塩を探す冒険 ③
翌日、結局アルネットの調査に同行したいという要望を断り切れなかったコーリーたちは、ギルド会館近くの道具屋を訪れていた。
大人の男性が持つような機械式の弩を手に取って、重さによろよろしているエリィを、コーリーは気に掛けていた。
アトラファとアルネットは何やら言い合っている。
「こんな大きな剣は買わなくていい。馬鹿じゃないの。振り回せもしないのに」
「また馬鹿って言ったわね! あなたにはわからないのよ。威圧よ! この剣を持ってるだけで相手は怯えるのよ」
「そんなわけない。熊とか猪とか魔物の前で、その剣を構えて同じこと言ってみたらいい。死ぬから」
「うぅっ……、ああ言えばこう言う!」
「……これにすれば。小さくてアルネットの手に馴染みそう」
そう言ってアトラファが手渡したのは、柄の短い片刃のナイフ。
アルネットが魔物と対決するような局面なんて無いだろうから、作業にでも何にでも使えるナイフは最良の選択だと思えた。
「……小っちゃいナイフ……あんまり強そうじゃない……」
いまいち不満そうなアルネットに、コーリーは声をかける。
「それにしたら良いよ。エリィとお揃いにすれば?」
「うーん……」
なんだか納得がいっていなそうだったが、アルネットは小さなナイフを購入した。エリィの分も。エリィは連射できる機械式の弩にご執心の様子だったが、そんなものはとても高価で買えないし、エリィに持たせるのも怖い。
◆◇◆
準備を全て整え、出立したのは昼前だった。
南門の関所でで止められやしないかと気を揉んでいたが、アルネットもエリィもあっさりと通過した。
二人とも、何かお忍び用の別名でも持っているのであろうか。
一緒に城門を出る荷馬車に、銅貨を払って乗っけてもらう。
歩いても良かったけど、野営することを考えたら、体力は残しておきたい。
〈影迷街〉を通り過ぎる時、アルネットが言った。
「何か、寂しいわね……この街は」
「イスカルデ女王が奴隷制を禁止して久しいから。それでもこの街に残ってる奴なんて、ロクな奴じゃないに決まってるから、関わらないのが良い」
アトラファが、そんなことを口にする。
なんで、と問うと「昔、少しの間ここで暮らしてた」とアトラファは答えた。
「全部ぶっ潰したらいいと思うんだけど……でも、そうしたら湧き出してくる難民とどう向き合ったら良いんだろう……アーベルティナ女王は、ちゃんと考えてるのかな」
「あなた、貴族――っていうか、為政者みたいなことを言うのね」
アルネットが、その意見に対してぽつりと感想を漏らす。
まぁ……アトラファは色々知ってるし、習慣的に新聞を読んでるようだし……。
「〈影迷街〉は出来たら区画整備したらいいと思う。飛空船が実用化されたら、ハーナル州の造船事業との間で交易が活発になる。ハーナルは木材、王都は技術者を送り込んで、そしたら……」
「待って待って。なんで飛空船の事を知ってるのよ!」
「……なんで知らないと思うの? ちょっと調べてる人なら誰でも知ってる」
ひくうせん? ……のことを、コーリーは知らなかった。
訊いてみると、「空飛ぶ船のこと」と何故かエリィが答えてくれた。
何となく思い浮かべたのは、泥炭みたいな燃料で、布で作った風船を膨らませて空に浮かぶ奴――気球。それに何か動力を付属させて、進行方向や速度を定められるやつ。
しかし、コーリーの想像を、アルネットが否定する。
「合ってるけど、浮力で浮いてるんじゃないのよ。気球とは全く別の仕組みなの」
「……揚力? 羽根のある飛行機なの? 滑走路の建設があったとは、」
アトラファが何か言ったが、アルネットがまた否定した。
「何、ようりょくって。……ともかく、『物が下に落ちる力』と反発する力を用いて、浮いてるんだって」
そんなことを言いあ合っている間に、荷馬車は南の森の近くに辿り着いた。
◆◇◆
「じゃ、ご飯食べよう」
「賛成」
「なんでよ! 断層の調査をするんじゃないの!?」
昼食をとる提案をしたアトラファと、それに賛成したコーリーに、アルネットが激しく突っ込んで来る。
エリィはもう食べるつもりで荷物をガサガサしている。
「だって、この陽気だとすぐ悪くなっちゃうじゃない。はじめっからこの時間に食べるつもりで作って貰ったんだよ、ミオリさんに」
「……夕食は? 一泊以上、滞在するつもりなんでしょ?」
「現地調達するから、平気」
アルネットの疑問にアトラファが端的に答えた。
何だか胡乱げな視線を向けるアルネットだったが――、
「冒険者の仕事に付き合うつもりで来たんなら、わたしたちの指示に従って」
「むぅ……」
アトラファがそんな風に言うものだから、アルネットは呻くしかなかったのだった。
◆◇◆
ミオリが作ってくれたお弁当は、パンに焼いたベーコンと玉葱を挟んだサンドイッチ。マスタードもたっぷり塗られている。
しかし、そんな美味しそうなサンドイッチを、アルネットはうんざりとした表情で見つめるのだった。
「うぅ……玉葱いっぱい入ってる……」
「いちいち、不満を言うお姫様だねぇ……」
「だって、玉葱だけはダメなのよ! 小さい頃、食べてお腹壊したの! 何日も寝込んだんだから!」
アルネットが必死に弁明する。相変わらず玉葱ダメなんだ。
エリィはサンドイッチに齧りつきながら、「あー」と納得していた。
アルネットが、玉葱を食べられないのを知っているらしい。
「アルは、玉葱きらいなの。タンポポがすきなの」
「タンポポ?」
「……余計なこと言わなくていいのよ、エリィ。でも……わたしが玉葱を食べてお腹を壊した時……姉さまがタンポポの花をお見舞いに持って来てくれたのは本当よ」
「姉さま?」
アーベルティナ女王には、アルネットしか子供が居ないはずだが。
「姉さまはね、身体が弱くて早くに亡くなってしまったのよ……わたしが弱っていた時に、タンポポの花を送ってくれたのよ。ご自分もお辛かったのに、わたしのために……」
しんみりと話すアルネットに、コーリーは何も言えなかった。
彼女にお姉さんがいたなんて知らなかった。しかも、すでに亡くなっていたなんて。
……何か、何処かで聞いた話と似ているな、とコーリーは思ったのだが……。
空気を読まないアトラファがやや浮き立っていた。なぜ。
「そしたら、わたしが玉葱食べてあげる!」
そんなことを言って、アルネットのサンドイッチを取り上げて、挟まっている玉葱を全部、自分のに移した。
何でだろう。今までも、何となくアルネットに対しては優しいとは感じていたが、こんな風に「嫌いなものを代わりに食べてあげる」なんてこと、一度もしたこと無かったのに。
当のアルネットも、少し狼狽えていた。
「え!? あ、ありがとう……」
どうしてアトラファは、アルネットが玉葱が嫌いで、タンポポが好きだということを、こんなにも嬉しがったのだろう。
それにコーリーが気付くのは、ずっと後のことになる。
アルネットが気付くのも。




