した。少し話の顛末に興味をそそられたようだ。

 アルネットも気になった。自分の場合は嗜好に関わらず立場があるから、酒を好きになれなかったとしても、杯を傾けなければならない場面が、今後あるだろう。

 参考までに、アトラファが酒を飲んでどうなったのか、聞いておきたい。


 アトラファが続ける。


「味は、良し悪しが分からない……他の飲み物とは違う、酒だっていうことが分かるだけ」

「へぇー……、独特のにおいがするもんね」

「それで? 本当に気分が良くなったりするの?」

「なんで、もう飲まないってきめたの?」


 皆に問い詰められ、アトラファは焚き火を映していた☓印の瞳を、夜空へと向けた。何となく沈痛そうな表情。


「……とても気分が良くなって、わたしはわたしでなくなった。ククルに甘えたり、フォコンドとダンスしたりもした……最悪だった」

「それは……」

「良い思い出にしか、聞こえないんだけど」

「エリィわかった! ふつかよいだ!」


 なるほど、その時は気分が良くても、翌朝に体調が悪くなったか……と、皆は納得しかけたのだが、アトラファは二日酔いを否定した。

 別に、翌日頭が痛くなったり、胃の調子が悪くなったりはしなかったらしい。


「わたしはお酒に強いのかも知れない。それを検証できるくらい飲まなかったし、これからも飲まないから、そう思ってるだけだけど」


 最悪だったのは、自分が自分でなくなって、ククルに甘えたりフォコンドと踊ったことを、全て記憶していることだ――そう、アトラファは言った。


 それの何が「最悪」なのか、コーリーにもアルネットにもエリィにも、分からなかった。

 ちょっと羽目を外したことくらい……他人に迷惑をかけたわけでもなし。

 楽しかったことを覚えているなら、それはやはり良い思い出なのでは。

 子供なのに酒を口にしたことは――それを勧めたククルは特に――感心できることではないが……。


「わたしにとって『自分じゃなくなる』って、とても怖いことなの」


 アトラファはそう言い、かつて酒を飲んだことがあるという昔語りを終えた。



     ◆◇◆



 野営地の周辺に自生していたミントを煮出して、即席のお茶を作った。

 それを皆で飲み、食事を終える。


 明朝、早くから目的地である断層へ向かうため、今夜はもう床に着く。

 アトラファが設営した二つの天幕に、それぞれ二人づつ宿泊する。


 本来なら気心の知れた同士である二人が、同じ天幕に寝泊まりするのが良いのだろうが、アルネットとエリィが冒険初心者なので、年長者二人が、初心者二人とそれぞれペアになる。

 万が一、天幕にヘビとかが侵入してきた時、対処できる人がそこに居ないと目も当てられない事態に陥るからだ。


 コーリーとアルネットが、一緒の天幕。

 アトラファとエリィが、一緒の天幕。

 そのような組み合わせで眠ることになった。


 虫除けに、ミントを天幕の中に吊るした。

 特に蚊がミントの臭いを避けるので、野営をする際には必ずこれをする。

 ……アトラファから教わったことだけど。

 夏用の薄いシュラフに包まったアルネットが言った。


「……あの人、不思議よね」

「うん?」


 あの人? 同じように横になっていたコーリーは、聞き返した。

 それは、隣の天幕で休んでいるアトラファのことだと、すぐに分かった。


「好きになれそうなんだけど、どうしてか近寄れないの……」

「あー、アトラファ、『子供と動物に嫌われる』って言ってたからなぁ……」

「わたしが子供だって言いたいの?」

「どうだろ……分かんない……」


 コーリーは、うとうとし始めていた。


 アルネットは憮然とした。

 子供っていったって、そんなに歳が変わらないじゃないの。

 もっと色々話したいのに、わらわを差し置いて眠ろうとしてる……まぁいいか。

 アルネットはそう考えて、自身も眠りに就こうとした。


 ――明日。本格的に断層の調査をする。

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