Iscardia-イスカルディア- ③
厨房に駆け込もうとすると、マシェルの怒声が飛んで来る。
「勝手に入るんじゃねぇ! 注文は表でしろ!」
こちらに背中を向けて鍋をかき混ぜているのに、まるで見えているようだ。
店主のマシェルに頼むのでも良かったが、彼が調理中にホールに出てくることはないので、やはりミオリの姿を探す。
「それどころじゃないんです! ……あっミオリさん! 助けて!」
ミオリは次の注文に備えて、スープ鉢を棚から出して積み重ねているところだった。慌てているコーリーに気付き、手を止める。
「どうしたのコーリーちゃん。お水でもこぼした? それともお客さん同士でケンカでもあった?」
「ケンカじゃないけど似たようなものです! アトラファとククルさんが……」
賭けがエスカレートして、かなりの大金がやりとりされてしまっている。
このままアトラファが負けたら、宿代を払うことが出来なくなってしまうかも。
アトラファが居なくなったらコーリーは困る。〈しまふくろう亭〉にだって損失のはずだ。
だから二人を止めてください!
そう懇願するコーリーに、ミオリはのほほんと頬に手を当てて言う。
「あぁ、あの忘れ物のゲーム。まだ遊んでるのね……落とし主が取りに来る前に、決着を付けて片しといてくれると助かるんだけど」
「だから、決着が付いちゃうとまずいんです!」
アトラファが負けて財産を失う可能性が高いから。
しかしミオリは、平気でしょう大事にはならないわ、とあくまで楽観的な態度を崩さなかった。
やきもきしたコーリーが理由を訊ねると、
「だってククルさんは、可愛い後輩が困るようなことはしないでしょう」
「でも、いつもアトラファのことを生意気だって……」
「それでもよ。大人だもの、最後は上手な落とし所を見つけてくれるわ、たぶん」
それよりも意外だったわねぇ、とミオリが続けた。
「? 何がですか?」
「アトラファちゃん。遊びに夢中になって熱くなるなんて意外な一面だったわ。ふふっ……そういう子供っぽい所が見れたの、むしろ良かったかも」
「そうとは……」
コーリーには今ひとつ懸念が拭えないのだったが、納得はすることにした。
万一にも無いと思うが、もしククルの引っ込みが付かなくなったら、その時は間に入って取り成してあげるし、アトラファが無一文になったとしても、冒険者ギルドの報酬が入るまでは宿代を待ってあげる。
そのように、ミオリが約束してくれたからだった。
ちらりと厨房の奥に目をやると、マシェルは何も聞かなかったかのように鍋をかき混ぜている。無言の肯定……だったら良いな、とコーリーは思う。
「コーリーちゃんもアトラファちゃんも、もうただのお客さんじゃないもの……あ、でも今後はホールで賭け事は禁止ね」
両の人差し指で胸の前に☓を作り、ミオリは言った。
最悪でも宿代は待ってくれる、という約束を一応の成果とし、未だ遊戯が続いているホールへ戻る。
錠前屋のおやじさんをはじめとする客たち、〈しまふくろう亭〉の兄妹も。
「勝負に熱くなった子供のアトラファを、大人のククルが軽く捻って適当な落とし前をつけて、おしまい」という予想らしいのだが、コーリーは一抹の不安を拭えない。
アトラファが実は熱くなる性格……というのが、コーリーにとっては意外なことではなかったのだ。その一面を何度か間近で見て来た。
そして、たった今思い当たった事なのだが――。
――熱くなったアトラファが負けたところを、一度も見たことが無いのだった。




