Iscardia-イスカルディア- ④
こそこそと人垣を縫うように、アルネットとエリィの所へと戻る。
「どこに行っていたの?」
「うん、まぁちょっと」
曖昧に返事をしつつ、遊戯の舞台であるテーブルを見ると、案の定、アトラファが圧倒的に劣勢だった。
駒のほとんどはククルが確保していて、逆転の可能性は無いにも関わらず、アトラファは投了せずに粘っていた。
「もう諦めろよ。時間の無駄だろうに……」
無意味な引き延ばしに苛立つ観戦者もいるくらいだった。
元々すごろく型のゲームのため、終盤で引き離されると挽回の手立ては少ない。
起死回生の逆転の一手――という展開も無く、アトラファは普通に負けた。
アトラファは銀貨一枚をテーブルに乗せ、そして言った。
「もう一回」
最後の一枚を賭けるアトラファに、客たちは歓声を上げなかった。むしろ押し黙っていた。
誰の眼から見ても、アトラファはこの遊戯に向いていなくて、まだ戦おうとするその意思は、勇敢というより痛々しく映ったのだった。
ククルも、いい加減に頭が冷えたようだった。
「……あのさー、もう止めとけば?」
「なんで?」
「なんでって……。あたしも悪かったよ。あんたが今までこーゆー遊びを知らなかったの、何となく分かってたのに、からかい過ぎたかなって……」
「次で勝つから平気」
ククルは、困り果てた表情で周囲の人垣を見渡した。
皆から無言の同意を得たところで、アトラファに対して言う。
「分かった、次で最後ね。……勝負が済んだら今までの賭けは無かったことにする。騒いだお詫びに、あたしとあんたとで、ここに居る皆に一杯奢る。それでチャラ……いーでしょ、それで」
「奢るのは構わないけど、賭け金は返さなくていい。これから取り戻すから」
「……あっそ」
駒を並べ、ククルは半ば呆れた様子で、手の平から転がすように賽子を振った。
アトラファも同様に賽子を転がす。出目は六。先手を取った。
必ず先手だけは取るんだよな、と誰かが言った。
◆◇◆
ククルは定石通り、開始地点として自駒を「城」の隣に。
アトラファは今回に限って、なぜか〈世界図〉の端っこを開始地点に選んだ。
奇策とも思えるその手に、観客は湧き立たない。
これまでの対戦を見て、負け込んでいる初心者がヤケクソで選んだ手、というようにしか評価されなかったのだろう。
遊戯が始まると、アトラファはやはり、救出すべき民の駒を無視して〈白札〉を取ることを優先する。
〈白札〉を回収する道程に民の駒があれば、ついでに取るくらい。
一方、ククルは逆に民をを救うことを優先して駒を進める。
駒を集めねば得点にならない。
一巡し、〈世界図〉が一回り小さくなる。
◆◇◆
二巡目。アトラファの手番……六・六を出した。
魔物の災厄である〈黒札〉を引かなければいけないという、最悪の出目だ。
遊戯している全員が賽子を振り、被害を判定しなければならないが、〈白札〉を持っているアトラファはその札を切って災厄を逃れた。
ククルは出目が悪く、引き連れていた「民」を大半失った。
「運が悪かったか」
「………………」
ククルはこめかみを掻いて一人ごちる。
アトラファは無言で二つの賽子を手で転がしている。
◆◇◆
三巡目。アトラファが六・六を出す。
どちらの手にも〈白札〉は無かったが、アトラファは判定に成功する。
ククルは失敗して、ペナルティを支払った。
四巡目。アトラファが六・六を出す――。
この辺りで、皆が今までと違う……様子がおかしいことに気付き始めた。
◆◇◆
五巡目。アトラファが六・六を出す。
もはや誰もが気付いており、それでいて正体を見極められないでいた。
「…………あたしの負け」
ついにククルが投了する。
アトラファが勝った……初勝利だが……。
ククルは掛け金の銀貨一枚を送り、睨みつけるようにアトラファを見て、
「……ねー。もしかしなくても、イカサマしてる?」
「してない」
「……今、あたしがこれでお開きって言ったら、遊ぶの止める?」
「好きにすればいい」
「上等」
言うと、ククルはこれまでに勝ち取った硬貨の山から、銀貨二枚を差し出した。
アトラファも、持っている全ての資金である銀貨二枚を卓に乗せる。
◆◇◆
「うあー……」
やっぱり、こんなことになった。
アトラファのことだから、最後は自分が勝つように何か工作していると、確信には至らずとも思ってはいた。
賽子の目を自在に操作している方法、それそのものにはコーリーも考えが及ばなかったが、必ず何か仕掛けをしている。
しかし、どうやって?
手の平から転がす、という方法で賽子を振っているのに、どうやって出目を操作しているのだろう。
練習すれば、ある程度なら狙った目を出せるかも知れないが……百発百中で、しかも二個の賽子の目を出せるとするなら……精霊法を使っているとしか思えないのだが、アトラファは始動鍵を唱えていない。
コーリーには分からなかった。
「サイコロ自体に仕掛けがあるのではないの? 重りが入っているとか」
ふとアルネットがそんなことを言ったため、遊戯を中断して賽子の検証が行われた。しかし、何人かでアトラファ、ククルの両名が使った賽子を振ってみても、違いを見つけることは出来なかった。
◆◇◆
そして、次の遊戯も自在に目を操作したアトラファが勝った。
本来、闇精霊の浸食から逃れ、四精霊の加護を頼りに避難民を城に送り届ける――という趣旨のゲームだったはずが、アトラファの手に掛かって全く別の趣旨に変わってしまっていた。
アトラファは避難民を積極的に助けない。
〈白札〉――ゲームにおける精霊の加護をとにかく手中に収め、自分にとって必要なタイミングで〈黒札〉――魔物による災厄を引き起こし、相手の得点を削る。
民を救うというより捕虜とし、精霊も魔物も従え、闇精霊を背後に城へと迫りゆく魔王の如きふるまいだった。
ククルは二度目の投了をした。
アトラファは何らかの手段で、賽子の目を操作している――間違いなく。
それは皆の共通認識だったが、見破れる者も居ない。
「――なんかイカサマしてるのは、間違いないよね」
「してない」
ククルは疑うが、アトラファは頑なに否定する。
証拠が見つけられない以上不毛ではあるが、おそらくククルが正しい。
しかし、見破れないからには言い掛かりに過ぎない。
コーリーが観戦をし始めてからは二回戦目、通算では九回戦目――。
この回でも、アトラファは不自然な出目を連発して勝った。
ククルは動揺のためか、誤って賽子を床に落とすという失態を犯した。
「落とした時のペナルティは取り決めていないから、もう一回降ったらいい」
通算では負けているはずのアトラファは、鷹揚に促す。
ククルは悔しそうな面持ちで再度、賽子を振るが……運に見放されたのか、良い目ではなかった。
アトラファは手の平を上にして、転がすように賽子を振っている。
どうやってイカサマをしている?
……観客が抱く関心は、それより他に無くなっていた。
アルネットとエリィが目配せをしてくる。「冒険者としての相棒なんだから、タネが分かるんでしょ?」と。
けれど、コーリーにも分からない……アトラファが何をやっているのか。
◆◇◆
三度目の投了をした後、ククルは再び賽子の検証を求めた。
アトラファはこれに素直に応じる。
どうせ分からないだろう、という自信の顕れと思えた。
賽子を手にしたククルは、何度も転がしたり、重さを試したり、耳元で振ったりしてみたものの……。
「うーん……分からん。サイコロ自体には仕掛けが無いってことしか……」
急に連敗を期したククルは、意地になっている……というよりは、イカサマの正体を知りたいとだけ考えているようだった。
コーリーやアルネット、他の観客たちも同じ気持ちだっただろう。
「最後の勝負をしよう。これまでの勝ち分を全部賭ける。もちろん……イカサマを見抜いた時点で、あたしの勝ちだかんね」
「イカサマはしてないから、構わない」
してないと言い張るアトラファに、ククルはにやりと笑った。
我が意を得たりとでも言いたげな表情だ。
「言ったな。じゃあ、賽子の振り子を別に頼んでも構わないよね」
「……ん」
◆◇◆
「コーリー、あんたがあたしの振り子になって」
「えっ、私はアトラファとパーティ組んでるんですけど……良いんですか」
「あんただったら不正のしようが無いでしょ。不器用そうだし」
あんたが賽子の目を自由に操れる技の持ち主だったら、その時は諦めるわよ。
そう言われ、コーリーは憮然としたものの、ククル側の振り子を務めることにした。
対して、アトラファの賽子を振る係は――、
「……う?」
エリィが選ばれる。
ククルの思惑は分かり易い。
賽子をアトラファ以外の人物が転がしても、狙った目を出せるのか。
出せないとしたら……。




