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塩を探す冒険 ④

 南の森の近く、小川の川縁で荷馬車から降ろしてもらう。

 御者に謝礼の銅貨を幾枚か渡し、手を振って見送る。

 たぶん彼は、次に着く宿場では、美味い酒を飲めるであろう――コーリーたちにはお酒の味が分からなかったが。


 アルネットとエリィが、初めての冒険に心を湧き立たせたような面持ちで、コーリーの袖をせっついてくる。


「さっそく、その断層とやらを見に行くの?」

「エリィも、みたい!」


 コーリーは、そんな年少の二人を、ほっこりとした気持ちで見やった。

 ほんの数か月前に過ぎないが、自分が最初に冒険者ギルドで依頼を受けた時には、二人のように未知に挑むワクワクした感情は持ち合わせていなかった。とにかく明日の糧と寝床を賄う賃金を得なければ……という一心だった。懐かしい。


「………………」


 しかし、アトラファはそんな三人を放置して、一人で無言に、二組分の天幕の設営を始めているのだった。


 ……そうだった。

 出発したのが昼前なのだから、今、何よりも最優先すべきなのは拠点の確保。


 急遽、アルネットとエリィを「見学者」としてパーティに同行させることになったため、調査の行程は二泊三日となった。ともなって出立も遅れたのだから、調査の実施は明日いっぱいとなる……今日は、皆が身体を休めるための拠点の設営に力を割かなくては。


 コーリーは、慌てて冒険初心者の二人に指示を出す。


「本格的な探索は明日! 今日はみんなで拠点を築くの。天幕の設営はアトラファがやってくれるから、私たちは薪拾いと食材探しをしよう!」

「え……鳥や動物を捕まえて捌くの?」


「それは捕まえられるか分からないし捌くのも面倒だから、穀物や干し肉や調味料を持って来てる。探すのは食べられる野草だよ。薪拾いするついでに摘んどくの」


 メインが薪拾いで、食べられる野草探しはついでだと告げると、アルネットはいち早く察したようだった。


「……食べられる草がどんなのか知らないんだけど、コーリーの後に付いていって、薪を拾いながら、集めれば良いのね」

「そう、食べきれないくらい取っちゃ駄目だよ」

「うん、まぁ分かった……判断できないのがあったら聞く……」


 アルネットはそう言った。

 このくらいの理解度だったら、まだ教えがいというか、制御するすべもあったのだが。

 少し面倒だったのが、エリィの方だ。


「ワラビとかゼンマイをとればいいんだよねぇ!」


 むふーと鼻息を荒くして、やる気満々の体でそう言うのだったが……。

 ワラビとかゼンマイは、採った後にすぐには食べられないのだ。あく抜きとか乾燥させたり、繊維を解きほぐすために揉んだりする作業が要る。

 つまり、野営に向く食材ではない。中途半端に食べられる野草の知識を蓄えているエリィは、単独行動させると危険だ。


「……エリィは、私と一緒に森の方で薪を集めよう。アルネットは川辺で食べられそうな草を集めて。柔らかそうな新芽のとこ。ヨモギとか分かるでしょ?」

「わ、分かるけど……でも毒草だったら……」


「あと、タンポポとか。平たく広がってる中心の方の、小さい葉を集めてね」

「タンポポって、食べれるの?」


 アルネットが、きょとんとした表情で問うてくる。


「そうだよ、美味しんだよ」と教えてあげると、アルネットは「そうなの、タンポポは優秀な植物なのね」と頷き返し、足下を探し始める。

 アルネットの方はこれで大丈夫だなと思い、コーリーはエリィを引き連れて、森の方に薪を集めに向かった。



     ◆◇◆



「うぅ……っ。なんでこの世界にはドラゴンが普及してないのに、ワラビやゼンマイは知れわたってるの? ……おばあちゃんが教えてくれた山菜なのに……」


「? 知らないけど、とにかくワラビとかは、採ってもその日のうちに食べられないから駄目。特にゼンマイなんかは、沢山採っても乾燥させると萎んじゃうから、収益にしようと思ったら、かなりまとまった量を採らないと……」


「コゴミとかは?」

「……コゴミ?」


 コゴミって何。

 薪になりそうな枯れ枝を拾いつつ、聞き覚えの無い名称に眉をひそめるコーリーだったが、話しの流れから言って、食べられる野草の内でエリィが知ってる種類の何かであろう。

 薪を両腕で抱えるエリィが、泣く泣く続ける。


「コゴミって――ほんとうの名前はなんていったっけ……クサソテツ?」

「クサソテツ!」


 コーリーは覚醒した。

 両手に持っていた枯れ枝をバラバラと落とす。


 そう言えば、あれがあるんだった……クサソテツ。

 時期で言えば少し遅い。けれど今時分ならばまだ、葉が大きく広がって茎も固くなってしまった株の中心に、食べられる若芽が残っているかも知れなかった。


 あれは食べられる野草の中でも、あく抜きなどの下拵えの必要が無く、クセも無く食べ応えがあって美味しいのだ。えんどう豆が嫌いでないなら、間違いなく美味しく食べられる。しかも概ねいくら採っても同じところにしぶとく何度でも生えてくる。


 惜しむらくは、収穫時期が春から遅くとも夏まで、というだけ。

 それ以降は葉や茎が固くなって食用に適さなくなる……クサソテツ。

 そのクサソテツの新芽は、この夏の盛りでも、やや薄暗い森の中では少しばかり採取できたのだが。


「――エリィねぇ、このコゴミ……クサソテツね、おばあちゃんの家で天ぷらにして食べたの」

「てんぷら?」


「んー、小麦粉を水にといて、しゅわって揚げるの……〈学びの塔〉の食堂でもあった」

「……フリッターのこと?」


「それ! でもあんなに衣が厚く重くなくってね、衣が薄くってパリッとして……たぶんあんまり卵を使ってないの。……エリィ、もっと地球の料理を勉強してたら良かったな」


 そう言って、エリィは空を見上げた。

 この空がエリィの故郷である「地球」という地域にも繋がっているのだろうか。

 コーリーの故郷のベーンブル州に繋がっているように……。


 夕焼けにはまだ早い。でも、もう戻らなくては。

 コーリーとエリィは、少しの食べられそうなクサソテツの若葉と、落としてしまった薪を集めて、アトラファが待つキャンプ地へと戻った。



     ◆◇◆



 日が、西のアイオリア寄りの地平に隠れようとした頃。

 薪と少しの野草を抱えて、天幕の設営地へと戻ると、すでにアトラファとアルネットが火を熾していた。


「わたしが精霊法で火を点けてあげたのよ!」


 えへんと胸を張るアルネットの奥で、アトラファは石組みの竈の上に、新しく買った鉄鍋を置き、湯を沸かしていた。

 木のカップに四人分の湯を注ぎ、


「ん」


 と言って、そっけなく、それぞれに差し出す。

 ただの白湯だが、それなりの野外労働をして帰ってきた身体には、嬉しい。

 冷たい水だったら快いことはこの上なかっただろうが、浄水されていない城壁外の生水は、そのまま飲むことに、少し抵抗を覚える。

 だから沸かさないといけない。


 普段そっけないが、アトラファはこのように気を遣えるのだ。

 アルネットにも感謝をしなくてはいけない。薪への点火くらいに威力を絞って精霊法を使うのは、大変な気力を使うことだから。



     ◆◇◆



 早速、夕食の準備を始めようと思ったところ、アトラファが空になった鍋を手にいそいそと河原に出向こうとしていた。

 小川で釜に水を汲みに行こうとしていたコーリーは、思わず声を掛ける。


「アトラファー? もうご飯の準備でしょー? 手伝ってよ!」

「んー、おかずを追加するから」


 アトラファが、背中越しに応える。

 アルネットとエリィは目配せし、いそいそとアトラファの方について行く。

 あっちの方が面白そうと思ったのだろう。むぅ、やつらめ。



     ◆◇◆



 夕暮れの迫る河原、橋のたもと。

 ここで、アルネットは釣りをするつもりなんだな、と察した。


「何が釣れるの?」

「んー、まぁ居れば何か」


 アトラファは、周辺に自生している葦だか何だかの丈夫そうな草の茎を、何本か根元から切り払った。

 茎についている葉っぱを取り払い、先端に糸を結ぶ――たぶん、あらかじめ用意して来た絹糸。

 そして、とても大魚は釣り上げることが出来なそうな、小さな小さな針を通し、重りになりそうな細長い石を先端に結び付ける。


 三人分の、ごく簡単な釣りの仕掛けが出来上がる。

 次にアトラファは川辺の湿った土を鉈で掘り返し、大きなミミズを捕まえると、それをぶつ切りにし始める。

 これには、アルネットもエリィも戦慄した。まだ動いてるのに!


「うっそでしょ!」

「えぇぇ」


 しかし、そんな二人を尻目に、アトラファはぶつ切りにしたミミズの、まだ動いている破片を針に付けると、それを川底に落とし込んだのだった。

 すぐに竿の先端が反応する。


 引いてる、魚が引っ掛かってる!


 そうアルネットは思うのだったが、アトラファはまだ竿を引き上げなかった。

 何度か竿の先端が動いた後、ようやくアトラファはすっと竿を引き上げた。片手にはいつの間に構えていたのか、持って来ていた空鍋。

 その中に、流れるように得物を救い上げる。


 入っていたのは――、


「……エビ?」

「手長エビだっ! エリィしってるっ! 食べたことあるっ!」


 エリィが歓声を上げる。

 テナガエビ……アルネットも知っている。でも海の生き物だと思っていた。


 ベーンブル州かハーナル州の沿岸で水揚げされた物を、鮮度が落ちないような速度で王都に運ばれた、高級な食材だとばかり。

 王家が守るべき飛翔宮が沈む、清浄なるダナン湖には棲息していないと記憶している。それがこんな身近な河川に棲んでいようとは。


「たくさん釣ろう。ごはんが豪勢になるから」

「え、ええ」


 アルネットは、おずおずとアトラファの手から竿を受け取る。

 そのミミズの餌、自分で付けなきゃいけないのか……。


 エリィはというと、「うん!」と元気よく竿を受け取り、餌を自分で付け始めていた。

 アトラファが、手長エビ釣りのアドバイスをし始める。


「適当なとこに落としちゃ駄目。エビの通り道になっていそうな所に落とすの。大きな石で影になっていそうな所……そう、エリィは上手」

「……あっ。引いた! かかった」


 エリィがまたも歓声を上げ、竿を引き上げそうになるが、アトラファがそれをそっと制した。


「まだ駄目。もう二回、三回引いたら……いいよ。ゆっくり上げて」

「わぁ、釣れたっ!」


 エリィが興奮して引き上げる手長エビを、アトラファが鍋で掬い上げる。

 その様子を見て、アルネットは何だかむしゃくしゃした。


 そちらに気を取られている時、自身の竿が引かれているのに気が付き、慌てて引き抜いた――針にはエビが付いていたのだったが……。

 勢いよく引き抜いてしまったので、エビは背後の草むらの中へと落ちてしまった。

 途端、アトラファが駆け出して土手を上がり、落ちた音がした草むらの辺りに手を突っ込んで、エビを拾い出した。

 彼女はすぐにエビを見つけて拾い上げたが――残念そうに言った。


「……片手、取れちゃってる」


 言った通り、アトラファが掲げる手長エビの片手は、落ちた衝撃のためか、取れてしまっていたが――アルネットはそれでも漁の成果に満足したのだった。


「平気よ! 釣った中で、いっちばん大きいんだもの!」

「うーん……アルのがいちばんおっきいね……くやしいけど」


 鍋の中に、釣ったばかりの手長エビをがしゃがしゃいわせながら、コーリーの待つ天幕の設営地へと戻る。



     ◆◇◆



 夕焼けを背に底へ戻る際、エリィが橋の向こうに広がる空を指差して言った。


「みて! あれ一番星かな!? ここにもあるんだね! 一番星!」

「あぁ……あれは――」


 たしかに、あれは一番星と呼ばれている星だった。

 横にいるアトラファが、眼を細めて言葉を継いだ。


一番星(フォスファー)だね」――と。


 何処か近くで、カラスが一声鳴き、飛び去って行く羽音を聞いた。

 ねぐらに帰るのだろう。日暮れはもうすぐだった。

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