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塩を探す冒険 ①

 アルネットとエリィが〈しまふくろう亭〉に寝泊まりするようになってから数日。いい加減に財布の中身が心許なくなってきていたコーリーは、アトラファとともに冒険者ギルドの依頼をこなすことにした。


 ギルド会館のホールを訪れるが、明らかに普段より掲示に貼り出されている依頼書の数が少ない。特に採取依頼が無い。


 比較的に安全で実入りの良い採取系の依頼は、人気があって競争率も高い。

 冬季はこの系統の依頼が激減するので、出来るだけ夏の内に多くこなして貯金しておくべし――というのが、アトラファやククルといった先輩冒険者から受けた教えだった。


 なのにコーリーは、夏の初めに参考書を買い込んで勉強に打ち込んでいた。

 それについては後悔はしていない。

 コーリーには、ずっと冒険者として生計を立てて行くつもりは無かったからだ。いずれは〈学びの塔〉に復学して、卒業後は魔物と対決しなくても良いような職業に就くつもりでいる……。


 でも、そのことをアトラファにまだ話せていない。

 アトラファにはアトラファの人生があるとは思うけど、出来たら編入試験を受けて欲しい。一緒に寮生活を送れたら、どんなに楽しいだろう。

 それに……、あまり考えないようにしているが、放って置いたらアトラファは、どこかで一人で生命を落としてしまう気がする。


 とても強くて勘が鋭くて、他の人が気付かない事にも気付く。

 その能力を自分のために使えばいいのに、他人のために危険へ飛び込んでいく。

 そんな生き方を改めさせたい――と、心のどこかで考えていた。



     ◆◇◆



「……無いね。めぼしい依頼」

「んー……」


 二人は掲示板の前で唸っていた。

 貼り出されている中で残っているのは「猫を探して」「婚約指輪を失くした、助けて」といった、いわゆる失せ物探し系と呼ばれる依頼のみだった。


 これら失せ物探しは、冒険者の中ではなるべく避けるべき鬼門の依頼とされる。

 理由は、安全ではあるが報酬が少ない。にもかかわらず手間暇が尋常ではない。

 特に成功報酬とされている場合は最悪。仮に猫を数日かけて探して見付からなかった場合、報酬ゼロも有り得る。


 失せ物探しの依頼は基本的に避けられる。

 依頼を出すのは自由だが、請け負ってもらえるかどうかは、また話が別。


 魔物討伐の依頼も無い。あったとしても受けないが。

 それ自体、めったに貼り出されることのない魔物討伐だが、挑戦することは即ち生命に関わる。したがって報酬も格段に高いのだが、挑むには入念な準備と、その魔物に対する緻密な調査を要する。

 魔物討伐は冒険者ギルドにおいて、最高難度の依頼。


 コーリーとアトラファのような、零細パーティには見合わない。

 なし崩しで関わってしまい、立ち向かわざるを得なかったことはあるけれど……。


「これ」


 そう言ってアトラファが掲示板から引っぺがしたのは、珍しい内容の依頼書だった。その依頼の内容は――、


 先日、南の森付近にて露出した断層の調査――報酬は銀貨一八〇枚。


「銀貨一八〇枚!?」


 コーリーはくらりとした。


 調査するだけの依頼、というのも稀にある。

 大抵は遺跡とか洞窟とか、危険を伴う場所で、魔物討伐に次いで依頼料が高い。

 ……が、この依頼書に記載されている報酬の額は、相場の倍以上だった。


 裏があるに決まってる。コーリーは先ず疑った。

 何から何まで怪しい。こんな依頼書が誰にも手を付けられずに、掲示板で干されていたのが何よりの証拠。他の冒険者の皆も、怪しすぎるから手を付けなかったのだ、きっと。


「アトラファ、止めといたほうが良いよ! 手を出しちゃいけないやつ!」

「たぶん平気。失敗しても痛手にはならないと思う……依頼人に支払い能力があるのかは、事前に調べる必要があるけど」


 アトラファがひらひらと依頼書をふって、窓口へと向かう。



     ◆◇◆



 受付窓口に行くと、お馴染みのギルド職員であるアイオン・ベルナルが依頼書を手に取り、ほうと唸った。

 コーリーは、すかさずその反応に食いつく。


「『ほう』ってどういう意味の『ほう』ですか?」

「そりゃまぁ……『美味しいのを持って来たな』って意味だよ。この依頼書はさっき貼り出したばかりなんだ。キミたちが持ってくるとはねえ」

「……危なくないんですね?」


 念を押すように問うと、アイオンは肩をすくめて答える。


「危険を冒したくないのなら、冒険者を廃業すべきだよ……誤解しないで欲しいけど、僕らは組合員を守っているよ。力を尽くして」


 初めて冒険者として依頼を受けた時、それこそ南の森でアトラファに生命を救ってもらった時――アイオンを初めとするギルド職員たちが、寝る間も惜しんでコーリーを救うための活動をしてくれた事を覚えていたので、不躾な物言いをしてしまったことを素直に謝る。


「……すみません。でも報酬が異常に高額なのが気になって……何か危険が、」

「たしかに危険が無いわけじゃないよ。夏が始まる前、季節外れの大雨が何日か続いただろう。おそらくそれが原因で地滑りが起きて、王都の南の丘陵の一部が崩落したんだ」


 その大雨の原因には、めちゃくちゃ心当たりがある。

 真っ暗な地下市街で大きな蝸牛と戦ったことは、一生忘れない。


「一度崩落した場所だから、また起きないとは限らない。そういう意味で危険だ」

「にしても、銀貨一八〇枚というのは……」


「……聞かなかったことにして貰いたいんだけど、依頼人からは『先入観を抱かずに調査を行ってほしい』と伝えられている」

「えっ……ますます怪しいんですけど」


 つまり、調査対象である断層に「何かあるから取ってこい」だとか「確認してこい」というのではなく、ただ行って、見て触れた情報だけを持って帰ってこい――ということだろうか。


 そもそも依頼人は誰? アイオンの口ぶりからすると、彼はたぶん知っている。

 知っているけど言えないから、コーリーたちを思いやって、ぎりぎり職責に抵触しない程度のヒントを与えてくれている……。

 コーリーにはその辺りまでしか、想像が及ばなかったが――、


「分かった。期待に添えるかは知らないけど」


 アトラファが、そのように受け答えた。

 このやりとりの中で、何が分かったのだろうと訝しむコーリーをよそに、アトラファは手続きを進めて依頼請け負いを受理させてしまった。



     ◆◇◆



 ギルド会館を出て、〈しまふくろう亭〉に帰る道行きで。


「――この依頼って、なんなの?」


 尋ねずにはいられなかった。

 調査の現場は、最近に地滑りが起きた危険な場所。

 ただ、同じく危険な「魔物討伐」と比べても報酬が高額である。

 アイオンは心苦しそうだったが、それでも詳細を話せないという……先入観を持ってはならない依頼って、どういうこと?


 隣を歩くアトラファは、相変わらず表情を変えない。


「んー、依頼人は身分を明かせないんでしょ……そんな人が断層の調査を、冒険者ギルドに依頼してる。たぶんだけど、露出した断層に『塩』があるかもと期待してるんだと思う」

「塩?」

「岩塩はアイオリア州の特産品。人々の生活に塩は不可欠。王都は塩の供給をアイオリア州からの輸入に頼ってる……だから塩の値段が高い」


 塩の値段……。

 仮に、断層に岩塩の地層があったら、その土地を買い占めたい人が依頼人?


「それって、塩の売買に深く関わってる人が依頼人ってこと?」

「商人じゃない。王都の経済を憂慮してる人。本人が直接依頼するわけないけど、その意向を受けた偉い地位の人が、冒険者ギルドを利用しようと考えたんだと思う……」


 アトラファの言いたいことが、何となく分かった。

 王都は、王宮は……アーベルティナ女王は、民の生活に必要な塩の確保を、アイオリア州からの輸入より脱却したいのだ。


 でも……豪雨で露出したという断層と、岩塩に何の関係が?

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