塩を探す冒険 ②
「豪雨で露出した断層の調査」という依頼を請け負い、〈しまふくろう亭〉に戻ったコーリーとアトラファは、早速、冒険に向けて準備を始めた。
調査に必要になると見られる道具類を吟味し、出来得る限り持ち運ぶ荷物は少なくする。鉛筆と紙、地層から採取した土や鉱物を入れるための缶、楔にハンマー、ロープ……。ロープは要るかな? あれば便利だろうけど、長ければ長いほど重いし手に余る。
アトラファに伺いを立てると、
「いらない。重いし。どれくらいの規模の断層なのかは行ってみないと分からないけど、ロープを使って崖を上り下りするつもりはない」
「でも、資料を掘って持って帰らなくちゃいけないんじゃないの?」
「別に掘らなくていい。登れないような高い所なら、コーリーが風法術を使って、そこだけ崩せばいい」
「そっか……あんまり狙ったとこに命中させる自信ないけど」
返事をしつつ、コーリーは野外用のオイルランプの火屋を磨いていた。
金ブラシで硝子製の火屋の内部を掃除し、煤が取れたら乾いた布で磨き上げる。
きゅ、きゅ、と小気味の良い音が聞こえてくると、コーリーは火屋をかざして、その向こうの景色を透かし見た。
「うん」
一点の曇りも無い出来栄えに満足する。
アトラファは床に敷布を広げ、その上に必要な装備を並べて、一つ一つ検分している。
いつも使っている山刀に、コーリーの短刀――その他、調理や採取用のナイフが幾つか。
何度か繕った跡がある野営用の天幕。雨水を弾くように、動物油が由来のワックスが塗りたくられており、独特な匂いがする。
釣り針と、絹糸が巻き付けられた糸巻き。魚釣りのための道具――綿糸だと水に濡れるとすぐ駄目になり、羊毛糸だと太すぎて魚に気付かれるのだとか。
それに煮炊き用の資材。
固形燃料は湿気っていないか。五徳に、口の窄まった釜に、それと……。
アトラファは、べこべこに凹んだ平鍋を、窓から差し込む陽射しに掲げて見ていた。もし穴が空いていたら、それで分かる。
「その鍋、もうダメそう……?」
「ん……穴は開いてないけど、いい加減に新調したほうが良いかも」
野外でスープを作っている時、鍋の底に穴が空いてしまったら悲しすぎる。
それは新調した方が良いだろう。そんなに高価なものでもないし。
「じゃあ、明日ギルドの近くの道具屋さんに寄って――」
「――ごはんよ! コーリー・トマソン! ……とアトラファ!」
ノックと同時、返事も待たずに、ばたーんとドアを押し開き、アルネットが乱入してくる。夕食……というか、賄いの準備が整ったのを、不遜な態度で知らせに来てくれたのであろう。暴虐の王女らしく。
コーリーは、そんなアルネットを目を細めて見やるのだった。
磨いていたランプの火屋を膝に置いて。
アトラファは無言で、釣り針の先を砥石で擦っている。
戸口で腰に手を当てて立ちはだかるアルネットの背後から、エリィがひょこっと顔を出す……。
◆◇◆
「なんでわざわざ王女殿下が……」
「だってミオリが、あなたたちを呼んで来いって言うんだもの」
言いつつ、アルネットは敷布の上に並べられた道具類を、しげしげと見つめた。興味深げに。エリィも同様にそれらをじぃーと見ていた。
何だか嫌な予感がする。
「……どこかに行くの?」
アルネットが問いかけてくる。
ほらきた、とコーリーは思った。
「うん、まぁ……冒険者ギルドで依頼を受けて。二、三日くらい留守にするかも」
「ふーん……一緒について行って、見学しても良い?」
「絶対だめ」
すかさずアトラファが拒絶した。頼もしい。
当然、アルネットは頬を膨らませて反発する。
「どうしてよ!」
「危ないし」
「危なくないわよ。ミオリから許可も貰うし、なんか強そうな肉食獣とかが出て来ても、ぶっ飛ばせるから平気よ!」
「そんなやばい獣が現れたら、アルネットは勝てないし」
「勝てるわよ! わたしより強い人なんかいないんだから!」
ここまでのやり取りで、アトラファの精神的疲労が貯まっていくのが、傍にいるコーリーには手に取るように分かった。
アルネットは、アーベルティナ女王の一人娘。
仮に……仮にだが、冒険に同行して怪我をしたり、生命を落としてしまったら……。
誰しも生命の取り返しが付かないのは同じだが、アルネットの場合は社会的な影響力が、コーリーたち庶民とは全く異なる。
アルネットが王位を継承できなくなったとしたら、他州を治める四王家の中から、女王に就くべき女性が選出されるのだろうけど。
アトラファやミオリは、アルネットが王女様だということは知らないはず。
せいぜい良家のお嬢さんと認識しているのだと、コーリーは思っているが……。
「とにかくだめ、諦めて。装備もわたしとコーリーの分しか用意してない。護衛はどうするの? 〈しまふくろう亭〉の周囲で朝から晩まで見張ってる可哀想な彼ら。引き連れて行く? 馬鹿みたいだけど」
「……。気付いてたのね。でも護衛なんて元々いらないのよ。それに装備? 野外で寝泊まりしたり、風雨をしのげるものを用意したらいいんでしょう?」
アトラファが煽るような物言いをするものだから、アルネットは意地になってしまったようだ。
これは、明日の出立までにアルネットが諸々の冒険道具を揃えて、無理矢理に合流してきそうな流れ。エリィも付いて来そう。
◆◇◆
アルネットが肩をいからせて部屋を出て行くのを見送り、コーリーはアトラファに向けて言った。
「もうちょっとさ、やんわり言っても良かったんじゃない?」
「なんで?」
「なんでって……、それはね、アトラファは正しいよ、いつも」
けれど、相手の気持ちを慮らないものだから、誤解を招く。
マシェルが新メニューの提案をした時がそう。
「忌憚なく感想を言ってくれ」とは言われたものの、あんなにも辛辣に批評する必要はなかったと思える。たとえアトラファが真摯に〈しまふくろう亭〉のことを思ってのことだとしても。
ククルをゲームでやり込めた時もそう。
エリィが負けた分を取り返してあげようとした、という動機は分かる。
けど、あんな風に衆人環視の前で「処刑」しなくても良かったと思う。
ククルがあんまり引き摺っていなかったのが幸いだったが。
アトラファは――、
「合理的なことが好きだよね。最短で目的に辿り着くような判断が。でも、それをやって誰かに『好き』って言って貰えた?」
自分は冒険者を続ける気が無く、〈学びの塔〉に復学するつもりで居るのに、アトラファにこんなことを言ってしまった。
アルネットらに、冒険について来られたら面倒だな、とは自分も思っていたのに。
アトラファは何も言わなかった。




